1-6 王宮に帰省
――カリスラント王宮、碧空の離宮、アンネリーベルの部屋――
予定の時刻になって、私たちは夜間馬車で王都へ行く。今では港町サーリッシュナルと王都を繋ぐ街道は一日中交通が途絶えることがない。海運で集めた様々の商品を最大の消費地である王都へ送るために、深夜でも馬車が安全に通行できるようになってる。私たちが乗る王家御用の馬車はあまり揺れはしないけど、乗り物の中だから寝心地はあまり良くない。まぁ、船の上で寝るのに慣れた私たちにとって大した問題ではない。
馬車が離宮の前に止まると、眩しい朝日の中で私たちは降りた。この碧空の離宮はカリスラント王家の未婚の女性が住む場所。私の姉と妹もここに住んでいたが、二人はもう外国に嫁いだ。私の部屋はまだ昔のままにキープされているが、私は普段サーリッシュナルの屋敷にいる。つまり現在この離宮は主がいない城となっている。
用意してくれた朝食を食べる間、メイドたちが荷物をおろしてくれた。この後はお父様に謁見するから正装に着替える。ここでも屋敷と同じ、着替えは私たちだけで済ませる。ファルナと二人っきりになれる貴重な時間だから。スキンシップしたり、紫の波の髪を愛でたり、ついでにやりたいことが多い。
私とファルナの正装は豪奢なドレスではなく、海軍士官用の軍礼服。この軍礼服は、両親があまりにもうるさいから仕方なく作った。私は普段から着る純白の海軍軍服を正装にしてもいいと思う。でもみんなからは地味とか、素朴すぎとか、ズボンはありえないとか、散々な言われようだった。王女らしいドレスを着るのはいやというわけでもないが、やっぱり一見して私が軍人だとわかるような服が望ましい。そういうわけで私は両親の要望を汲み取って、この軍礼服をデザインした。上は海軍軍服をベースに、紺色に染めて黄色の装飾を加える。下は海軍軍服と同じ白で、女性の場合はロングスカート。海軍軍服ほどではないが、丈夫さと動きやすさはなかなか悪くない。機能性も重要だからね。ちなみにこの軍礼服のデザインは何度もやり直されてやっと納得してもらえた。まったく、船の設計よりも大変だったよ。
でもまぁ、軍服を華麗にしたいのもわからなくはないかな。指揮官がかっこよく着飾るだけでも部隊の士気が上がる。ナポレオンの親友ランヌ元帥がまさにその代表例だね。この軍礼服も、作るときは大変だったが、こうして着てみると……うむ、悪くない……
「……前から気になっていましたが、どうしてアンネ様は軍礼服を着るときいつもポージングするように右手と右足を上げるのですか?」
「まぁ、その……ちょっとしたごっこ遊びよ」
「は、はぁ……そうですか」
だってこの軍礼服を着ると、あれをやりたくなるじゃん。翼の新たなる機動戦記のオープニングのあのシーンみたいな、華麗なる貴族風将校ごっこ。ちょうどこの軍礼服は上が紺色下が白だし、あとはファルナの軍礼服の上半身を赤にして仮面をかぶらせると完璧……いや、やめとこう。あの二人最後は袂を分かつから、縁起悪いよね。私はファルナとあんな風になりたくない。
「アンネ様、勲章はちゃんと全部つけたのでしょうか?数が多いから一度確かめたほうが良いのでは?」
「問題ないよ。勲章はいつも軍礼服につけたままにしてるから」
「ダメですよ。王宮の軍礼服を着るのは久しぶりでしょう?仕方がありませんね。わたくしがチェックしてあげますから」
だって、面倒だし……大体私が持ってる勲章が多すぎるのが悪いのよ。真面目な話、このまま行くと本当につけるスペースがなくなりそう。もういっそ一番目立つの2つだけ残したほうが……今度王宮儀礼官に相談してみるか。
「はい。やっぱりチェックして良かったですね。大宝章がちょっとずれていましたよ。ちゃんと一番上にしないと」
「本当にちょっとずれただけじゃない。これくらい大丈夫だと思うけど……ありがとう」
大宝章サーヴィア・カリスランティア。これはカリスラント王国を救った証。王国の運命を左右する重大な戦いで目覚ましい活躍を見せた者にのみ授ける王国最高位の勲章。この前の大きな戦争の褒章があったから、現在サーヴィア・カリスランティアを持っている人は少なくない。そのありがたみが薄れているが、2つも持っているのは私だけ。ロミレアル湾の戦いとトリミンス台地の戦い、戦争の決め手となる2つの戦いに、私は両方とも参加して大きな役割を果たしたから。他の海軍の上級指揮官、例えばファルナならロミレアル湾での働きが評価されて1つもらった。トリミンスの主役はあくまで陸軍だからね。
「ファルナの礼服も勲章がいっぱいだね。つけるスペースがなくなったらどうしようって考えたことないの?」
「大丈夫と思いますよ。また戦争でも起きなければ増える機会はそうそうないですから」
私ほどではないが、ファルナも数多くの勲章を持ってる。そういえばファルナは1つだけ、私にはない勲章を持ってる。衛章ガーデナント・ツィリア。これは勲章の中でちょっと特別なやつで、カリスラント王家の一員を身を挺して守った証。王家の人間が恩人を指名して、自分から手渡しで授与する。王女の私は当然それをもらうわけがない。ファルナのガーデナント・ツィリアはもちろん私が指名して授けた。壊れそうになった私の心を救ってくれたから。
ちなみにここにある勲章は全部レプリカ。本物は港町サーリッシュナルの屋敷にあるもう一着の軍礼服につけている。王宮で着る服にレプリカをつけて本当にいいのかと思ったが、普段サーリッシュナルにいる私はそっちで着る機会が多いからお父様がそうしろと仰った。
私たちの準備はこれで終わり。でもお父様と外交担当の会合が長引いてまだ終わらないみたい。お呼びがかかるまでの時間、私は来期に向けての海軍戦術教本の改正案をまとめる。先の戦争で得た経験をちゃんと反映しないと。特に街に対する攻撃の準則と陸軍との協力体制について、これまであやふやだったせいで戦争の終盤で大問題が発生した。はぁ……私がもっとしっかりしていれば、リミアが軍法会議にかけられることもなかったのに……
「アンネ様。来期からの入学条件の改定は提出しましたか?」
「あっ。危なかった。思い出させてくれてありがとう」
公文書を取り出して、教育担当のところまで届けるようにメイドに頼む。この世界では古い時代から船の積載量を最大限に活用するように、航海中は毎日交代の水当番が初級水魔法の「水生成」を使って真水を補給する。だからこれまでの海軍士官学校は「水生成」を習得していないと入学できない。カリスラント海軍の拡大に伴い、来期からこの規則を廃止する。今後は「水生成」ができなくても入学できるが、三年目までに習得していない者の進路は陸上勤務に限定される。「水生成」は頑張ればほぼ誰でも使える魔法だが、稀に水の素質がなくどうしてもできない人がいる。これからはそんな人も望めば陸の上から海軍を支えることができる。
こんな風に隙間時間を有効活用して……20分くらい待つと、玉座の間へ移動するようにとの通達が来た。
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