6
仕事が終わったクロノ進も合流し、シヨウの工場でのシフトも終わったため、わたしたちは一緒に昼食をとることにした。
「クロノ
クロノ進はシヨウにそう自己紹介した。
クロノ進は黒いアノラックパーカーと黒いカーゴパンツ、それにぼってりとした安全靴を履いていた。パーカーもカーゴパンツもシャカシャカとした化繊素材で、ポケットがたくさんついていた。さらに、工事現場で使うような蛍光色の反射ベストを羽織っていた。
「マジで忍者みたいじゃん」
「え、かっこよ……」
わたしとシヨウに褒められて、クロノ進はでへへと恥ずかしそうに頭をかいた。全部ワークウェアのブランドのものらしい。作業服がおしゃれになっていってるというのは本当だったんだなとシヨウはいった。
「こちらはシヨウ。えーっと、車載動画クリエイター? あと恐竜好き」
「いろいろやってま~す」
シヨウはニッと笑ってクロノ進と握手した。
ログハウスの中は広く、天井も高い。お客さんはたくさん来ているものの、空間がじゅうぶんなおかげで、あまり混雑しているとは感じられなかった。
「わたしがピザトーストつくるからさ、食べてみない? 看板メニューだし」
シヨウのすすめで、わたしはピザトーストとビーフシチューのセットを頼む。クロノ進はナポリタンの大盛りとハーフピザトーストを頼んだ。
伝票を持ってシヨウは消えた。
十数分後、お盆を持ったシヨウと、わたしを工場で案内してくれた南米系の女性がやってきた。
「ゆっくりしていってね~」といって女性は去った。
いただきます。わたしたちはいって、食べ始めた。
シヨウが食べつつ、このお店の成り立ちを話す。
この喫茶店・ポポ山の前身となったお店ができたのは、1970年代だという。開店当初は主にトラックドライバー向けのドライブイン・ぽっぽ食堂としてスタートし、和食・洋食・中華料理となんでもあったらしい。
「ほら、あれ」
シヨウが指さしたところに、古いカラー写真が飾ってあった。大きなプレハブ小屋の前で男女が並び立っていた。ややぎこちなく微笑んでいる。その隣には、人でごった返した店内の写真があった。ねじり鉢巻きを頭に巻いた痩せ型の男性が、どんぶりにかぶりついている。
「トラック野郎たちの時代ですな」とクロノ進がいい、ナポリタンを口にした。
90年代に入るか入らないかのころ、少しずつお客さんが少なくなっていったところで、奥さんが一念発起し、よし、パン屋さんをやろうといい出したらしい。
初代店主は、これからもいままでみたいに夜通し働きつづけるのもしんどいし、こんなにメニューがあってもしょうがないし、なによりずっと付き合ってくれた嫁さんのやりたいことをやらせてあげよう、となったそうだ。
「でもさ、いきなりパン屋さんやるのもアレだし、お店のスペースはあったから、いっそのことパン屋兼喫茶店やろうってなったんだって」
いろんな人がやってきてゆったりと過ごせる場所にしたい──そんな理由でお店をプレハブ小屋からログハウスにガラッと建て替え、店名もぽっぽ食堂からポポ山にしたという。
「じゃあ、ぽっぽ食堂時代よりポポ山になってからのほうが長いんだ」わたしはいった。ポポ山になってからだいたい4、50年は経っている。
パン屋になったからといって大変さが変わるわけではない──むしろ仕込み諸々でもっと大変になったそうで、その点に関しては店主も見込み違いだったという。
「奥さんが楽しそうだから別にいいか! ってなったらしいけどね」
いい話だなとわたしは思う。
また飾られている写真を見る。壮年になった店主さんが、バットに並べたパンをカメラに向かって笑顔で差し出す写真が目に入った。雑誌記事の切り抜きだ。横のページでは、店主さんと奥さんが心の底から楽しそうな笑顔を浮かべ、お店の前に立っている。
ここの看板メニューのピザトーストはたしかにおいしかった。ベースになっているパンがとてもいいんだと思う。さくっ、ふんわりとした食パンの食感を残したまま、とろけたチーズの食感もうまくあわさっている。上に乗っている具にもこだわっているんだろうと思った。
わたしはマッシュルーム工場の直売所で会った女の子の話をした。
「いいすな、そういうの」クロノ進はしみじみといった。
「うん、やる気出る。倍増しで」わたしはビーフシチューにも入ってるマッシュルームをよく噛みながらいった。
ポポ山は初代店主夫婦の三人いるこどものうちの、長女さん夫婦があとを継いだらしい。ちなみに、初代店主たちは90歳を過ぎてもぜんぜん元気で店頭に立ち続けたという。
名物のピザトーストを冷凍食品にして売り出そうと決めたのは二代目店主で、店の裏の土地を切り開いて工場を作ってしまったというのだから、とんでもない行動力だ。いまではこの県の有名な製パン業者として、菓子パンや惣菜パンを作っているという。
わたしたちは飾ってある写真や雑誌の切り抜きを目で追いかけていく。やり手の二代目として地元新聞紙に取材されたり、ビジネス誌に取材をされたり、旅番組やグルメ番組で取り上げられていたりしていた。芸能人のサイン色紙もいくつか飾ってある。
「パン屋やろうってなって喫茶店になって、それでちゃんとパン屋になったんすなあ」
クロノ進が感心したようにいって、ナポリタンの最後のひと口を食べきった。
「おいしかったです」といって、両手をきれいにあわせる。
「ナポリタン、いい感じにジャンクでいいでしょ」シヨウは自慢げだった。「ガテン系の人たちに評判いいんだよね」
「お~、食べてるね」
工場で案内してくれた女性が、近くを通りがかったときにそういった。片手にお水の入ったピッチャーを持っている。グラスにお水を注いでくれると立ち去っていった。
「あの人がたぶんつぎの店長さんかな」
シヨウはいった。
「ずっとこのお店で働いてるし、現店長ともずっと仲がいいんだ。お互いの家族の面倒見たりとかね」
この地域も、ほかの地域とかわらず移民が多いという。主に南米の人が多く、次にアジアの人々や中東の人々まで。わたしがパン工場で見たように。
ここで暮らし、そしてここで生まれ育った移民の人々のこどもたちにとって、このお店は、このお店が提供するナポリタンやピザトーストやパフェは、れっきとした故郷の味だし、思い出の味だという。
「クロもパピーとマミーの国の料理も好きすけど、こういう料理もぜんぜん好きですからな」
そういえばヤンダもそんなことをいっていたおぼえがある。ヤンダも実際には移民何世とかだ。おおむかしに南米に渡った日系移民の子らが更に日本に渡ってきて……という感じらしいので、ぜんぜんそうは見えないけど。
跡継ぎといえば、わたしがドライバーになるきっかけになった先輩はいま、旅の途中で訪れたドライブインの跡継ぎになろうとしていた。一時はご当地アイスクリームやご当地パンなどの知見を活かして、動画クリエイターやライターになることも考えたそうだけど、惚れ込んだドライブインで働くことを決めたという。いまはそのお店を手伝いつつ、調理師専門学校に行っている。いつか行かねばと思っているけれど、そこの近くを通る仕事は微妙になかった。
わたしたちは食後にコーヒーや紅茶を飲んでまったりしていた。おやつや夜食用にパンもいくつか買っておく。恐竜のかたちをしたパンがいくつかあってかわいかった。
シヨウはスマホに保存している〈ヌル・モニュメント〉の写真をクロノ進にも見せた。クロノ進は以前見かけたという、それらしいものの場所をシヨウに教えた。グーグルマップを開き、そしてスマホのなかの写真も見せる。これは、◯◯さんが見たって投稿してたやつかな、とシヨウはぶつぶついっていた。
「そういえばなんですが、シヨちゃんはこのお仕事って長いんすか?」
「たしか二年ぐらいかな~。単純に行ってみたかったお店だったし、短期のバイトも募集してたし」
それからシヨウはいった。
「あと恐竜もいるし」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます