1-7 父との話 1

――カリスラント王宮、玉座の間――


「……来たか。色々話したいことがあるが、まずは用件を済ませよう。お前の役職の変更からだ」


「お父様。言われた通り海軍総司令の印章は持ってきましたが、私の後任の方は来ているのですか?直接渡さなくてもいいの?」


「次の海軍総司令は未定だ。前任者の業績が偉大すぎて誰もうまくやれる自信がなく、未だに決められんのだ」


「あ、あはは……そうなのですね……」


 なるほど。だから私の引き継ぎは本部の参謀たちとやったのね。おかしいと思ったよ。とりあえずこれで次の総司令がしばらく決められなくても、参謀たちと各艦隊司令が真面目にやれば問題ないかな。


「はぁ、ケロスのやつがやってくれればいいのになぁ……お前達からも言ってくれないか?探検艦隊副司令なんて若いやつにやらせばいいじゃないか。海軍の長老が真っ先に志願するとは、まったく……」


「お父様。ケロスヘニゲム様はもう64歳ですよ。もう引退してもいい歳です。国のために長年尽くしてくれましたから、最後のわがままくらい許してあげてくださいよ」


「大叔父様を説得するのは無理だと存じます。最近会うたびに人生最後の夢はやはり海の向こうの世界を見てみたいと仰って、もうすっかり探検気分でございます」


「ちっ。そう言われると弱いから、お前達に説得を頼んだのだぞ。やはり無理か……」


 そりゃ無理ですよ。海軍総司令をやれと言われたらケロスのじいちゃんは絶対引退するって。


 海軍総司令と海軍士官学校校長の印章をお父様に返上して、代わりに色んなものをもらった。探検艦隊司令の印章。カリスラント海外領地総督の印章。海外領地における関税裁量権委任書。戦略資源貿易特別許可書、など……探検をするだけなら不要なものばかりだが、私は探検だけをやるわけにはいかない。いや、私の立場でわがまま言えばそれも許されるだろうとは思うけど、私はそんな無責任な人間になりたくない。これまでお父様、貴族たち、国民たちのたくさんの助力があったからこそ私は海軍を作ることができた。恩返しのためにも、私の探検はちゃんと国の利益につながるようにしたい。利益を出すのは難しくないはず。まだ見ぬ新商品の大陸間貿易だけでも十分勝算があると思う。規模が大きくなったら色々面倒事が出てくるけど、その時はもう利権が欲しい人間に丸投げできるだろう。土台作りがちゃんとできれば後の心配事が減ると思うから、最初の海外貿易を行う私が頑張らないと。


「これでカリスラントにおけるお前の立場を明確にした。後は残り一つ、カリスラントのものではない役職がある。サーリッシュナルに戻ったら、ダルネリトン=ルー神殿に行くといい。既に話をつけた」


「え?神殿、ですか」


「ああ。この話が決まったのはつい最近だからまだお前に伝えていない。今から説明する」


 お父様が言うには、これは私の婚姻に関する面倒事を避けるための処置。


 現在のカリスラント王位継承者候補の中で、私は実績と人気が圧倒的にリードしている。相続権基本男性優先という決まりがあるのに、私が女王になることを望んでいる人が多いらしい。でも私に二つ大きな欠陥があるから、それをクリアしない限り女王になる可能性がない。まず、そもそも私は女王になりたくない。次は、結婚していないから当然子供はいない。さらに次の世代の継承者選びは間違いなく難航する。


 野心家の貴族から見れば、この二つの欠陥どちらも解決可能。私と結婚すればまず継承者問題はクリア。あとは私が女王になる意欲が湧くようにゆっくり説得すればいい。うまくいけば一気に次代王位に王手をかける。


 そんな私を狙う数多くの縁談が届いてるが、私はとりあえず全部拒否するように願い出た。私にはもうファルナがいる。結婚なんて考えたくもない。国益的にも、私は結婚しないほうがいいと思う。外国に嫁ぐのは当然論外。国内の貴族との婚姻も、パワーバランス的に非常に難しい。


「幸い、まともなやつならお前の複雑な事情を察して自重してくれる。今のところ縁談を持ちかけるのはろくでなしばっかり。バッサリ切り捨てて構わん。しかしいい加減うざったくなってきたから、手を打つことにした。それにお前が探検で新しい国を見つけたら、向こうのやつらはこっちの事情に詳しくない。身の程を弁えない輩がいくらでも出てくるだろう。だからお前がそういうくだらん企みを簡単に弾き返すことができるように、神殿にお前の新たの役職を用意してもらった。その名は、ダルシネ=ルーデア」


 ダルシネ、ルー、デア……?ええええええええ?


「本気、なんですか?それ、海神の娘の化身、って意味だよね?」


「よかったな。国民達にすでにそう思われてるから、神殿もすんなり認めた」


「あれは、冗談半分で言ってると思うけど……」


「なら、今から冗談でなくなるようにすればいい。ダルシネ=ルーデアは自分の神殿こそないものの、大神官と同じ階級の神職。その意味は分かっているな」


 高位の神職は、結婚が許されない。確かにこれは、私にとって一番都合のいい解決ではあるけど……


「お父様は、それでいいのですか?私が、一生結婚できなくても」


「……儂はもう、覚悟を決めた。お前がしたくないなら、無理強いはしない。お前を不幸にした上で、国内の政局がズタボロになるとか、馬鹿馬鹿しすぎる」


「お父様……ありがとうございます」


 思わず隣のファルナの手を握ってしまった。実は私はずっと恐れていた。お父様が私の婚姻を勝手に決めるのを。


「後、お前は勘違いしている。このダルシネ=ルーデアの称号は不届き者達を退ける盾であって、お前の行動を制限する枷ではない。もしお前がいい人を見つけて、結婚したくなったら、神職をやめてもいい。神殿も了承済みだ」


「えっ。大丈夫なんですか?そんな神殿の権威を軽んずるようなことをして」


「これは神殿の思惑とも合致するからだ。お前を一代限りの聖人みたいな扱いするより、お前の子孫を代々奉って延々と信仰を集めるほうが旨いに決まっている」


「……身も蓋もない話ですね」


 役職についてはこれでおしまい。これはおそらく探検の旅に出る前に、お父様と長話する最後の機会。だからお父様は事前に私のために時間を空けてくれた。


 よく見ると、お父様の髪の両サイドに白の割合がまた増えたような気がする。お父様と会うのは2ヶ月前の祝勝会と叙勲式典ぶり。それから私は海軍総司令と海軍士官学校の引き継ぎ、探検の準備、実戦の経験からの海軍戦術改良の研究など、色々忙しかったが、お父様も同じだね。和平交渉では相変わらずアファンストリュがごねたし、属国になったばかりのフォミンとザンミアルも支配体制を確立するのが難航しているみたい。


 探検に出たら、こっちに戻るのはいつになるかわからない。お父様たちと一緒に過ごす時間を、もっと大切にしなきゃ……


「そういえば、アファンストリュ帝国に亡命したフォミンの旧王家はこちらで押さえたみたいですね」


「ああ。あの国はお前も知っての通り、賠償金は絶対に出さんから、代わりにそいつらを引き渡すことで合意した」


 今回の戦争で一番お気の毒なのはフォミンだと思う。ザンミアル=フォミン連合王国はザンミアル王がフォミン王を兼任する同君連合。実権がないフォミン旧王家は完全にとばっちりで国を失った。今は彼らの身柄を我々が押さえたが、お父様は彼らのことを悪いようにしないはず。できれば彼らのほうでフォミンをうまく統治してもらいたい。その時は多分王家の子供一人か二人を留学の形でこちらに人質として出してもらうが、最大限に優遇するでしょう。彼らに不穏な動きが無い限り。逆にザンミアルの方はかなり厳しい態度で接するだろう。戦争を起こした責任を取ってもらわないと。


「それは良かったですね。面倒な問題を一気に片付けられます」


「違うな。今一番面倒なのは、お前んとこのあいつがやらかした件だ。レルースイ=ラミエ神殿の総本山から来た使者がまた騒ぎ立ててるぞ。800年の歴史がある大神殿を焼き払った神敵を無罪放免とはどういうことだ、と」


 あぁ……リミアが月、伝承と叡智を司る大いなる神、レルースイ=ラミエ大神殿に砲撃命令を出した件ね……


「お父様、どうかそんな言い方をしないでください。リミアがしたことは確かに大変な問題行動ですが、数多くのカリスラント将兵の命を救ったのもまた事実です」


「ああ。報告を何度も読み返したからそれはよく知ってる。帝国兵が負傷者に紛れ大神殿の中に隠れたのを、海上から支援する第五艦隊は気球で見た。これから街を制圧する陸軍はまだ気付いてないから、このままでは伏兵によって大きな被害が免れない。だから大神殿へ先制攻撃した。そうだよな?」


「はい。その通りです」


 神殿を軍事利用するのは厳禁されている。負傷兵を収容するのは問題ないが、兵隊を入れて中から奇襲を仕掛けるのは完全にアウト。まさか帝国がこんな禁じ手を使うとは、誰も予想していなかったんだろう。もし私があの時の第五艦隊司令なら、どんな決断をしたんだろうね。外交問題にならないように、陸軍の同胞たちを見殺しにする?それとも大神殿を破壊した罰当たりの罪人になるのを承知する上で砲撃命令を出す?難しすぎる……きっと私は最後まで悩んで、答えが出ないまま決断を迫られるだろう。


 でもあの時の第五艦隊司令、リミアは違った。乗組員たちの証言によると、観測気球からの報告を聞いたリミアは激昂した。「相変わらず卑劣な……我々の怒りを思い知らせてやる」と言って、なんの躊躇もなく砲撃命令を出した。普段のリミアは穏やかで頼りになるお姉さんだが、あの時まるで修羅の形相になったらしい。


「……あいつを、探検艦隊の参謀長にして本当に大丈夫か。報告を見る限り、その判断は感情に影響されすぎる節がある」


「大丈夫です。リミアは冷静な判断ができる、とても優秀で、頼りになる人です。ただ、その……帝国絡みになると、少々……苛烈な決断を下す傾向があります。帝国は、リミアの亡き夫の仇ですから」


 そもそもリミアを北部の対帝国戦線に回すべきではなかったかもしれない。本人が北部に参戦することを強く希望したから承認したが、まさかあそこまで豹変するとは思わなかった。私の采配ミスだ。


「そうか。つまり、遺恨のない海外で働く分には問題ないと」


「はい。今回の件で、もうリミアは国内で今までと同じような活躍ができなくなると思います。なら探検艦隊のほうで彼女の能力を有効活用したほうが最善かと」


 この事件で非常に面倒なのは、帝国の奇襲を未然に防いだ、そして大神殿が完全に焼失したから、帝国側に非があることを証明できなくなった。カリスラント側の軍法会議は物証がなくても、自国軍人の証言は信用できると判断した。リミアは厳重注意を受けたが、判決は無罪。しかし帝国と神殿は当然それを認めない。これは本当に長引くだろうね。リミアに対して追及の手が伸びる前に海外に連れ出すのが一番。


「でもこれで、陸軍は観測気球と魔力レーダーの導入に対して前向きになるでしょう。それと海軍ともっと効率的にコミュニケーションを取れる通信体制を構築するのも必要ですね」


「ああ。海軍に協力を求めるだろう。お前の後任者は間違いなく大変なことになるな。はぁ……」


 私から見ると、今回はそもそも海軍と陸軍の連携がうまく取れないのがいけなかった。あの時もし第五艦隊から陸軍に連絡を入れる手段があれば、また違う結果になったかもしれない。海軍にはすでにこんな時でもすぐに連絡を取れる高効率の通信システムがある。陸軍のお偉方にはいい加減魔石ライトパネルの良さをわかってほしいと思う。それと陸軍自身の情報収集能力も強化すべき。実は陸軍はとっくの昔に観測気球と魔力レーダーの有用性に気づいてる。しかし実際に運用するには問題点が多いから導入に踏み出せない。レーダーは地上では運搬が困難。気球は高度な訓練が必要だし、熟練者で運用しても事故率が高いのがネック……まぁ、これから技術者たちがゆっくり解決するだろう。もう私が悩むべき問題ではない。

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