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 お店の裏側には、丸太の柵で囲われたコーナーがあった。作業が終わって暇そうにしていた〈うんぱんくん〉トリオが、興味深そうに柵の内側にいるものを見上げていた。


 柵のなかには、キリンよりすこし大きめの、首の長い恐竜がいた──もちろんロボットだった。


 丸太の柵には看板があった。ポポヤマサウルスという名前だという。……そのまんまな名前だ。ベースになってるのはフクイティタンだと思う、とシヨウがいった。近場のSAサービスエリアに似たようなロボット恐竜がいるらしい。


 ポポヤマサウルスはもたげた首をゆっくりと動かし、周囲を見ていた。細かい歯がびっしりと生えた口を、小さく開けたり閉めたりしている。


 かごのなかには葉っぱのついた長い棒があった。物干し竿ぐらいはある。イラストの描かれた案内板には「餌をあげよう」とあった。


「ほれ」


 シヨウはわたしとクロノシンにその棒を渡す。わたしたちはポポヤマサウルスの頭に、棒の先端の葉っぱを近づけた。


「ほれ~」


「餌ですぞ~」


 ポポヤマサウルスは餌を認識すると、長い首をおろし、口をぱくぱくさせながら鼻の穴からプシューッ! と勢いよく息を噴出させた。


「きゃーっ」


「なははははっ」


 恐竜の鼻息でわたしたちの髪はぼさぼさになった。〈うんぱんくん〉たちも驚いて蜘蛛の子を散らすように周囲をぺたぺたと走り回った。


 シヨウはげらげら笑いながらカメラのシャッターを切っていた。


「すごいすごい、すごい鼻息出るっ」


 そういうわたしの頭上にまたプシーッと鼻息が吹きかけられた。クロノ進が餌をまたやったのだ。


 このロボット恐竜──ポポヤマサウルスもこのお店の名物のひとつだという。この県は恐竜が有名だし、それにあやかって……というのと、お客さんを楽しませたいからという理由で思いきって発注してしまったらしい。


「ここらへんのこどもたちはこの鼻息の洗礼を受けるんだよ」シヨウはそういった。「泣いちゃう子もいるけどね」


 わたしたちは飽きるまで恐竜に餌をやりつづけた。



   *



 クロノ進の趣味のひとつは、全国に点在するリサイクルショップやブックオフを巡ることだそうだ。わたしも同じようなことをする──趣味の交通安全お守り収集の一環として。ブックオフには、暇だから何か本とか買うか、というときにしか行かない。クロノ進はもう少し明確で、中古のDVDやVHSといった、オールドな映像メディアを収集するために巡っているらしい。


 わたしもお守りという物体を集めているけれど、生まれてから動画配信サービスがあたりまえにある同世代の女の子が、わざわざそういった映像メディアを集めているのは結構珍しかった。


 そういえば、クロノ進は教習所時代も近所に中古ショプやレンタルビデオ店がないか調べていた。それで、クロノ進がキックボードに乗って片道15分かけて借りてきた映画のDVDを、宿にあったとんでもなく古いプレイヤー……いや、たしかプレイステーション2を使って一緒に見たのだった。


「ご案内~」


 クロノ進のデコトラにわたしたちは案内される。ギラついた内装に、わたしもシヨウも「おお~」と感嘆の声を出す。天井には龍の絵が描かれていた。柑橘系の芳香剤の香りの奥に、ほのかにたばこのにおいがした。クロノ進にこのデコトラを譲ったおじさんの名残りだという。


 ちいさな仮眠スペースにはビデオデッキにDVDデッキ、それに小型の四角い箱──ブラウン管テレビというやつだ──が設置されていた。棚が増設してあり、レンタル落ちのVHSやDVDの色褪せたパッケージが詰め込まれている。小型除湿機と扇風機も置いてある。


 こうやってですね……よいしょ……寝ながら、ビデオとか見れるんですな。そういってクロノ進は仮眠スペースに寝転がり、足元にあるテレビに向かってリモコンを操作した。


 わたしとシヨウは揃っていいねえ~と声を上げた。クロノ進はまたもやと照れた。


「クロはこれから下の町の方にあるブックオフとか行こうと思うんすが、おふたりはどうしますか?」


 わたしはまだ次の仕事が入ってなかったし、シヨウのバイトも今日で一旦区切りらしい。


「行こう」とわたしはいった。


「行こう」とシヨウはいった。


 そういうことになった。



   *



 この地域の幹線道路沿いもほかの場所と同じで、マクドナルド、はま寿司、ドコモショップ、ソフトバンクショップ、スギ薬局、カメラのキタムラ、すき家、ココス、松屋、かつや、山岡家、サイゼリヤ、洋服の青山……という感じでチェーン店が多い。もちろん、個人経営の飲食店だってある。そしてたまに、中古車販売店に混じって中古ロボット販売店や、南米系の食料品を取り扱う小さなスーパーもあった。


「ここらへん工場が多いんだよ。そこで働いてるのが主にブラジルとかから来た人たちなんだって。ポポ山の工場で働いてる人たちも半分は南米の人とか、そのこどもとか」


 助手席に座ったシヨウがいった。シヨウのトラックは大きいのでポポ山には停めず、ここらへんの道の駅に停めたらしい。


 わたしたちの乗るトラックは大きいから、通れる場所も、駐車できる場所も限られているのだった。物流という、町や生活を成り立たせる仕事に使う車だけれど、町のなかを自由に動き回ることは難しいのだった。


 道の駅のだだっ広い駐車場にトラックを停める。近くのブックオフまでは徒歩で30分ほどだった。余裕で歩ける距離ではある。けれども、30分歩くのって結構だるいよなという気持ちもあった。自分で車を運転するまえまでは──つまり都市部に住んで電車で通学をする高校生だったころは、いくらでも歩けそうな気がしたのに。慣れってこわい。


「シェアバスは……あるにはあるけど、ちょうどここらへんにはいないなあ。どうする?」シヨウがスマホに目を落としながらいった。


 クロノ進はキックボードを持って、トラックから降りてくるところだった。


「クロは運動も兼ねてこれで先に行ってるですよ~!」と手を振りながらいう。


「うーん、そんじゃあわたしもチャリで行こうかなあ」とシヨウがつぶやく。


 あ~……と、わたしは考える。こういうときのためにある装備を買っておいたのだけれど、正直あまり使いたくはなかった。いや、使ったほうが断然いいんだけれども。



 コンテナハウスから折りたたみ電動自転車を取り出してきたシヨウが、わたしの姿を見るや「んぶーっ」と吹き出した。


「えー、それ、ひひ、そういう使い方できるんだ」シヨウはひいひいと笑いをこらえつついった。


〈うんぱんくん〉たちの主要な用途は名前の通り荷物の運搬だ。小さいけれど、力持ち。それにバッテリーの持ちもいい。というわけで、実はこの技術は移動手段としても使われたりもする。脚の部分の技術は車椅子の補助脚に採用されたりしていた。


 わたしは三台の〈うんぱんくん〉に、鞍と椅子を合体させたような乗用アタッチメントをつけ、跨っていた。大むかしの学校の運動会では、三人が馬となり、ひとりがそれに乗ってなんかはちまきとかを奪い合う騎馬戦とかいう競技が行われていたという。それに酷似していた。


 シヨウが笑いながらカメラを構える。わたしはつとめて涼しげな顔をしようとしたけれど、むう、と恥ずかしさをこらえる顔になってしまう。


 このスタイルは結構便利だ。三台のあいだで連携も取れてるからそこまでは揺れないし、結構速度も出る。……ただ、三台も使うので脚が六本になり、見た目がどことなく虫っぽくなるのが微妙に嫌だった。


「ひひひ……ごめんごめん。じゃあ、行こうか」


 わたしは鞍の安全バーを握った。カウボーイのように指笛をぴゅいーっと鳴らした。別に鳴らさなくても良かったけれど、こうするとこいつらがなぜかやる気を出すのだった。いったいどういうプログラムなんだろう。


 ゆっくりと歩を進める。久しぶりに乗るので、お尻の位置を細かく調整した。シヨウもペダルを漕ぎ出した。


 徐々にペースが速くなっていき、てってて、てってて、というリズムで小走り気味になる。


「おお、その感じでそのスピードだったら結構いいねーっ」


 後ろを走るシヨウが大きな声でいった。


「全速だとどんくらい出るのーっ?」


「う~ん、競走馬ぐらいは出るんじゃないかなあっ」


「へえ~」


「でもあんま乗り慣れてないから……振り落とされそうで怖いからあんまやんないようにしてるーっ」


 キックボードに乗ったクロノ進の後ろ姿が見えた。


 クロノ進は振り返りわたしを見ると「ウワーッ!?」と大きな声で驚いた。


 対向車線側を走っていく車の運転手たちが、わたしのほうを驚いたように二度見したり、指さしてえー見て見てあの子とやってるのが見える。


 ……やっぱり、ちょっと恥ずかしい。


 そうこうしているうちに、すき家と大きな地方銀行を通り過ぎ、見慣れた大型サインが見えてきた。赤地に白抜きの文字で「本」と描かれ、黄色い下地に青文字で「お売りください!」と書かれている。


 わたしたちはブックオフに着いた。


 クロノ進はまっすぐDVDコーナーに向かった。わたしは文庫本のコーナーに向かい、シヨウは途中であっち見てくるねといって、大型本のコーナーに向かった。

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