4.ヴァリエスの使い方

「二日後に釈放……か」


 気絶するテリーラと、去っていったホワルドを交互に見ながら、SO隊員は口にする。カディ達が出て行ってしばらく経った後、隊員は町を歩いていたホワルドを見つけ、牢屋へと案内した。そこでマニュアル通りに指示を仰いだはいいが、その内容はあまりにも微妙だった。


「あの方はホワルドになって長い。その判断を信じよう」


「手柄が転がってるのに手を出すなってか」


 気絶しているテリーラに銃剣を向ける隊員。このまま眉間を撃ち抜けば……


「やめとけよ。後で私は釈放してって言いました、なんて言われたら終わりだ」


 分かってるよと残念そうに返した隊員は、つまらなさそうに武器を引っ込めた。


 隊員の一人がタバコに火を点けると、またも階段の方に目をやった。


 交代の時間かと思って見ていると、見慣れない誰かが降りてきた。


「民間の方ですか? ここは立入禁止です」


 紫色の目に、灰色の髪をした女性は、怯えた顔を隊員達に向ける。


「あ、あの……」しかし、声を発した瞬間、女性は斜め下の床へと目線を移した。


「わた私、『ダリア』そこに捕まっているテ、テテリーラを助けに来たの」


 おどおどしながらも正直に要件を話す彼女は『ダリア・ハーバーソン』 CVに所属する、もう一人の副官だ。人と話すのは苦手だが、シーベルからの信用は厚く、任務もしっかりとこなす。


「ダリア……こいつが寝言で呼んでいた名前と同じだ」


「つまり、こいつの仲間……」


 二人が銃剣を構え「動くな!」「止まれ!」とそれぞれ声を荒げる。


「寝言で正体がバレたんだけど……」ダリアはのんびりと眠るテリーラを見て、短く息を吐いた。


「そ、その人を解放してくれない? て、手荒な真似はなるべくしたくなくて」


「俺達も同じだ。大人しく捕まるなら、なにもしない」


「武器でお、おどおどかすなら、こっちにも考えがある」


 銃剣を向けられて動揺しているのかしていないのかわからないまま、ダリアはある物を取り出す。


「それは……ヴァリエス!」


 白い玉の正体に気付いた隊員が、その名を口にする。


「う、撃つなら、人質をかか解放しないなら、今すぐこの場で、ぐぐ具現するから!」


 イヴォルブはありとあらゆる物質を使い、具現する。地面や木々、水。それに鉄格子や壁、柱や扉。人間や動物以外の物を吸い寄せられ、パーツに変えられてしまう。故に、場所も物も選ばない具現は、時に多くの被害をもたらす。


 支えのなくなった家は倒壊し、削り取られた建物は簡単には直せない。


 どこでも呼び出せると言えば聞こえはいいが、町中で使えば、それだけで兵器ともなりえるのだ。


「どど、どうするの!? テリーラを解放する!? しない!?」


「舐めるなよ。俺達はSOだ。お前らの理不尽な要求に屈するつもりは……」


「コッココ交渉決裂でいいいんだね?」


「鶏と話すことはない」


 それを聞いたダリアは身をかがめると、一気に二人へと近づいた。


 急に動かれ、反応が遅れる隊員。一人が銃剣を撃ったが、弾丸はヴェリエスによって弾かれた。


「ま、マスターはハッタリ用って言ったけど……」


 一人をヴァリエスで殴り気絶させ、銃剣を奪うダリア。


「盾にも鈍器にも使えるくらい、硬いんだよねコレ」


「お前、なんて動きを……」もう一人が銃剣を向けながら言う。


「く、黒いてるてる坊主には及ばないけどね。い、一応マスターの護衛だから」


 ダリアは奪った銃を、倒れている隊員へ向けた。


「ひ、人質を解放して! じゃなきゃ街だけじゃない! この人の命もないよ!」


 あくまで自分は適合者であることを匂わせながら、ダリアは言う。


「……卑劣なCVがっ」


 町と同僚を人質に取られた隊員は、そう返すことしか出来なかった。




「平和でいい町。みんなが元気で、楽しそうに生きている……」


 町の出口から、町内を見下ろす影が一つ。二枚の羽が生えたイヴォルブの手の上で、誰かが呟いている。


「壊され、奪われることを知らない人達」


 胸に光るメダルには、白い霊魂のような玉が二つ描かれており、円を描くように並んでいる。


 ゼガン第二位。ホワルドのメダルだ。


「私の時になかったものがぁ……ここにはあるのぉ……」


 穏やかな陽気のはずなのに、まるで寒空の下に居るように震えている。


「いいなぁ……うらやましいなぁ……私も欲しかったなぁ……」


 多くのものが手にし、ありがたさを感じない、何気ない日常が、ホワルドにはまぶしく見えた。


「壊しちゃおっか。ねぇ――ウィルロア」


 ヴァリエスに覆われた手で、町を指さすホワルド。


 片翼のイヴォルブは適合者の意志に答えるように、右にある二枚の翼を羽ばたかせた。


 無数の羽が宙に舞う。支えのなくなった軽い羽は、降雪のようにゆっくりと落ちていき、その内の一つが、民家の屋根に触れる。その瞬間――それは爆発した。


 羽は次々に地面へと落ちていき、ありとあらゆる場所を爆風で焼いていく。


 目から涙を流しながら、ホワルドは笑っていた。羽の一枚一枚は、小型の爆弾だったのだ。


「逃げろ逃げろ! 逃げろ! 逃げろ!」


 燃える建物や、逃げ始めた人々を見ながら、ホワルドは同じ言葉を口にする。


 最初のあざ笑うような「逃げろ」から、心の底から避難を促す「逃げろ」へと変わっていく。


 ホワルドは笑いながらイヴォルブの中へと乗り込み、その場から飛び去っていった。


 そして真顔になったかと思うと、コクピットの隅っこにうずくまった。


「ま、また……やっちゃったよぉ……また、壊しちゃった……」


 震える声を吐き出す口は、ぐにゃりと曲がっていた。

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夜明けのカディ 蒼社長 @aosetu

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