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 ここらへんでは、湖に繁殖してしまったアメリカナマズが有名らしい。あとコイ。なんでも、ナマズやコイの身を使ったハンバーガーがあるらしく、わたしはそれらが食べられるお店に向かった。


 夕飯にナマズフライバーガーを食べる。ふつうにいい感じだった。


 わたしはナマズを食べながら、そういえばウナギの代わりに養殖ナマズの蒲焼を使ったどんぶりってむかし流行ったよなあ、ということを思い出した。あれはあれで結構好きだったのに、気がついたら廃れていた。


 ここから目的地までは、思っていたより遠い。一旦首都圏までくだっていって、そこから本州の下側を通ってから、ぐぐっと北上するルートが提示された。


 だいたい七時間ほど。


 拘束時間的にまだ大丈夫だし、久しぶりに夜の高速道路をちょっと走りたい気分だった。深夜割引もあるし、そのまえにコインシャワーのあるサービスエリアでシャワーでも浴びることにした。


 ちなみに、〈キョウさん〉の自動運転中に眠ることはできない。そういう決まりになっていた。乗客だったら寝られるそうだけど、わたしは乗客ではなくてドライバーだから、それはできなかった。


 わたしは、高速道路の滑らかさが好きだった。タイヤが伝える、タタッ、タタン、という路面のリズムも好きだった。


 特に、夜の高速道路は真っ黒な川みたいで好きだった。ぼんやりとライトが路面を照らし、さまざまな車がすいーっと進んでいく。回遊魚ってこんな気分なのかなと思う。わたしが運転するようなトラックや大型バスは、シャチやクジラかもしれない。


 夜が更けていくにつれ、自動運転のトラックや自走コンテナが目立ってきた。それだけじゃない。普通の自家用車でも、自動運転っぽい動きをしている。きっと帰路なんだろう。


 専用レーンを行儀よく等間隔で走る自走コンテナを眺めていると、サイドミラーに光の塊がちかりと映った。


 びかびかと緑色の輝きを放つ巨大な塊が、追い越し車線をごおっと通過していく。


「すご……」


 デコトラだ。もう生で見ることはだいぶ減った、いろんなパーツがゴッテゴテに取りつけられたデコトラだった。


 追い越されるときにバンが見える。全体的に緑色の電飾が施され、深海魚のように、特定のパターンで明滅していた。


 バンの側面には、黒い忍び装束に身を包み、面頬を装着した忍者がバストアップで描かれていた。忍者の眼光はほかの車を威圧するように鋭く、印を結んでいる手はしかし、どこか柔らかで、余裕を感じさせる筆致だった。大きなガマガエルも描かれている。宙を飛ぶ手裏剣も。「臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前」という文字と、それにあわせた印を結んだ手のイラストも。


 バックドアには巨大な凧に乗った忍者が描かれていた。左下には枠で囲まれてこう書かれていた。


 ブラック雪影号。


 わたしはあっけにとられ、口をぽかんと開けてデコトラが走っていくのを眺めた。


 ややあってから思う。


「忍んでないし黒くもないじゃん」



 サービスエリアに到着した。駐車場で空きスペースを探していると、やたらゴテゴテしたトラックが停まっていた。


 というか、さっきのデコトラ・ブラック雪影号だった。


 空いているのがそのトラックの近くしかなかったので、そこに停める。めちゃくちゃこわい人だったらどうしよう、という気持もなくはない。……いや、これは偏見だ。良くない。


 防水ナップザックに、着替えやタオルやお気に入りのシャンプーなどのお風呂セットを入れてコインシャワーに向かう。


 ここのコインシャワーは男性用は四つに女性用はふたつ。自動運転の普及等で女性トラックドライバーも少しは増えたそうだけれど、コインシャワーの男女比はだいたいこんなものだった。ドライヤーが設置されていたり、アメニティが充実しているのはありがたいけれど。


 シャワーを浴びる。熱く細かい水の粒が、肌にじとっと張りついた汗を洗い流していく。


 いつの間にか髪が伸びていた。コインシャワーを使うことも多いし、シャンプーの節約になるしで、髪は短めの方が良かった。


 そういえば以前、艶やかな髪を腰まで伸ばした女性トラックドライバーに会ったことがあるけれど、あの人はどうやって手入れをしていたんだろうか。


 シャワー終わり。


 洗面台で髪を乾かす。化粧水を顔にぺちぺちとやっていると、後ろを通り過ぎようとした人が立ち止まり、「おっ」といった。


 わたしは鏡に映ったその人をいぶかしむ。


 シャンプーやタオルを入れた黄色いタライを小脇に抱えたその小柄でちょっとがっしりしたからだと、小麦色の肌には見覚えがあった。視線を上げていくと、大きくてまんまるでかわいらしい目と、そばかすの目立つ小鼻があった。くせっ毛気味のショートヘアも知っていた。


「クロノシン、えっクロちゃん……?」


「やっぱフミちゃんじゃありませんか!」


 人懐っこい声が響く。


 教習所で一緒だったクロノシンだった。

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