5
山あいの道を進んでいると、突如として大きなログハウスの喫茶店が現れた。そしてそのログハウスのうしろの敷地には、大きな工場が建っていた。ここが今回の荷物の届け先で、そしてシヨウが短期で働いている場所だった。
こういう、山道のなかに急に飲食店があることはよくある。都市部で育ったわたしは、こんなところにお店が? とか、こんなところで大丈夫なんだろうかと思ったりすることもあるけれど、大抵の場合は地元の人から愛されるお店だったりする(そうじゃなきゃ経営していないだろう)。けれどもやっぱり、急に現れるので、なんだか夢とか童話に出てきそうな建物だなと毎回新鮮に思う。
トラックを停車させ、荷を下ろしてもらう。〈うんぱんくん〉トリオがせっせと働く。マッシュルームの詰まった段ボール箱が次々と運ばれていく。
わたしは工場の入り口で声をかけた。話は聞いてるから通っていいよとのことだった。見学者用のパスを渡され、白い作業着に着替えて髪の毛をすっぽりと覆う白い帽子を被り、マスクをつける。
「こっちだよー」とわたしを案内してくれたのは、南米系のおばさまだった。「シヨちゃんの友達なんだって?」
わたしは頷いた。
「ちっちゃくてかわいい子ね」マスクと帽子のあいだからのぞく温和な目元が笑う。わたしはえへへとなった。
ひんやりとした工場内を右へ行き左へ行き、階段を登って大きな生産機械の上の通路を歩いたり、くだって機械の裏手を回ったりしているうちに、生産ラインに着いた。そこには、白い作業着に身を包んだ人たちがいた。そのうちのひとりが、正拳突きのような拳法のような動きをしていた。
「シヨちゃーん」案内してくれた女性がいう。「お友達、連れてきたよー」
はーいという声が正拳突きの人から聞こえる。知ってる声だった。
わたしは女性にお礼をいうと、動きを続けるシヨウに近づいた。
ごうん、ごうん、とゆっくり動いているベルトコンベアの上には、ふしぎなことに、トースターが等間隔に置かれていた。
チンッ──
軽快な音が鳴り、トースターから二枚の食パンが射出された。
「ホイッ」
シヨウは怪鳥音を小さく発すると、宙空に飛び出た食パンを瞬時に、しかしふんわりとした優しい手つきで掴み取った。マスクと帽子の間から見えるその眼は、真剣そのものだった。
軽くトーストされたパンをバットの上に置くと、赤いトマトペーストを小さなおたまですくい、おたまの丸い部分も使って均等に塗っていく。その手つきはまるで、熟練の左官職人のようだった。つぎにピザ用のチーズをつまんでぱらぱらと雪のようにふりかけていく。
バットを別のベルトコンベアに乗せた。
おー、といってわたしは小さく拍手した。シヨウの目が笑う。
「おひさー」といってシヨウはゆっくり拳を突き出す。フィストバンプだ。
わたしは戸惑いつつも「お、おひさ~」といって拳を突き出す。拳と拳がぶつかりあう。フィストバンプ。
「これがピザトースト職人ってこと?」
「そ」
シヨウは頷く。またトースターが流れてくる。チンッ。食パンが射出された。
「ホイッ」
素早くしかし優しく掴み、トマトペーストを塗ってチーズを振りかける。
「これは冷凍用のピザトーストのラインね。表にでっかい喫茶店あったでしょ。あっちで出すやつもわたしがたまに作ってるのよ」
チンッ。
「やってみる?」
「ええ……さすがに難しそうだよ」
「まあ、それはそう。わたしもこれ習得するのに時間かかったんだよね」
シヨウは楽しそうにいいつつ、繊細な作業をこなしていく。
わたしは周囲を見回した。シヨウが下地をつくったトーストは別のコンベアの上を流れていき、ピーマンを乗せる人、タマネギを乗せる人、マッシュルーム──わたしが運んだのと同じやつだ──を乗せる人、厚切りベーコンを乗せる人を経由して、角を曲がって消えていく。
目元しか見えないけれど、工場で働いている人たちはみんな、さまざまな肌の色をしていた。そんなたくさんの人々の手で、ピザトーストはきれいに飾りつけられていた。
ピーマンを盛り付けている東南アジア系と思しき青年がちらりと顔を上げ、笑顔でこちらに手を振る。わたしも手を振った。
シヨウがいうには、商品として“てづくり”を銘打ってる以上、機械化が進んだ現代においてもこうやって作ってるそうだ。
……具材を乗せる人はわかるけれど、トーストから射出されるパンを掴む作業は必要なんだろうか?
ちっちっち。シヨウは指を立てて左右に振りつついった。このジェスチャーを普通にやる人ってひさしぶりに見たかもしれない。
「いい? これこそが“てづくり”の根幹にあるわけよ。冷凍のピザトーストだから最終的にお客さんが自分で調理をするわけだけど、だからこそ手を抜いちゃいけないわけ。このっ……(チンッ)、今みたいにトースターから射出されることによって、焼かれた食パンが空気を含むんだよね。そしてあらかじめこうやって軽くトーストしておくことも重要なんだよ。軽くトーストされたものが瞬時に空気に触れる。この工場の気温と湿度はそのために最適化されているといっても過言じゃないわ(チンッ)、過言じゃないわけ。これがこのお店の売りだから、こればかりは機械化出来ないんだよ」
シヨウはもっともらしいことをいった。わたしは「そうか?」と思いつつも、まじめに突っ込むのも面倒くさいし、あと何割かは本当かもしれないし、まあ、そうなんだろう。たぶん。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます