酒と高台を探す夜

 今日は嫌なことがあった(水曜日)

午前中は講義がなかったので、YouTubeで「読書用BGM」を垂れ流して小説の続きを読んでいた。

 昼食は大学の麻婆豆腐定食を食べ、3限の講義を受講中に事件は起きた。

同じ講義を受けている同級生の女の子に

 

 「拓海くんっていつも暗いよね。人生楽しいの?」

 

と言われてしまったのだ。

僕は周囲の人間にどう見られているかは知らないが、非常に繊細でかつ豆腐メンタルなのである。この一言にかなりのショックを受け、それからの講義内容など微塵も頭に入ってこなかった。

 たしかに気軽に遊ぶ仲の良い友人が何人もいるかと言われたらそこまでいないし、ましてや恋人と出来たことがない。

「今人生楽しい?」と聞かれたら自信を持って「はい!」と答えられる勇気がないからこそ酷くショックなのである。


 講義が終わると学校を出て、1人でとぼとぼと家に帰った。

家に帰ってから火が落ちるまでは、ベッドに横になり好きな音楽を聴いて、形の崩れた豆腐が元に戻るまでひたすら目を瞑ってメンタルの回復を図る。 

 こういう日の夜は酒を飲んで散歩をするときめている。いわゆるやけ酒だ。


 日も落ち、真っ暗な街に灯りが出てきたころ、僕はようやくベッドから出た。

 財布を持って徒歩5分のところにあるコンビニに今日の夜ご飯と酒を買いに行くのだ。この時点で、彼のメンタルは回復傾向にあり、「今日はどんなお酒を飲んで歩こうかな!」「つまみは何にしようかな!」などと胸を弾ませてコンビニまで歩くのであった。


 買い出しを終え、一度家に戻り、買ってきた酒とつまみを冷蔵庫に入れていく。

 そして、気まぐれな湯加減に振り回されながらも、湯にゆったりと浸かる。体を洗い、シャワーで髪を溶かして一息つく。

 彼はお風呂が好きなのである。静かな自分1人だけの空間に滴る水の音を聴くととても落ち着くのだ。

 湯から出て全身についた水分を丁寧にタオルで拭き終えると、早速動きやすく暖かい服装に着替える。


 冷蔵庫から酒とつまみを取り出してコンビニでもらったビニール袋に入れ、イヤホンと携帯を持って外に出た。

 好きな音楽、彼が特に好きなアーティスト、「あいみょん」のメドレーを、イヤホンの外音取り込み機能をONにしてかける。

 自分から出る足音、風に揺れる草木の音、車の走行音なとま、全ての音を取り込み聴きながら目的もなくただ歩いていく。


 今日はここにしよう。

今日の晩酌の地に選んだのは高台にある駐車場だ。足元は砂利で金網フェンスが設置されていて、そのフェンスに沿ってLEDライトが並んでいる。そこから住宅街の夜景を一望でき、自分以外に、人はもちろんいない。

 砂利に腰を下ろし、ビニール袋に入っている酒とつまみを取り出す。 


 今日の夕食は、生姜焼き弁当、酒はストゼロ1缶、つまみはちくわ5本。家を出る前に生姜焼き弁当はレンジで温め済み。

 まずは生姜焼き弁当を食欲が赴くままに貪る。

 

うまい。

 

 白飯に合うおかずで最強なのはやはり、生姜焼きだと1人で大いに納得して、それに追い打ちをかけるようにストゼロを流し込んでいく。

 酔いが回ったところで、ちくわを肴に今日言われたことを思い出す。

「〜くんって人生楽しいの?」



「楽しいよ!!!」

そう口に出して何度も言う。

 今日自殺するとして遺書を書くなら、絶対に僕を傷つけた同級生の女子の名前と性格を事細かに買いてやる!とデスノートを連想させる想像をして1人で笑う。

 

 彼はそれからイヤホンで好きな音楽をひたすら聴き続け、誰もいない高台の駐車場で、独り思うがままに音楽に合わせて踊り狂うのであった。









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