捨てられ女、拾い猫

江野ふう

第1話 猫を拾う

 12月ともなると単車通勤は身体に堪える。

 ダウンジャケットは着ているが、下半身の冷えが気になる。

「早くお風呂に入りたい」と思いながら、福原もも子はアパート裏の駐輪場に単車を押して入った。


「にゃー」


 駐輪場は屋根がある。

 歩道と敷地を隔てる生け垣のそばに座り込んでいた猫が、もも子を見て鳴いた。

 焦げ茶色の成猫だ。

 定時退勤してきたとはいえ、日はとっくに暮れている。

 黒目がちな眼をキラキラ光らせているが、ちょっと痩せているし、お世辞にもかわいいとは言えない猫だ。


「寒いだろうな」とは思うが、もも子の住むアパートはペット禁止である。


「ごめんね、私、キミを連れていけないんだ」


 もも子は、あんまり可愛くない猫に話しかけながら、単車を停めた。


「あー!寒い!!!もぉ、早くお風呂で温まりたぁい」

「にゃー」


 独り言を言うもも子の足元に猫がまとわりついてくる。

 人馴れしている様子から「飼い猫かな?」と思った。


「え?だから、私、キミを連れていけないんだけど」


 話しかけてくるもも子の顔を見上げて小首をかしげて


「にゃあ」


 と鳴いて、ブーツに頭を擦り付けマーキングにする。


「いや、だからぁ……」


 もも子が立ち止まったままでいると両脚にマーキングし終えた猫が


「にゃー」


 と再び鳴いた。

 同時に、もも子のお腹も「ぐぅー」となった。

 これで気づく。


「……そっか、キミはお腹も減ってるのか」


 もも子は呟いて


「……どうしようかなぁ、ペット禁止なんだよな!ここ」


と辺りを見回してみたが誰もいない。

 助けてくれそうな人はいない。

 誰もいない。


 ――誰も見てないし


 もも子はしゃがんで猫の脇を掴んで持ち上げると同時に片手でおしりを支えた。


「アンタ、冷たくなっちゃってるねぇ……」


 もも子は、自分に抱きかかえられ後ろを向いている猫に話しかけた。

 猫の身体は思いの外、冷えていた。動物を抱いて冷たいと思ったのは初めてかもしれない。


「今日だけだからね!キミ、うちには置いとけないんだから!今日だけ!」


 ――誰も見ていないうちに……


 もも子は急いでアパートの正面に回ると手前の階段を上がって自分の部屋に飛び込んだ。

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