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 せっかくなんだしと、地元で評判のブラジル料理店に向かったところ、あいにく満席だった。わたしたちは8番らーめんで夕食を食べた。毎食恒例なのでヤンダにメッセージを送ると「まあ、野菜は多いのでオーケー」とメッセージがくる。


 食後にクロノ進に招待され、かのじょのデコトラへ。シヨウのコンテナハウスで映画でも見ようかという話になったけれど、いやいや、ビデオテープはブラウン管テレビで見るとオツですぞといわれ、それならそうしようとなったのだった。


 ドライバーの快適さをある程度売りにしたわたしの車種と違い、クロノ進のデコトラはだいぶむかしの車だし、仮眠スペースはやや狭い。比較的小柄なわたしとクロノ進は仮眠スペースになんとか座り、シヨウは運転席に後ろ向きに座った。


 クロノ進は紺色のバッグを取り出した。


「これは日本で最高の、レア作品勢揃いのレンタルビデオ屋さんで借りたものですぞ」


 へえ~とわたしとシヨウは声を揃えた。全国的なレンタルビデオ店の減少にともない、個々人のコレクションを持ち寄ってレンタルビデオ屋をやろうという新しい潮流ができているという。


「クロはもう全部見ちゃったですが、どれがいいですかな?」


 四本あるうちの二本はスプラッタホラーだった。わたしはそういうのちょっと苦手で……恐竜が人喰いまくるのはいいけど……とシヨウが難色を示した。わたしもスプラッターなやつはちょっと苦手だった。


 わたしたちはお菓子を食べつつ、大昔の日本の映画を見た。


 ビデオデッキにガシャコンとビデオテープが飲まれる。なかでテープがゆっくりと回転し、ブラウン管テレビに、ノイズのやや混じった映像が流れ出す。そういったひとつひとつの動作が新鮮で、わたしとシヨウはおおーと感嘆の声をあげた。


 映画はとても面白いわけではなかったけれど、深く印象に残る場面がいくつかあって、そういうところが良かった。


 物理的に分厚いブラウン管テレビで見ると、ディスプレイの向こうにも、もうひとつの世界があるように思えた。物理的に分厚いからそう思えるだけだとは思う。けれども、タブレットの見慣れたディスプレイとは違う発色も、テープに乗ったノイズも、どこか有機的だった。アナログのあたたかみが云々というのとは微妙に違う。それはどこか奇妙な感覚だった。クロノ進がわざわざビデオテープを集めていることも、ブラウン管テレビで映画を見ていることも、なんとなく理解できた……気がした。


「おっ、よく聞くビデオテープを巻き戻すってやつだ!」


 シヨウが興奮してシートを軽く叩いた。そう、ビデオテープはテープなので、もう一度見るときは巻き戻さないといけないし、レンタルビデオ屋に返却するときも巻き戻さなければいけないという。


 ビデオデッキがムーーン……! と高速でモーターを回転させている。


 クロノ進が車内の明かりを点けた。


「さてさて、あともう一本、いっておくすかね?」


 わたしたちはクロノ進のコレクション棚を見たりする。ふとわたしは、ビデオ屋のバッグからはみ出している、太幅のレシートが気になった。貸出伝票というものだった。店名に、住所、借りたビデオのタイトル、金額などが印字されている。


 一番下には、枠で囲われた返却日が大きく印字されていた。


 四国にあるお店なんだなあと思いつつ、引っかかるものがあってもう一度返却日を見る。


 わたしは腕に巻いたジーショックを見た。


 もう一度貸出伝票を見る。


 返却日は今日だった。


「わあっ!」


 わたしは思わず大きな声を出してしまった。


「なになに」


 シヨウが貸出伝票を覗き込む。クロノ進も覗き込む。


「ありゃ」とシヨウは控えめな声を出した。


 クロノ進は固まっていた。やがて、口が小さく動き出した。まずい、と消えそうな声でいっている。まずいまずい。まずいまずいまずいまずい。


「まあ、なんだっけ……延滞料? 払うしかないね」シヨウはそういうとクロノ進の肩に手を置いた。「どんまい、クロちゃん」


「……だ、だめなんですよ~」クロノ進はわななきながらいった。「クロ、その、クロうっかりさんで、返却日間違えちゃうことが結構あって、その、簡単にいえばその~、延滞の常習犯で……」


「おお……そ、それはどのくらい?」


 わたしは訊いた。クロノ進は顔を下に向けたまま両手をパーの形で掲げ、更に片手を掲げた。わたしとシヨウは顔を見合わせる。


「その……結構やってんねえ……」シヨウが穏当に言葉を選んだ。


 クロノ進本人の気質もあるんだろうけれど、長距離ドライバーというのは曜日感覚がちょっとずつなくなっていきがちだった。諸々の改正や自動運転トラックの普及により、むかしと比べると人間が夜に走るということも減ってきたけれど、リモートで授業を受けているわたしでもたまに、今日は何曜日だろう、と思うことはある。そもそも、ルートによっては期日通りに返却するのって難しそうだ。


「すこし前に一週間ぐらい忘れてて、次やったら会員資格剥奪しますよっ、っていわれててぇ……」


 わたしはグーグルマップでそのレンタルビデオ屋の住所を検索した。シヨウも同じことをしていた。


「何時までに返せばいいとかって、あるの?」


「い、一応朝の10時までに返却ボックスに入ってれば……」


 わたしは検索結果で出てきたルートを見る。早いルートで行けば8時間もかからない。現在時刻は夜11時。


「いまから行こう」わたしはクロノ進にいった。


 わたしの提案にシヨウも頷きながらいう。


「クロちゃんのトラックは自動運転装置がないし、夜通しのドライブになる。わたしら三人で順番に運転しよう」


 クロノ進は顔を上げた。涙と鼻水で顔がぐじゅぐじゅだった。わたしはティッシュを一枚抜き取り手渡した。クロノ進はおろろろ~んと泣きつつ、びーむと勢いよく鼻をかんだ。

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