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「まだやってるのかなあ」


 というわたしの疑問の声に、小走りで駆けていったクロノシンが角を曲がり、角から顔を出して「終わっちゃってるー!」と大きな声でいった。


 サービスエリアのフードコートは巨大だったけれど、テレビとかで特集されるような有名なお店やチェーン店は夜10時でだいたい閉店していた。そのなかにはソフトクリームを提供しているお店もあった。アイスッ、アイスッ、シャワーのあとのアイスッ、と喜び勇んでいたわたしたちは出鼻をくじかれた。


「あ、でもミニストップはやってるなあ」


「こっちにはセブンティーンアイスの自販機がありますなあ」


 ミニストップのソフトクリームにハロハロ、そしてフローズンヨーグルト……ミニストップは店舗数がすくないからしばらくそれらを食べていなかった。しかし、セブンティーンアイスも最後に食べたのはいつだったか……。


 などとわたしが悩んでいるうちにクロノ進はセブンティーンアイスの自販機で購入していた。彼女が選んだのは、青いソーダアイスと白いバニラアイスが渦巻き模様を描いているソーダフロートだった。


 わたしは悩んだ末に贅沢マカダミアにした。ひとくちかじる。バニラ味のアイスのなかには、想像以上にマカダミアナッツがごろごろと入っていた。たしかな歯ごたえがアクセントになっていて楽しい。噛むごとにマカダミアナッツの味が口に広がっていく。こういうのって商品イメージ画像はイメージ画像でしかなく、しょぼくなりがちなのに、商品イメージ画像どおりの商品だった。すごい。


 わたしたちはフードコートの席に座ってアイスを食べつづける。人がちらほらいて、トラックドライバーのおじさまがスマホを片手に惣菜パンをもそもそと食べていたり、眠たそうな顔の子供が、おにぎりを両手で持って食べている最中にこくりと寝落ちしそうになる。だぼっとしたスウェットを着た金髪の女の子が、別の茶髪の女の子に「てかやっぱハロハロ食いたくね?」といいながらトイレに向かっている。


「一年以上ぶりですなあ」クロノ進がしみじみといった。「連絡先交換し忘れたまま、まあどうせ同じ業界に行くだろうし、いつかすれ違うでしょとか思ってましたが、まさか今まで出会わなかったとは……」


 クロノ進とは教習所で割と仲良くやっていた。でも、わたしたちはほとんど毎日のように顔を合わせていたのに、連絡先を交換し忘れたまま別れてしまったのだった。


 クロノ進──この名前は本名であって本名ではないらしく、どちらかというとニックネームのようなものらしい。本名はもっと長いが、その長い名前は正式な場ぐらいでしか使われないそうで、学校や職場とかでもこの名前を使っているそうだ。なんでも、むかしのまんがに出てきた忍者のキャラクターの名前から拝借しているらしい。


 かのじょの両親は南の国からこの異国の地に働きに来て、偶然出会い、その作品がきっかけで仲良くなり、結婚したらしい。


 ……待てよ、忍者?


「もしかしてなんだけど、あの忍者のデコトラってさあ……」


 そうわたしが口にした途端、クロノ進は親指で自らを指した。


「あっしのでえ、ございやす!」


 そういうかのじょの顔はとても誇らしげだった。


「あれって……自分で改造したの?」


「実はパピーの知り合いというか、家族ぐるみでむかしっから付き合いのあるおじさんがトラックドライバーなんすな。あ、元、っす」


 わたしは教習所で交わした、どうして免許を取ることにしたのか、という会話を思い出す。そういえばそんなことをいっていた。クロノ進がトラックドライバーを目指したのも、その人の影響らしい。


「引退してお店をやりたいそうでして、このクロノ進めに譲ってくれたというわけなんですな」


「へー」


 長年ともに走ってきた相棒を、しかも自分の手で改造しまくったデコトラを譲ってくれるなんて、ずいぶんと気前のいい人だ。


「電飾とかはおじさんが付けたり更新していたものなんですけど、なんで、自分がやったのは荷台の箱絵だけすな。最近ようやく完成したんすよ」


 そう語るクロノ進の表情はとてもにこやかだった。その無邪気な笑顔のまえでは、忍んでねえじゃん、なんていうツッコミは野暮でしかなかった。


 ハーロッハロ、ハーロッハロ、といいながら先ほどの金髪と茶髪の女の子コンビがハロハロ片手にミニストップから出てきて、適当な席についた。


 わたしはワッフルコーンの最後のひとくちを食べた。贅沢マカダミアと名乗るだけある、本当に満足のいくフレーバーだった。つぎもこれを食べてしまうかもしれない。クロノ進はプラスチックの棒を名残惜しそうに口にくわえている。


 わたしたちは、今まで食べたことのあるセブンティーンアイスのフレーバーの話や、これまでの話に花を咲かせた。



   *



「お、じゃあ同じ方向ですな」


「だねえ」


 夜のサービスエリアの敷地を歩きながら話していると、クロノ進はわたしと同じ県に荷物を運びにいくらしい。エリアもだいぶ近かった。


 駐車場へ向かうわたしたちの正面から、緑色にぺかーっと光る首輪を着けたふわふわの白いマルチーズが歩いてきた。ふたりで声を揃えて「かわいい~!」といってしまう。リードを持った飼い主のお兄さんとお姉さんによると、夜が大好きなわんちゃんだという。こうして夜にドライブに出かけて、軽く散歩させているそうだ。


「それに、ここらへんは星もきれいなんですよ~」とお姉さんがいう。


 去っていくマルチーズのもこもこしたお尻を、わたしたちは緩んだ顔でしばらく眺めていた。夜空を見上げる。たくさんの星たちが輝いていた。免許合宿のときも、こんな夜空を見た。


「な~んか、合宿のことを思い出しますな」


 クロノ進も同じことを考えていたらしい。


「あのときもアイス食べてたよね」


 ふと思い出して、わたしはいう。たしかあのとき、クロノ進はソーダ味のガリガリ君を食べていた。わたしはクーリッシュのバニラ味。ヤンダはスイカバー。


「星の光がどうこうって、ヤンダちゃんがいってたんでしたっけ」


 そんなこともあった。


「たとえばあの星の光が──見えるすか?」


 どれ、とわたしはいう。


 あれ、とクロノ進が指さす。


 ──あれだよ、あの一番光ってるやつ。


 ヤンダがそういいながら、欠けたスイカバーの先端で夜空を指し示したことを思い出す。


 ──あの星の光が地球にいるわたしたちの目に入るまでに300年かかったとする。わたしらは生まれるまえの、うんとむかしの光を見てるってわけ。それって、めちゃくちゃ面白くない?


「あー、あれね」


「そう、あれっす」


 クロノ進がいっている星がようやくわかった。わたしはヤンダほど星に詳しくないので、それがなんていう名前の星なのか、どんな星座を構成しているのかもわからなかった。


「な~んか、一年経ったんだなあってなりますな」


 わたしはうなずき、同意した。


 あの星の光は、何年前のものなんだろうか。


 わたしたちの乗るトラックが放つ光は、きっと星ほど強くは残らないだろう。


 そう思うと、自分は果てない宇宙のなかで本当にちっぽけな存在なんだなと思う。


 でもまあ、だったら、ちっぽけなりに好きに生きてもいいかもな、とも思った。

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