1-4 青き翼のセグネール 2

 私たちの姿を見ると、インスレヤは元気な声で挨拶してきた。


「アンネさま!ファルナさま!只今戻りました!」


「ご苦労さま。ラズエム=セグネールの乗り心地はどうだった?」


「はい!最高であります!非常に快適な航海ができました」


 予想通りの性能が発揮できて良かった。テルエミレス級は探検を目的に設計した船だから、武装面では軍艦より劣るが、情報収集能力、積載量、長期間航海の快適さ……戦闘力以外の全てにおいて軍艦を上回る。


 ラズエム=セグネールは外見からして、明らかに昔の船と違う。船を動かせるのは風ではなく魔導スクリュー推進。だからマストがない。これは私の新時代海軍の共同の特徴でもある。


 正直に言うと今の技術水準なら帆船でも十分通用する。地球では大航海時代が終わってもしばらくは帆船が主力なままだし。どうして私が帆船からの脱却にこだわるかと言うと、帆船の能力に天候の影響が大きすぎる。例えば1661年からの台湾を巡る争い。包囲されたオランダの拠点ゼーランディア城を救援するため、オランダ東インド会社は艦隊を派遣したが、戦艦十数隻が鄭氏のジャンク船艦隊の前で相当な損害を受けて敗走。一年後、ゼーランディア陥落の報復のため再びオランダ艦隊が台湾に派遣され鄭氏と交戦。同じく戦艦十数隻対ジャンク船艦隊だが、今回はオランダ艦隊が圧倒的強さを見せて、ジャンク船艦隊をいとも簡単に蹴散らした。1661年の戦いでより強力な兵器を持つオランダ艦隊の敗因は色々あるが、戦いの最中凪になったのが一番大きい。こんな風向によって簡単に覆されるような力は、本物の強さとは言えないと思う。戦場の外でも、例えばカリブやインドでの争いは、季節風によって艦隊の到着が遅れるのが勝敗の決め手となることがしばしば。だからなるべく天候の影響を受けないようにするのは、私が目指す海軍のコンセプトの一つ。ちょうど私には帆船より先進的な船の知識があるし、それを使わない手はない。


 しかし私の知識は完璧ではない。すごいモノだとわかってても、製法の詳細がわからないから再現できない物がたくさんある。大体はできない部分をピンポイントに魔法という都合のいい存在を使って解決できた。スクリュー推進の魔導エンジンみたいに。でもやはりできないモノはある。私に冶金の知識が足りないのが一番痛い。その上カリスラントは昔から金属資源が欠乏、鍛冶の技術が遅れている。金属の分野で私にアドバイスできる人がいない。そのせいで鉄の船体を作ることができなくて、未だに木造。本当はもう少しスピードを出せるはずなのに、船体の強度が心配だからスクリュー推進のポテンシャルを十分に活かしていない。もし私と同じ、地球の知識を持つ人が見たら、きっとちぐはぐな船だと思うだろう。


 ラズエム=セグネールは旗艦だから、貨物積載能力を犠牲にして、同級艦より情報収集と管理能力が高い。汎用魔力レーダーの他に、高精度戦況分析用、長距離連絡用、水面下監視用それぞれ1台搭載している。魔力レーダーだけで判断が難しい状況は観測気球による目視で補う。そして得た情報をもとに12台の魔石ライトパネルで艦隊全体を監視、制御する。まさに艦隊のブレイン的な存在。一番気になるのは情報管理の運用だけど、殆どは僚艦を管理するための機能。単独の慣熟訓練では動作確認だけ、実際に使う機会がなかったね。これは来週からの艦隊行動訓練で自分の目で確かめよう。


「しかし、インスレヤ……あなたいつもこんな感じなのね。もうちょっと気さくにしてもいいのに」


「……アンネさまに?とんでもありません!カリスラントの救国の英雄に敬意を示さないといけません!」


「ん、まぁ、今はそれでいいけど……あまり堅苦しいのは、長期間航海ではきついよ。身分など気にしないで、って言うのはさすがに無理のはわかってるけど……ほら、私たち、戦友なんでしょう?」


「はっ!そのように過分なお言葉、身に余る光栄であります!」


 艦長になっても変わんないね。この娘。あ、いや、本当はインスレヤは私より3つ年上だけど……性格的にも見た目的にもこんな感じだから、つい年下扱いしてしまう。ちょうど今も小動物みたいにキョロキョロしているし……


「ん?誰かを探しているのか?」


「あっ、いいえ、その……リミアさまは来ていないのか、と考えまして……」


「ああ、リミアね。彼女は用事があるから来てないよ。来週ここで合流する予定」


 リミアは今回の探検艦隊の参謀長。私と同じ艦隊階層の人間だから、単艦の慣熟訓練に参加しなかった。そういえばインスレヤはリミアとすごく仲がいいんだね。平民から艦長になったインスレヤと、下級貴族から艦隊司令になったリミアは海軍女性の二大出世頭と呼ばれてた。私たちより年上のリミアは大人の包容力があって、自然とみんなのお姉さん的なポジションに収まった。ルクサーム=セグアンリペールの艦長の任期中、リミアは部下たちによく慕われ、あまりの人気ぶりに同乗している私がちょっと嫉妬を覚えたくらい。


「えっ!ま、まさか、リミアさまが……そんなの、あんまりです!悪いのはあんな卑怯な真似をした帝国のほうでは……」


 あ、そうか。リミアは先の戦争の終盤でかなりの問題行動があったため、軍法会議にかけられた。最終的に無罪になったが、判決が出たときラズエム=セグネールは航海中。インスレヤはまだ知らないか。


「違う違う。リミアは無罪判決よ。昨日はリミアの旦那さんの命日だから、墓参りに行ったの」


「あぁ、よかった……私は、てっきり……」


「大体、来週合流するって言ったじゃない。もし有罪だったらリミアはこのまま私たちと探検に出ることもできないし」


「確かに、そうですね……お騒がせして、申し訳ありません」


 もう、さっきは冷静な判断ができると心の中で褒めたのに……でも仕方ないか。私も、もしリミアになにかあったら暫くは冷静でいられないだろう。


「あ、そうそう、頼んたものは受け取ったか?」


 慣熟訓練はぶっちゃけ、どこでやっても大して変わらない。安全のため近海でやるのは確定だが、それ以外は特に決まっていない。だから私はラズエム=セグネールに天文台がある南の島まで寄り道をしてもらった。


「はい!こちらが、クルゼサー天文台の月例報告でございます!」


 私は、地球の知識を使って探検を目指してきたが、そもそも探検自体ができないという可能性も考慮していた。なにせここは地球とは違う世界。何故か一日の長さと一年の長さや、時間と距離の単位などは全部地球と同じだけど、地図を見るだけではっきりと別世界だとわかる。地球にいない生物とか、魔法や魔物の存在もあるし。地球のことを知ってる私から見るとすごく不思議な世界だ。


 そこでまず私が危惧していたことは、この世界は地球と同じ丸い星か?それとも平面なのか?探検のつもりで遠くまで航海したらそこが世界の果てとか冗談じゃない。それを確かめるために、私は気球を使って視野の変化を観測したり(これは気球を使わなくても調べられるが気球は他にもいろいろ使い道があるから開発した)、クルゼサー島の天文台から観測資料を集めたり、そして最後は数学の計算で、この世界は地球と同じ大きさの球体だと判明した。


 丸い星だとわかっただけではまだ安心できない。もしかしてこの世界のほとんどが海で、探検に出ても見つけられる物が何もないかもしれない。今私がいる大陸以外に他の大陸があるのか?それをどうやって調べればいいか、悩んだ末一ついい方法を思いついた。そこから誕生したのは私の最も重要な発明品、魔力レーダー。広範囲の魔力波で魔力干渉を解析する技術。地球のレーダーとは色々勝手が違うし、まだまだ発展途中だから制限が多いが、それでも情報収集の革命を起こせるとんでもない代物だ。


 他の大陸の存在を調べるため、私はクルゼサー島の天文台に超巨大魔力レーダーを建設した。5000km先まで届く出力を確保するために魔力の消耗は非常に激しい。運用コストを考えると月一回しか稼働できない。その上精度が悪くて、1000人以上の集団でないと探知できない。しかしそのバカ高い建設費用に見合う収穫はあった。遥か海の向こう、西北西4600kmに人間の集落を確認できた。それもかなりの規模。推定人口数万人の都市が複数ある。レーダーの範囲内だけでもこれくらいの人間の活動があるから、西の大陸にはこっちと同じくらいか、もっと大規模の文明があるかもしれない。


 ちなみにクルゼサー島の巨大魔力レーダーは先の戦争で意外な貢献をした。ザンミアルの宣戦布告の前に、月一回の定期稼働で幸運にもザンミアルと帝国の部隊の集中を捕捉した。これがなければ戦争序盤はなんの準備もできなくて、もっと苦しかったかもしれない。今は大型魔力レーダーの有用性が証明され、北部地方の要地で帝国軍の動向を監視するために建設準備をしているみたい。多分探知範囲を500~800km程度に抑さえて、運用コストを下げることで稼働頻度を上げるだろう。


「アンネ様。こんなところで開ける訳にはいきません」


「あっ、そうか。これはもう軍事機密になったね。つい昔の感覚で……」


 一応最新の調査報告を貰うが、正直昔の報告だけでも十分だと思う。人間の都市はそうそう移動しないから。とにかく西の大陸の人間の活動範囲がわかるのは非常にありがたい。これで探検艦隊が最初に目指すべき場所がわかる。地球の新大陸発見より遥かに簡単かつ安全。


「じゃ私たちはそろそろ帰るね」


「はい!お疲れ様でした!」


 この後は王都に行く準備があるし、インスレヤの休暇を邪魔するのも悪いしね。この報告は王宮で読もうかな。

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