あなたが伸ばしたその手の力はあなたの生きたいと思う意志
Yuu
第1話
「はぁ。。。どうしてこんなにうまくいかないのだろうか」
これは独り言だ。
目の前にある海の中に溶け込んでいくように発した声は消えていく。
先週の話だ
「二宮、残念ながらお前は解雇させてもらうことになった」
「えっどうしてですか?」
会社の上司に急に解雇宣告をされてしまった俺は言葉を必死に絞り出した
「急にこんなことを言われて理解できないのはわかる。しかしこの新型コロナの影響でうちの会社の業績は半分以下になってしまって人件費を払えない状況になってきているんだ。だから上司としては部下にこのようなことを伝えるのは苦しいがどうしようもできないんだ」
「はぁ。。。」
「ごめんな二宮」
「はい。。。」
こうして俺は職を失った。
コロナに影響によって業績が落ちた会社の話を聞くのは日常茶飯事で、うちの会社も影響を受けていることは知っていたが、まさか自分が解雇されるほどの影響を受けているとまでは想定していなかった。
サラリーマンとして会社の手足となって与えられた仕事だけをして何も考えずに会社に甘えていたツケなのかもしれない。
不満も葛藤はもちろんある。
だが、ここまでは仕方がないと割り切ることができた。
しかし俺の不運はこれだけでは終わらなかった
「健、私と別れてほしい」
「いまなんて?」
「別れてほしい」
付き合って来月3年目の記念日を迎える予定の彼女から急に「別れ」を切り出された
「どうして急に?俺なんかした?何か不満があれば直すよ」
「健に不満があるわけではないんだよ」
「じゃぁどうして???」
俺は彼女の真意がわからなかった
「私たちは来月で3年記念日を迎えるよね。そして私たちは今年で30歳になる。もちろん「結婚」を考える年齢になるんだけど、現実問題として健が今から就職先を探して今までと同じような給料をもらえるかどうかはわからないでしょ」
「俺頑張るよ」
薄っぺらいけどこの言葉しか言うことができなかった
「健が努力家なのはわかる。ただこのご時世で健の可能性にかけるには私たちは若くないと思っている。前から言っていたけど、私は30歳で結婚するのを目標に健と付き合ってきた。これは完全に私のわがまま。でもわかってほしい」
「そうだよね。前から君は30歳で結婚したいと言っていたからね。一つだけ聞いていいかな」
「うん」
「もし俺が先にプロポーズしていたら君はどう返事をしていた?」
「それはわからないけどOKしたんだと思う」
その言葉を聞いて自分の中で「諦め」と言う言葉がストンと落ちた。
あぁ自分の彼女との時間は終わったんだと
「そっかぁ。君の決意は固いんだよね?」
「うん」
意思を固めている彼女の決断に俺は何も言えることはなかった。
静かに目を閉じ一呼吸置き。。。
「わかった。俺たち別れよう。今までありがとう」
「こちらこそありがとう。元気だね」
こうして職を失い、その1週間後に恋人も失った。
最後に質問した「もし俺が先にプロポーズしていたら」というのは
まさにタラレバの話でここまで勇気を出してプロポーズをしなかったツケなんだと思う。
職も恋人も失った俺は電車に乗って人気のない海にきていた。
別に海じゃなくてもよかったのだけど、とにかく1人でどこか遠くに行きたくなった。
我ながら女々しいなとは思うけど、続けてこんな不運に見舞われるなんて誰が予測できるだろうか。
今の俺に何があるのだろうか。明日から何をすればいいのか、何を目標に生きていけばいいのか。
そもそも今の俺は誰からも必要とされていないから生きている意味がないのではないか。
普段考えないことまで考えていた。これはやばいなと思いながらもネガティブ思考から抜け出せなくなっていた。
このタイミングで1人で海に来たのは悪手だったのかもしれない。
自然と海に吸い込まれているような気持ちになっていた
「何しているの?」
ネガティブ思考から抜け出せずにいると後ろから声をかけられた。
振り返ってみると若い女性が立っていた
「海をみています?」
「どうして?」
「なんとなくです」
「お姉さんに話してみたらどう?」
「お姉さんって俺より年下でしょ」
「いや私は君よりもずっと年上だよ。それに女性に年齢を聞くのはタブーって知らないのかい。モテないぞ」
「。。。。」
「あれ、なんか私がタブーを言っちゃった感じ?」
女性はにやにやしていた。
早くどこかにいってくれないかなと心の中では思っていたが口に出す勇気はなかった
「いえ大丈夫です」
「それで、私に話してみる気はない?」
なんか全てが面倒になってきて、気づけばその女性にこの2週間の出来事を話していた
「なんか君は一度お祓いにいったほうがいいのかもしれないね」
女性は俺の話を聞いて可哀想なものをみるような目を向けていた。
そりゃ逆の立場だったら俺も同じ目をしていただろう。
いざ当事者になってしまうとどこかむかついてくる
「放っておいてください」
「ちなみに今年の初詣のときのおみくじはなんだった」
「大凶」
「やっぱりか。おみくじに書かれていることはちゃんと信じることをおすすめするよ。あとは日頃から神様にはよくしておくこと。たまにでいいからこの近くの神社にお参りにくるといいことがあるかもよ」
なんでこの近くの神社にお参りにこないといけないんだとは思ったがそれ以上は聞かなかった
「それで君は死にたいと思っているということでいいのかな?」
「どうだろう。でも俺はなんのために生きているのかなとは思っているし、今の自分には生きる気力も力もないような気がする」
「ふーん。そうなんだ」
そう言うと女性は海の方に歩いて行き、足を水の中に入れていた
「冷たい」
それはそうだ。なんたって今の季節は冬。冬の水中温度は5度〜10度ぐらいだと思う。冷たいのが当たり前なんだ
「君も足つけてみたら頭も冷えるかもしれないよ」
「いや、どう考えても冷たいでしょう」
「冷たいけど、そこでやってみないのは君の悪いところだね」
その言葉にイラッときた俺は靴と靴下を脱ぎ、海の中に足を入れた
「冷たい!!」
「それはそうだよ。だって今の季節は冬だよ。水が冷たいのは当たり前」
一つ一つの言葉にイラッとくるのは気のせいだろうか
そもそもなぜこの女性は平気な顔をしているのか
俺の足は秒単位で体温を奪われているのに
「もう少し深いところまでいってみようか」
そういって女性は先に進む。
きていた洋服は濡れていき腰ぐらいまでの深さまで進んだ
「危ないですよ」
「大丈夫。君もこっちにおいで」
「いやですよ。ズボンが濡れちゃうじゃないですか」
「そんなの男は気にしない。大丈夫。こっちにおいで」
その「大丈夫」と言う言葉に吸い寄せられるように俺は前に進んでいた
「めちゃくちゃ冷たいです」
「えいっ」
「うわっっ!!!」
ばしゃーん
一瞬何が起きたのかわからなかったが、女性の「えいっ」と言う言葉の後には水中の中にいた
「ぷはっ。。。何するんですか?」
「えいっ」
「ぶはっ」
女性が何を考えているのかはわからないが、女性は俺が水中から体を出すともう一度水中の中に体を押し倒す
この女性が何をしたいのか全く理解ができなかった
さらに女性は俺の頭を抑えて水中の中に押し込む
「な。。。に。。。を。。。」
俺は必死に抗った。
女性が頭を押させてくるのに対して全身の力を使い体を水中から出す。
しかし女性の力は想像以上に強くてなかなか押し返すことができない
女性は少し微笑んで
「死にたいんでしょ。生きる力も生きる気力もないのなら生きていても意味がなくない?この場で死んだ方が楽だよ」
その言葉で女性の行動の意味がわかったような気がした。
この女性は俺のことを殺そうとしているんだ
抵抗虚しく俺の身体は水中の中にあった
身体は必死に抗いながらも薄目を開けてみると、思っていた青い海とは全く違い、真っ黒だった。
その瞬間頭の中に突然「死」というのが現実を帯びたような気がして恐怖が襲ってきた。
女性の言う通り、この人生はここで終わらせる方が楽かもしれないと思ってしまった。
辛いこと、きついこと、悲しいこと。もう全部考えるがめんどくさくて、このまま死んでしまえば天国にいって楽になれるかもしれない。
そんなことを考えると身体の力が抜けていき開けていた薄目を閉じた
「ばいばい。俺の人生」
30年の人生の最後は水中の中であっけなくか。
なんか悲しいと言う感情よりも虚しいなと思っていた
本来なら明日は出社して週末には彼女とデートしてっていう日常だったのに。
どこでどう間違ったのかな。
まぁそんなこともどうでもいいや。
そうして俺の意識は暗闇の中に消えようとしていた
「よっと」
「えっ」
消えようとしていた意識の中女性の声と同時に水中の外に顔が出ていた
少し遅れて自分が息を止めていたことを思い出し空気を吸った
「ぷはっっっ!!!!!!はぁはぁはぁ。。。どうして?」
「君の手が水中から出ていたから?」
手が水中から出ていた?
自分がそんな行動をとった覚えがなく、女性の言葉に耳を疑った
「水中の中はどうだった?」
「暗かったです」
「そうでしょう。死は終わりなんだよ。 人間は「死」を美化しているところがあるけど、実際に死後の世界に行った人を聞いたことがある人はいなくて、あくまで「そうあってほしい」とい人間の願望からできている部分も多いと私は思っている。もちろん私にちゃんと御供物をしてくれたら死後の世界は明るいこと間違いなし」
「はぁ。。。」
「少なくとも君の手は生きたいと思う気持ちがあったよ。だから私は引っ張り上げた。本当に全てを諦めている人間は手を伸ばすことはしない。君は口では死にたいとか生きる気力がとか言っているけど、君の中には生きたいと思う「意志」がちゃんとあると私は思うよ」
「生きたいと思う意志」
「うん。君が伸ばした手の力が君の生きたい思う「意志」の力だ」
「生きることは命をもらった生物にとって当たり前のことなんだ。だから生きる意味なんてなくても生きていけるんだ。生きる気力も生きる力も君の心臓が動いている限りそれは当たり前のことだというのを君の身体と心は理解できている。だから君の手は伸びたんだ」
俺は自分の手をみる。
そうか。俺はまだ生きたいと思っているのか
そう考えると自分の中に「安堵」が生まれたような気がした。
安堵を実感すると先ほどの絶望的な気持ちはなくなったいた
「目に光が戻ったね。人間の人生は長くてもせいぜい100年ぐらいで、その時間の中には辛いこときついこと悲しいことはたくさんある。ただ反対に嬉しいこと幸せなこともちゃんとあることを忘れちゃダメだ。君はまだたった30年しか生きていないじゃないか。全てを諦めるには早すぎる。もしまた諦めそうになった時は自分の伸ばした手をみてみるといい」
そういって女性は陸の方に歩み出す
「結局のところあなたは誰なんですか?」
「私?私は誰でもないさ。ちゃんと仕事はしたんだから御供物を持って近くの神社までくるように」
「さっきも似たよ似たようなことをいっていたけど、近くの神社って何???」
女性はにこっとすると。俺の意識は真っ暗になった
「はぁっ!!!」
起き上がり周りを見渡す先には先ほどまで中に入っていた海が広がっていた
咄嗟に自分の衣服を確認するが、まったく濡れている様子はなかった
「夢???」
そう思い曖昧な記憶の中でふと自分の手をみる
「君が伸ばした手の力が君の生きたい思う「意志」の力だ」
そうだ。夢なんかじゃない。
全部覚えている。
先ほどまで一緒にいた女性との記憶が鮮明に頭の中に蘇る
ふと右側にある山をみると鳥居が立っているのがわかった
「近くの神社に御供物をもってくるように」
「行ってみるか」
近くのコンビニジュースとお菓子を買い漁り
神社の方に歩き出す。
神社に到着すると大きい鳥居が2本立っていた
その先には何かが祀られていた
お賽銭にお金を入れて、先ほど購入したお菓子とジュースをおいて参らせてもらった
なぜか参ったほうがいいような気がした
「おや、この神社に参拝者とは珍しい」
突然後ろから声をかけられて驚いて振り向いてみると
おじいさんが立っていた
「なんかここにきた方がいいような気がして」
「そうか。ここの神様は女性の神様と言われていて、とてもお優しい慈愛に満ちた神様といわれていたそうだ」
ふと夢に出てきた女性が頭に浮かんだが。「慈愛に満ちた」と言う言葉は違うなと思ってしまった
「他にその神様について何か言い伝えはあるんですか?」
「そうじゃな。海に身投げする人間を救っていたという言い伝えがあるが、これはあくまで言い伝えじゃがな。ははは」
そうか。あれは神様だったのか。
そのおじいさんが立ち去ると、もう一度目を瞑り参拝する
「さっきあなた失礼なことを考えたでしょ」
「やはりあなたは神様だったのですね」
「こんなに可愛いかったら神様以外ありえないでしょ」
「慈愛に満ちた神様ね。。。笑」
「あなたまた失礼なことを考えたでしょ。人間が勝手に誇張しているだけで私の本心ではないわ」
「人間は「神頼み」という言葉があるぐらい神様は偉大ですからね」
「全く、愚かな」
「まぁ俺も今日の出来事で神様を信じたくなりましたが」
「ふふふ。私が他の神と違って偉大なだけよ」
「はいはい。わかりました。神様は何かお好きなものがありますか?」
「コーラとポテチ」
「そんな休日の夜のおやつみたいなのが好きなんですか?」
「コーラとポテチを作った人間だけは私は認めているわ」
「そうなんですね。わかりました。今度はコーラとポテチを持ってきます」
「楽しみにしているわ」
「ではまた」
「頑張りなさい」
この日から月一でこの神社に参拝するようにしている。
あの不思議な体験をしてからは「死」という言葉を考えることはなかった
そして偶然なのか必然なのかはわからないが、すぐに次の仕事も決まって人間関係も良好で充実した日常を送ることができている。
まだ恋人はできていないが焦りはない。
この生きているという実感を今は大事にしている。
これから先どのようなことが起きるのかはわからない。
玄関の外に出て太陽に向かって手を伸ばす。
「今日も頑張ろう」
あなたが伸ばしたその手の力はあなたの生きたいと思う意志 Yuu @sucww
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