10
運転する順番はクロノ
クロノ進のトラックは二人乗りだ。仮眠スペースに無理やり乗れないこともないけれど、シートベルトもないし、そもそも違反で罰金になる。
というわけで、クロノ進のトラックを先頭にしてわたしのトラックがついていくことになった。この道の駅の駐車場は車中泊可なので、シヨウのトラックとコンテナハウスは一旦ここに置いていく。
《高速代がかさむ羽目になってしまい、申し訳ないす》
クロノ進の気弱な声が片耳に挿したイヤホンから聞こえてきた。
それはたしかに、冷静に考えると手痛い出費だった。いろいろ面倒くさいなあと思わなくはない。それはそうなのだけれど、目の前で困っている人を無視するのは違うよなと思った。
「いいよ」わたしは短くいった。「このくらい。それになんか楽しいし」
《そうそう。こんなことって滅多にないよ》シヨウがいった。
わたしたちは出発した。わたしは体力と集中力を温存するため〈キョウさん〉を早速起動させる。目の前を走るクロノ進のギラついたデコトラ──ブラック雪影号を追跡対象にする。〈キョウさん〉はサムズアップをした。
わたしたちはお喋りをしながら夜道を走っていく。
わたしたちはクロノ進から、全国に存在する個人経営系のレンタルビデオ店について聞いた。
オールジャンルを取り揃えたもの。
VHSテープのみを扱っているもの──特にVHSテープをメインに扱っている店舗は結構多いらしい。
ほぼホラー専門のもの。
80年代から90年代にかけて制作されたものの、DVD化もされておらず、権利関係が不明になり、デジタル配信もされていない作品を主に取り扱っているもの。
LDを扱っているお店は持ち出し厳禁で、店舗内の視聴ルームでのみ見ることができるらしい。
「LDって?」
わたしは訊いた。
《レーザーディスクっすよ》とクロノ進がいった。
「レー、ザー?」
《あのー、あれでしょ、“絵の出るレコード”ってやつでしょ》とクロノ進のデコトラの助手席に座ったシヨウがいう。
「絵の出るレコード……?」
レコードはわたしの両親が若い頃に何度目かのリバイバルがあったし、最近もまた何度目かのリバイバルがあるので知っていたけれど、レーザーディスクのことは知らなかった。ビデオテープの解説動画はYouTubeのアルゴリズムでおすすめされたことがあるけれど、レーザーディスクはない。
《ビデオテープとDVDのあいだにあったやつで、DVDをとにかくでかくしたみたいな感じですな。Lサイズのピザぐらいあるっす》
「それはでかいね……」
《おまけに重いですし、画質もDVDと比べるとそんなでもないですし、そんなこんなで結局なくなっちゃったんすよ》
《恐竜みたいなもんだね》シヨウがいった。《恐竜もでかすぎるから滅んだしね》
「ええ~、そうなの? 隕石じゃなく?」
《嘘。でもまあ、環境の変化って過酷だからさ。適応できるか適応できないかで淘汰されずに運良く生き延びたり。いろいろ決まるもんだよ》
わたしは、ハンドルを握る〈キョウさん〉の手を見た。窓から断続的に流れ込む街路灯の灯りが、つるりとした白い手を暗い車中に浮かび上がらせる。
《それはVHSだってDVDだってそうすな。Blu-rayだって、ちょっとずつ生産数は少なくなって、クロたちが生まれた前後くらいの2020年代とくらべると価格は高くなってますし。クロだって、配信のほうが便利だなあって思うすよ》
「でも集めてるんだ」
《それをしたいからっすね》
《気がついたら集めてるもんだよね~》
今度は〈キョウさん〉の首にかけたお守りに意識がいく。
《ちなみにね、恐竜って隕石がぶつかったあたりでぜんぶ絶滅したわけじゃないんだよ》
シヨウがいった。
「そうなの?」
《元から涼しいところにいた恐竜は環境の変化に多少は適応できてたっぽいし、南半球の方は被害が少なかったらしいから、そこで元から暮らしてたり、そこに移動してきた恐竜たちは、隕石が衝突したあともある程度は暮らせてたらしい》
「それってどのくらいなんだろう」
《さあ。それが十年単位なのか百年単位なのか千年単位なのかわからないけど、絶滅しちゃったことには変わりはないよ》
「まあ、そうだよね……」
《でも、すぐには絶滅しなかったってこと》
《レーザーディスクももうそろそろ、耐久年数の関係で見られなくなっちゃうかも、っていうのがありますな》
「そっか、そうだよね。物理メディアって」
《ビデオテープだってDVDだって、ものによってはやばいかもです。最近増えてる個人経営系のレンタルビデオ店のなかには、アーカイブするっていう側面もあったりするんすな》
《温度とか湿度の管理とか面倒くさそう~》
「お金もかかるよね。倉庫だってそうじゃん。そこに置くってだけでもお金ってどうしてもかかっちゃうし」
《まあそこらへんは、店舗の場所も含めて、好事家同士の助け合いでなんとかやってるんすよ》
わたしは、前方を走るデコトラの装飾ひとつひとつを改めて見た。クロノ進のデコトラも、いつかは地球最後の一台になって、博物館に収蔵されるかもしれない。
そしてもしかすると、わたし(たち)も、このまま自動運転化が進んでいけば、地球最後のドライバーになるのかもしれない。そんなことをふと思った。
「やべえなこれ、喋るの楽しくて仮眠とってる暇ないや」
シヨウがけらけら笑いながらいう。SAのお手洗い横にある、紙コップの自販機のボタンをかのじょは押した。軽快なルンバが流れ出し、モニターには自販機内でコーヒーが作られる様子が映し出された。シヨウが鼻歌をうたいながらふりふりと腰をふる。わたしもあわせて軽くからだを動かす。コーヒールンバダンスだ。
クロノ進がハンカチで手を拭きながら現れた。クロノ進はコーヒーが苦手だそうで、ココアのボタンを押した。ココアよりもミロがあれば一番いいんすが、といっていた。
「自動運転中にもドライバーが寝てもいいようになれば、わたしも寝られるんだけど」
わたしはぼやく。これはほかのドライバーたちみんなが思ってることだろう。
「これ以上どこまで進化するかわからないし、法改正されてほしいけどまあすぐには無理だろうなあ」シヨウが蓋を外し、ふーふーと冷ましつついった。「カシツのセキニンがどうこう、面倒だし」
「でもそうなると、ますます人間のドライバーいらなくなっちゃいますよう」クロノ進がココアを飲みつついう。
それはそうだ。
クロノ進のデコトラのドライバーはシヨウになり、助手席のナビ役がわたしになる。わたしのトラックには当然クロノ進が乗った。クロノ進は、わたしと、先ほどまで助手席に座っていたシヨウに、改めて各スイッチなどを説明する。見慣れたものとは違う。
クロノ進は仮眠スペースに引っ込むと、ビデオデッキをがちゃがちゃと操作していた。
「クロちゃんなにやってんの?」
「ダビングっす」
「借りたやつの?」
「まあ、本当はいけないんすけどね。こうやって一応バックアップ取っておかないとな~って」
……あ、そうっす。そうクロノ進は思い出し、あることを教えてくれる。
完全に時代遅れに思える磁気テープは、実はデータをアーカイブするために活用されているらしい。
「その、ビデオテープみたいなやつで、ってこと?」
「これとはまた微妙にかたちがちがうそうなんすが、カートリッジのなかに磁気テープがぐるぐる巻きになっていて~って感じらしいす。たしか~……LTOって名前だったすな」
なんでも、データの保存・バックアップにはずいぶんと活用されているそうで、研究分野に医療分野、映像業界、それに自動運転技術のもとになる膨大なデータのアーカイブにも使われているという。ものによっては何百TBも容量があり、30年から50年は保つ、とか。
「なんかふしぎ」わたしはクロノ進の中古ビデオコレクションを見ながらいう。「そんな真っ黒でぺらっぺらのテープに、たくさんの情報が載せられるなんて」
ふしぎ度でいえばわたしの持ってるスマホや、わたしが運転しているトラックのほうが上だろうけど、なんだか、ふしぎさのベクトルがちがう気がした。
「さっきのシヨちゃんの話じゃないすけど、残ったり残らなかったり、古いと思ってた技術が実は現役だったり再評価されたり、何がどうなるかわかんないもんすね」
クロノ進は新しいビデオカセットをデッキに挿し込んだ。デッキはがちゃりと、それを飲み込む。
それを運転席から見ながら、シヨウはいう。
「恐竜の仲間が進化して鳥になった、みたいなこともあるしね」
作業を終えたクロノ進を、わたしのトラックに案内する。クロノ進は〈キョウさん〉にややビビっていた。
「じつはクロ、人型のロボットさんちょっと苦手でして……あ、いやっ、ロボットレイシストとかじゃないっすよ!」
たしかに〈キョウさん〉は存在感がある。それに無表情だから、こういうのがなんかムリ! という人は結構いるのだった。
とりあえず自動運転できるようにしてあるから、座ってるだけでも大丈夫だよといっておいた。〈キョウさん〉も、のっぺりとした顔をクロノ進に向けて、更にサムズアップをしてみせる。
「これってもしかして、わたしが引き続きわたしのトラックの運転席に座って、助手席でクロノ進寝かせたほうがいいのかなあ」
「う~ん、でもそうするとフミちゃんぶっつづけで起きてることになっちゃいません?」
「それはそう。助手席でリモート授業受けるのがいいんだったら、助手席でドライバーが寝てもいい気はするんだけどね」
「せっかくのレベル4なのに。でも事故あったらこわいっすからね」
「ねえ」
そんなこんなでデコトラの助手席にわたしは乗り込んだ。
改めて、芳香剤の奥に、ほんのかすかなたばこの残り香を感じる。
たばこのにおいは好きじゃない──というかそもそも、吸ってる人を見たことがぜんぜんない。大ベテランのおじさまドライバーさんたちでも、禁煙した、してない、また禁煙した、みたいな会話がよく交わされている。吸ってる人がいたとしてもほとんど電子式だ。
わたしはシヨウに気づかれないように、ちょっと深く、息を吸う。
これがむかしのトラックドライバーたちのにおいなんだな。
わたしはそう、思いを馳せる。顔も名前も声も知らない、このデコトラの以前の持ち主と、〈キョウさん〉の学習データのもとになったたくさんのドライバーたちに。
ふと見ると、シヨウがラジオやエアコンのあたりをいじっていた。
カチッ、と音が鳴り、わたしのトラックでいうアクセサリーソケットのある場所から、たばこのマークが付いたつまみを取り出す。取り出したつまみの円形の先端は、オレンジ色に輝いていた。
「まだ使えるんだ」シヨウがちいさくいう。
「それは?」
わたしの質問に対してシヨウは、シガーライターだよ、といった。
「むかしの人はこれでたばこに火をつけてたんだって」
わたしは、それを使っていたであろう人たちを想像してみる。
走り、三人で軽く喋ってるあいだに眠くなってきたので、わたしはノイズキャンセリングイヤホンを耳に挿し、いつもとは違う助手席のリクライニングシートを倒した。ある程度のノイズが打ち消せるとはいえ、人の声は完全に聞こえなくなるわけじゃない。小さな音で適当に流してるラジオみたいに、むしろわたしを眠りにいざなう。
すぐそばの自動運転領域──専用レーンを、夜行バスが走っている。あれはレベル5の完全自動運転で、セーフティドライバーも乗り込んでないそうだ。多少値段は高くなるけれど個室タイプになっている。さながら自動移動ホテルだ。
いつかああいうのに乗ってみたいなと思いつつ、わたしはまぶたを閉じた。
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