達磨


 はい。刑事さんに、全てお話します。

 と言っても、すべて私の見聞きしたことで、信じられないことも、いくつかあると思いますが……正直に話しますね。


 大体一か月前のことです。私は一人で、買い物に行きました。服が好きだったんですけど、友達や家族に合わせた買い物は苦手だったんです。

 最近オープンした××というブティックへ行きました。中は、普通のお店で、店員さんとかも、特別変だとは思わなかったです。


 試着室に入って、着替えようと鏡に背を向けた直後でした。誰かに後ろから掴まれた、と思ったら、ものすごい力で引っ張られました。すぐに薄暗い場所に入れられて……私の試着室が遠くなっているのを見て、鏡の場所がドアのように開け閉めできるのだと気付きました。

 体をよじって抵抗しようとしても、腕をしっかりホールドされてしまっていてほとんど動けません。叫んでみましたが、確か、あの時は私以外に客はいなかったはずです。すぐに、さるぐつわと目隠しをされて、手足を縛られてしまいました。


 台車で運ばれる感覚、車に乗せられる感覚がありました。時間は分かりませんが、ずいぶんと長い距離を走っていたと思います。何かの建物に入ってから……手の縄が切られたと思ったら、どんと強く押されて、前へ転びました。

 自由になった手で目隠しを取ってみると、そこは、三畳ほどの牢屋のような場所です。私の背よりもずっと高いところに窓があり、そこから光が入っていました。反対側は鉄製のドアで、そこは、スライス式ののぞき穴があります。ですが、内側からは開けられませんでした。


 最初の頃は、ドアを叩いたり、外へ叫んだりして、助けを求めましたが、何の反応もありません。私は疲れて、一畳分の布団に倒れました。

 それからしばらく、私はそこで過ごしました。食事は、一日三食分、ドアの下の方向から差し入れられます。トイレもシャワーも同じ部屋にありました。


 数日間、私は何で自分がこんな目に遭っているのか、全然分かりませんでした。でも、ある日、このフロアのどこかから、女性の泣き叫ぶ声が聞こえてきたんです。

 「いやだー、返してー」……声は、そんな風に言っている気がします。部屋の隅で震えながら、それを聞いていると、その声に「私の腕をー」という言葉が混じりました。……しばらくして、激しく殴られるような音がしてから、その声はやみました。


 私は、最初に来た時と同じくらい、怖くなりました。もしかして、私以外にも人がいる? その人は、腕を取られた? 訳の分からない断片的な情報でしたが、はっと思いだしたことがありました。

 「達磨」という都市伝説です。服屋の試着室から誘拐された女性が、手足を切られて、見世物にされているという怖い話。私の身に起きているのは、これと同じことなんじゃないかと。


 それを裏付けるかのように、それからまた十数日後に、別の女性の叫び声が聞こえてきました。今度は、「私の足を返して」と言っています。

 都市伝説と同じように、四肢すべてを切り落とされるということはないのでしょう。それでも恐ろしいことに変わりはありません。そして、それは絶対に、私の身にも起こることなのです。


 分かっていても、何もできないまま、とうとうその日がやってきました。ドアが開くと、屈強な男二人が入ってきました。私は、彼らの間から逃げようとしましたが、あっけなく倒されてしまいます。それだけではありません。倒れたままの私の腹部、蹴ったり殴ったりしてきました。

 胃の中身を吐いてそれは終わらず、むしろ相手が嘲笑って、回数が多く、激しくなっていきます。とうとう、抵抗する気もなくなった私を、彼らは二人掛かりで担ぐように、外へ運び出しました。


 無抵抗のまま、手術する患者の服のようなものを着せられて、ストレッチャーに仰向けで乗りました。その間、彼らは私に、「これから手足の一本を切られるが、その時は麻酔をしているので、寝ている内にすぐ終わる」と言っていました。抵抗して、またボロボロになるよりかは、そっちの方がずっとましだと、その瞬間は思ってしまったのです。

 ストレッチャーでどこかへ運ばれながら、頭上で、彼らの会話を聞いていました。今日の集会は大規模だ、大奥様だけでなく、ゲストもたくさんいる、どうしてだか分かるかと、一人が訪ねると、もう一人は分かりませんと答えました。


 「達磨が出てくるんだよ」と、尋ねた方が自信満々に答えました。もう一人が、「達磨?」と聞き返します。口には出しませんが、私も同じ気持ちでした。

 「大奥様、お気に入りの達磨はな、手足がないだけじゃない。頭もないんだ。それでも、生きている」……その説明を聞いても、信じられませんでした。相手の方も、「そんなバカな」と呟いています。もう一人は頷いて、「見る前までは、俺も同じ気持ちだった」とか言っています。


 「じゃあ、こいつは?」といきなり指さされて、自分の話になりました。「達磨」の話をした方が、「こっちはその前座だ」と言っています。どうやっても、私の手足のどこかが切られるのは確かなのでしょう。

 何か、マイクを通して司会者らしき人が喋る声が聞こえて、私はストレッチャーごと、舞台の上へ運ばれました。観客側は薄暗いながらも、たくさんの人がいるのが見えます。その一番奥は、一枚の布が天井から垂れ下がっていて、内側には、女性のシルエットが見えます。平安貴族のように姿を隠した彼女が、ここに運ばれる途中で聞いた「大奥様」なのでしょう。


 司会が『さあ、どれを切るのか、大奥様に決めてもらいましょう!』と叫びました。一番奥の布の内側に、誰かが現れて、元々いた女性のシルエットから耳打ちをされます。その誰かが観客席を横断して、今度は司会へ耳打ちしました。

 頷いた司会が、『どこを切るのは、見てのお楽しみということで、まずは麻酔をかけましょう』と言います。舞台袖から、酸素マスクを持った白衣の男が来ます。いよいよだと分かると、覚悟を決めていたはずなのに、私は急に怖くなりました。


 その時でした。この部屋の全体が、真っ暗になったのは。

 ただの停電とは思えないほどの暗さでした。私は悲鳴を上げて、観客側からもパニックの声が響きます。司会者が肉声で、「落ち着いてください!」と呼びかけていたのですが、その声も、「ギャッ」という悲鳴で途切れて、聞こえなくなりました。


 一体何が起きているのか。これまでとは全く違う恐怖で震える私の身も元で、「大丈夫だから、そこから動かないで」という声が聞こえました。聞いたことのない、お婆さんのようなしゃがれ声でした。

 それから、観客席、舞台の裏側、あちこちから、男女様々な悲鳴がしていました。私は怖かったのですが、自分を助けに来てくれたのかもと思うと、不思議と震えは止まっていました。バタンバタンと人が倒れる音も、現実味を失ったかのように空虚に響きます。


 誰の悲鳴も聞こえなくなってから……私のいるストレッチャーのすぐ真横、舞台の一番奥の幕の内側から、さっきのしゃがれ声が聞こえてきました。でも、今度のは私に話しかけたものではありません。

 「遅くなってごめんね。まさか、女だとは思わなかったから、見つけ出すのに時間が掛かっちゃった」——とても優しい声です。恋人に語り掛けるというよりも、母が泣いている子供をなだめているような、慈愛に満ちた声でした。


 しかし、話しかけらた方の返事がありません。と思うと、また、私の耳元で、しゃがれ声がしました。「もう大丈夫」と。

 パッと、不自然なくらいに、周囲が明るくなりました。上半身を起こして、周りを見てみると、私以外の人たちは、全員死んでいました。みんな、喉元にえぐられたような傷があります。そこから流れた血で、床も壁も真っ赤でした。


 衝撃的すぎて、動けませんでしたが、自分の内なるパニックが収まってから、ストレッチャーを降りて、舞台袖へ行ってみました。そこの人たちも、同じように死んでいます。私は、誰かが落とした携帯電話を拾い、そこから警察を呼びました。

 私にはここがどこだか分からないのですが、位置情報をもとに、来てくれるそうです。それまで時間が掛かるそうなので、私はこの建物を散策してみました。


 この建物の、舞台がある場所以外でも、人が喉をえぐられて死んでいるのは変わりません。でも、もしかしたらと思って、自分が閉じ込められていた部屋のあるフロアに行ってみました。

 ドアののぞき穴越しに、手足のどこかしら一本ない女性が、いる部屋を五つ見つけました。彼女たちは生きていますが、私が覗いても、ぼんやりした顔で、見つめ返すだけです。

 大丈夫よ、警察がもうすぐ来るから、と声をかけてみましたが、聴いているのかどうか、分からない顔つきは変わりません。ああ、この人たちは、心も壊されてしまったんだ、元に戻れるだろうかと、苦しい思いがしました。


 それから警察が来て、私達は保護されました。場所は、○○県の山奥の洋館で、刑事さんたちも、こんなところでこんな恐ろしいことが起きていたなんてと、驚いたでしょうね。

 あとは、刑事さんたちも知っている通りですが、一つ、私からも聞きたいことがあります。「達磨」は、あそこにありましたか?


 ……そうですか、やはり、見つからなかったのですね。私も見つけられなかったので、もしかしたら、と思っていました。

 あのしゃがれ声の人が、「達磨」を連れていってくれたのでしょう。彼女たちは、どこかで静かに暮らしている……私は、そう願っています、というよりも、そんな予感がしています。


















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嗄声と達磨 夢月七海 @yumetuki-773

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