雲散霧消を望む
雪村リオ
雲散霧消を望む
子守歌にも似ている、眠気を誘うような声で坂本先生が淡々と教科書を音読するだけの退屈な授業。
はやく授業が終わらないものかと左側の壁に掛けられている時計を見るが、まだ六時間目が十分程経過したばかりだ。
退屈を紛らわすために周囲の様子をうかがえば、寝ている者、ノートに落書きをして遊んでいる者、友達と駄弁っている者、机の下に隠して本を読んでいる者、お菓子をコソコソと食べている者もいる。授業を真面目に受けている者なんて一部しかいない。
自分の通う高校は偏差値が低い。だからだろうか勉学に熱心な人間が少ないから真面目な人物が少ない。中には熱心な生徒もいるだろうが、大半の生徒は見ての通りぐっすりと睡魔に負けて寝てしまっている。
教科書から目を逸らし、何気なくゆっくりと顔を左に向けて窓に目を向ければ、鮮やかな露草色に空一面が染まっていた。一色に塗り潰されたキャンパスには今にも消えてしまいそうな儚い白い線が真っ直ぐに引かれていた。長く引かれた飛行機雲は何処までも続いているようにも見える。
頭を空っぽにしてぼうっと眺めていれば、頭の中で頑固にこびりついた小さなシミのような今まで忘れていた考えが急に脳裏に浮かびあがり脳内を支配した。
稀に浮かび上がる、死にたいという希死念慮はいつ生まれたモノなのか自分自身でも判らない。
自分、海原和也という人間は多彩な才能もなく、人々を楽しませる巧みな話術もなく、聡明な知恵もなく、ましてや道化にすらなれない、すこぶる平凡な人間で、尚且つ陰鬱な性格の持ち主だと自称している。
自称している、自分で思っているだけで、他人の意見ではないがそうとしか思えないのだ。
まぁ、誰がどう思っていようが自分がどう思っていようが今まで通り何も変わらない、平凡な、変化の無い日常を繰り返すだけである。
そうだからと言って死にたいかと言われれば違うのだ。
訳の分からない希死念慮が身体中に張り巡らされた血液のようにグルグルと渦巻いて気持ちが悪く、いつの間にか持っていた希死念慮を消してしまいたいという気持ちがあった。
幾度となく願ったにもかかわらず、残り続けるそれを消してしまうために、いっそのこと実行してしまおうかと考えて自殺方法を検索したこともある。
首吊り、シアン化物中毒、農薬、薬物の過剰接取、一酸化炭素中毒、飛び降り、溺死、断食・脱水、交通機関の利用、感電死、焼身自殺、一般性の低い方法では自傷というモノもあった。
思ったより多くの自殺方法があったが、どれも本当に実行しようとする気は起きなかった。そもそも実行しようと思っても生存本能が働いて実際には死に直面してしまうと考えれば恐怖に震えてしまう。
けれど死にたいという思いは変わらず、そして実行に移してしまおうとは思わない程の薄氷のように脆い希死念慮がいまだに心の隅にべったりとこびりついて残り続けている。
誰にも見つからないようにこっそりと小さく溜息を吐く。
忘れた頃に唐突に思い出す、死にたいという思い、誰にも打ち明けられず、何処にも吐き出せずに心の内に溜め込んでしまっている。
何処から湧き出てくるのか分からない、死にたいという思い。
今までの人生、人生と言っても自分はまだまだ子供で十七年間しか生きていないのだから自信を持ってはっきりと人生と言っても良いのか疑問だが、それ以外に言葉が思い浮かばないのだから、人生と言っても良いのだろう。
人生には一切不満が無かった。
友人がいるかどうかと問われれば言い淀んでしまうが、いじめられておらず、クラスメイトの仲は一応良好だと認識している。それに比べようがないが、家族仲も良く、世間で言われている毒親や家族仲に不和を招く反抗期は妹や自分にはまったく縁が無かった。
声を大にして自分は幸福だと言い張れるだろう。
なのに、どうして死にたいと願ってしまうのだろう。
苦しいのは嫌だ、痛いのも嫌だ、死にたくない。
でも、どうしようもなく死にたいのだ。
モヤモヤとした漠然とした思いを持って、将来を見据えられないまま、なんとなく生きている。
カランと何か軽いモノが落ちた音が聞こえ、先程の考えは霧散して音のした方向を反射的に振り向いてしまう。
どうやら坂本先生が手を滑らせてチョークを落としてしまったようだった。
音読が終わり、解説に入っていく。
解釈なんて読む人によって変わってしまうし、作者の心情を問われたって解らないに決まっている。将来必要になることもないだろうに何故勉強するのか不思議だ。
騒がしい教室の中にチョークをコツコツとわざとらしく強く書きなぐる音が響き渡る。苛々している様子なのは生徒の不真面目な態度に気づいているからだろう。
シャーペンをカチカチと鳴らして、見慣れた薄水色のノートに今日の日付を入れ、坂本先生が黒板に書いたそのままの文字を写していく。時々、ピンク色のチョークを使うため、真似して赤ペンで文字を書く。見やすくてよいのだが掠れてしまい丁度インクが無くなってしまった。
不運だと思いつつシャーペンを使い、後で書き直せるように赤ペンで書き直す部分の横に薄い線を引いておく。
授業がはやく終わらないだろうか、何度も壁に掛けられている時計を見ては溜息を吐く。
坂本先生がくまといえば、実家の近くに野生動物がいて……と、授業に関係のない、つまらない話を喋り出した。
ぼんやりと教科書の文字を眺め、坂本先生の言葉を脳が意味のある言葉に変換できずに、何処か遠い国の言葉のように聞こえて教室の音に溶けていく。
澄んだ音色が学校中に響き渡る。
学校のチャイムの音だけが教室のざわめきの中で異様に鮮明に聞こえ、思わず顔を上れば時計の針が授業終了の時間を指しており授業が終わったのかとやっと理解した。
不思議な程に頭が働かないのは、暖房の効いた心地の良い室内と弁当を食べ終えた午後の授業のせいで眠くなって頭に靄が掛かったようになるのは当たり前だ。
「起立」
学級委員長の大きな掛け声とともに生徒たちが立ち上がり、一部の寝ていた生徒も席を立ち上がった音につられて目を覚まして慌てて起きて立ち上がる。
「礼」
「「「ありがとうございました」」」
「着席」
掛け声と同時に座る者もいて、グダグダとした締まりのない挨拶だった。
まるで揺り籠の中みたいな居心地の良い教室が名残惜しく、教室に残りたいと思っても、自分の義務を果たすためには出ていかなければならない。
教室の中で喋っているクラスメイト達が羨ましく妬ましい。と、思ったのも束の間、真面目な生徒、名前は確か晴香だったか春奈だったかそのような名前だった気がする。もう二月になるにもかかわらずクラスメイトの名前を憶えていない自身の残念な記憶力にショックを受けつつ、その生徒が換気のために開けた窓から冷たい風が入り込んで、クラスメイト達が寒いと言っている様子を見て思わずクスリと笑ってしまった。
廊下にある自分のロッカーから紺色のコートを取り出してすぐに着る。ボタンを閉ることはしなかった。
面倒だったのもあるが、熱が身体に残っており、別にそこまで寒いとは思わなかったからだ。
二年五組のすぐ隣には階段がある。
昼休みには様々な学年・クラスが行き交い、騒がしくてうっとうしく思うが、階を移動するには便利なのだ。
道中寒そうにしている生徒がいたが、自分は中庭の掃き掃除、外はもっと寒いだろうにこの程度なのだから心底羨ましい。誰か変わってくれないだろうかと思うが、そんなことはできずクラス内でのくじ運の悪さを恨むことしか出来ない。
せめて春や秋だったら、と思うが、移動自体大変であるし、秋には枯葉が大量に発生する時期なのだから重労働だ。
昇降口に到着して、上履きから革靴に履き替える。
靴下からじんわりと冷たい床の温度が伝わってくる。
急いで革靴を履くが、長時間寒い場所で放置されていた革靴は当然冷たかった。
中庭は昇降口のすぐ近くで、先生すらも未だ来ていない。
竹箒を取り出して、早速掃いていく。枯葉が少しある程度で、毎回掃除する意味があるだろうかと疑問に思う。
いまだに誰もやってこない。
あまりの寒さに外に出るのを躊躇っているのだろうか? それとも友人とお喋りをしているのだろうか?
指先は流石に赤くなっていないが、指先の感覚が少し衰えて竹箒の感触が鈍くなっている。
奇妙なことに時間の流れが流れるのが遅く感じられる。
掃除の時間にいつも流れている名前の知らない軽快な音楽が鳴り続けている。
窓ガラスから廊下を掃除している人たちが見え、時間はそんなに経っていないようで掃除は進んでいないようだ。
昇降口から見慣れた数人がやっと来た。
恐らく自分がはやく来てしまっただけであって、クラスメイト達を遅いと非難を浴びせられる立場ではないだろう。授業を終えたら喋らずに即座に移動すればよいのではないかと思ったが、口には出せない。
そもそも、教室掃除のような忙しい掃除場ではないのだ。秋以外は気温が敵であって、何もしなくてもよいのだろう。自分も無意味に教室に残って暖を取ればよかったと今更ながらに後悔する。
秋頃に落ちきらなかった枯葉が数枚、数えられる程度の少量が落ちているだけで既に自分が落ち葉を集めきってしまい仕事は無く、クラスメイトは竹箒さえも持たずに立ってお喋りをしていた。どんな内容かは解らない、解っていても話の輪に入ろうとは思わないので構わないが。
目に見える範囲では既に落ち葉は拾い終えている。そしてゴミ袋に入れて掃除を終わらしたが、他にやることが無いので竹箒を無意味に動かし続けていた。
「信原先生が掃除する所がないから帰っていいよだって、だからさっさと片付けてね」
いつの間にか背後に先生がいたらしく、自分の注意不足を恥じて頬が赤くなる。
「はい……」
小さく返事をして小走りで竹箒を片付けた。
「「「お疲れ様でした」」」
既に整列をしていた列の一番後ろに急いで並ぶ。
「「「お疲れ様でした」」」
皆毎回帰りは喋らずに早々に帰っていく。
きっと、寒いから早めに温かい教室に戻りたいのだろう。
校舎に入れば暖房はもちろん効いていないのだが風が無い分暖かく感じる。
校舎内ではいまだに掃除が終わっていないらしく騒いで掃除をしている。
寒さが緩和されたおかげか、前を歩いていたクラスメイトが喋り始めて失速していきついに抜かしてしまう。
気にせずに教室に戻ると、まだ換気をしていて窓は全開になっている。
風が吹いて寒いが房はつけっぱなしで外よりは暖かい。
丁度裏に運んだ机を運ぶ最中で机を持ち上げて元の位置に戻して椅子を机から降ろす。
たまに重い机があり何を詰め込んでいるのだと文句を言いたくなる。
人数が多いからかチャイムが鳴るよりもはやく終わり、席に着いた途端に聞きなれた甲高いチャイムが鳴った。
話す人もいない自分は居心地の悪さを隠すかのように机にうつ伏せになって空いた時間をやり過ごす。
人の話す声がなくなってから顔を上げれば丁度全員着席を完了させており、担任教師の河野先生が話をしている最中だった。どうやら今日は皆集まるのがはやかったようだ。
河野先生の話を要約すると、今日は何事もなく過ごせたということと月曜の体育は無くなって代わりに理科の授業になるということだった。
忘れないように学校で配布された手帳の空白部分に書いておく。
回収されたスマホも手元に戻り、袋から取り出してスマホをよく見た。同じ列の人のスマホと一緒に入れているので稀に画面が割れてしまったという人が出てくるからだ。
スマホに傷がないことを確認するとホッとして胸を撫でおろした。
「起立」
「礼」
「「「さようなら」」」
代わり映えのない挨拶をする学級委員長の号令で今日の学校は終了する。
スマホを制服の右ポケットに入れ、喋っている生徒がいる中、帰宅部である自分は学校に残る用事は無くリュックサックを背負って早急に教室から出て昇降口に向かった。
冷たい風が吹いている。頬を愛撫するような優しい感触ではなく、殴りつけられるような強い風だ。
風の影響でマスクの位置がずれたので直した。マスクをするのは面倒だが、顔を隠せるし、冬場はあったかいからこの時ばかりはマスクに感謝した。
家の最寄り駅への電車は一時間に二本、時間帯によっては一本しかなく、ちょうど駅にたどり着く頃には電車が少し前に行った後で、長い間待たなくてはいけないので夏と冬は地獄だ。
教室で待っていた方がよかったかもしれないと後悔しつつも、何の用もないのに教室に残っていても居心地が悪いだけだろう。
左手をポケットに入れ、もう片方の手でスマホ持ち、ワイヤレイヤホンを装着して動画を視聴した。別に面白くもない。暇を潰すためだけだから。
どれも似たような話ばかりで工夫を感じられない。独創的な動画もあるがマニア向けのようなモノで見る気になれない。
動画を一つ見終わり、次の動画を見ようとした所で電車が大きな音を立てて止まって目の前の扉が開く。
周囲を見回せば席は疎らに開いていて混雑していない。学生が多いが静かで皆一様に俯いてスマホを見ていた。
ちょうど扉の隣が空いていたが、毎回駅に止まる度に出入りを繰り返すため騒がしくなるので四人分程扉から離れている席に腰を下ろしてリュックサックを膝に抱えた。再び動画を見ようとたものの飽きてワイヤレスイヤホンをしまいSNSを巡った。
他人の日記を覗き込んでいるようで背徳感があるが、それ以上に莫迦らしさと何で人生をこんなにも楽しめるのかと幸せにあふれる写真を見て、どうして自分は幸福を感じられないのにと、写真からでも伝わる幸せそうな見知らぬ他人に嫉妬してしまい、自分がより一層惨めに感じてしまう。
SNSを見ているのも嫌になり目の前の窓の景色をぼんやり眺めようと思ったが、目の前に頭頂部の薄くなった横幅の大きい中年男性が座っており顔を上げにくく、俯いて目的の駅のアナウンスが流れるまで電車に揺られ、はやく時間が経たってほしいと願ってじっと薄茶色の床を見続けた。
何度か駅を通り抜け、電車が目的地の駅に辿り着く。
白い電灯がぼんやりと駅を明るく照らすが辺りは既に日が沈み暗くなっていた。
マスクを外して白い息を吐く、頬に当たる風は冷たいが微弱な風で、学校を出た時のような強風ではなかった。
電灯の明かりが点々と自分の行く道を照らす。
ポツンと道中にある自動販売機には蜘蛛の巣が張り付き、蛾が一匹明かりに吸い寄せられている。
人気のない道は恐怖心を煽るには十分だったが、自分は慣れてしまい僅かに孤独を覚える程度であった。
自分の足音が自分の後ろをついているようだ。
いつものことながら不気味に思い手に力が入る。
歩く速度が徐々にはやまる。
家の柔らかな明かりが自分を包み込み、疲れた自分の身体を癒やしていく。
家に辿り着くと「ただいま」と言いながら、扉を開けて自室に戻る。
ギィィィと甲高い音とともに眩しい明りが出迎えてくれる。
「おかえり」と微かに聞こえ、母だろうか、妹だろうかと一瞬考えたが、どちらでも構わない。
自室に荷物を置き、机に向かって今日の課題を終わらせていく。
今週中ならいつでも良いが、こういうモノは早めに終わらせておいた方が良いだろうから。
ふんわりと風に乗って漂ってくる夕飯の匂いに、今日の夕飯は揚げ物あたりだろうかと予想しつつシャーペンを動かしていく。時々、理解できない問題があると手を止め、スマホで検索して調べ三十分くらい経てば課題が終わった。
時間が余って何をすればよいか判らなくなる。
趣味を持てばよいのだが何をして良いかわからず、ベッドに寝転がり時間を潰す。
「お兄ちゃん夕飯できたよー」
明るい小学生の妹の声に呼ばれて下に降りていく。
白いダイニングテーブルには既に家族三人が座っていて、定位置である妹の隣に腰を下ろし、母と対面する。
「「「いただきます」」」
手を合わせて一斉に言う。
どうして挨拶が必要なのだろうと毎回疑問に思うが、家族に合わせて言ってしまうのだ。一人だけ言わなければ家族の輪から弾かれてしまうかもしれないという恐怖心が口を操っているだけなのだろうが。
夕飯の匂いが鼻腔を刺激し食欲を刺激する。
今日はトンカツで、添え物としてキャベツが山盛りのっている。お味噌汁は定番のわかめと豆腐、白米は艶がありなんとも美味しそうな夕飯であった。
パクリと口に放り込む。
外側にあるさっくりとした衣に、肉汁溢れる柔らかい肉、ソースの絡まった出来立てのトンカツは美味しいはずだった。だが、口に入れた途端『どうして食べ物を食べなければいけないのか?』そういった疑問が頭に浮かんだ。
生きていくために食べなければいけないのは解っている。だが、頭で理解できているのに身体が拒絶する。
先程まで美味しいと感じていた一切れのトンカツの味が徐々に消えていく気がした。そう、気がしたのだ。味はしっかりとある。感じられる。だが、何故か食べ物を食べている自分と今思考している自分が別の存在に思えてならなくなり、解離してしまった意識が戻らず、ただひたすら生きていく栄養を取り込むためだけに必死に夕飯を口に詰め込んでいった。
「ごちそうさま」
家族の誰よりもはやくに食べ終わり、手を合わせて食器を流し台に置いて速足で階段を駆け上がってベッドに寝転がった。
突如眠気を襲い、瞼が重くなったが気力を絞って歯を磨いてトイレに向かい、ベッドに潜り込んだ。
変わらぬ明日を迎えるために、ゆっくりと瞼を閉じた。
チュンチュンチュンと鳥の鳴き声に起こされて瞼を開ける。
スマホの時計を見れば、十時になっていた。別に遅く起きたとしても土曜日だからどうでもいいのだが。カーテンを開ければ空に灰色の膜が覆い何かが降って来ていた。よく見れば小さな小指の爪にも満たない可愛らしい大きさの白い雪だった。
チラホラと小さい、目視できるかもあやふやな程の雪が無数に降ってきては、アスファルトに落ちてスーッと消えていく。
羨ましい。
不思議なことに出てきたのは落ちてはすぐに消えていく雪が心底羨ましいという思いだった。
自身の心の隅にひっそりと存在している、死にたいという思いと、雪が消えていく様子の、羨ましいという思いを重ね合わせれば、今までの疑問が氷解した。
自分は死にたいのではなく、消えてしまいたいのだと。
自分の身体がホロホロと砂のようになって崩れて風に乗って塵になれたのなら、水に入って溶けてしまえたのなら、身体が徐々に透けていってそのまま空気に呑まれてしまえたのなら、どんどん風船のように膨らんでぱちんと弾けていなくなれたら、息をしている間に突然消えてしまえたら、そうして存在すらも消えてしまえたらと様々な思いが脳を巡った。
死にたいが消えたいに変わったとしても何も変化はないだろう。
嗚呼、でも……。
この先どうなるか分からない。もしかしたら死にたいが消えたいに変わったように生きたいに変わって、人生を謳歌出来るようになるかもしれない。もしかしたら同じ悩みを抱えている人が見つかるかもしれない。希望的観測を抱いたら心なしか軽くなった気がした。具体的に何が軽くなったと問われれば答えられずに戸惑うだけだろう。でも軽くなったとしか言いようがないのだ。
身体を伸ばして自室を出ていく。
きっと、自分の表情は明るくなっていることだろう。
雲散霧消を望む 雪村リオ @himarayayukinosita
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