異世界転生・希望インタビュー

火星車ひぐるまハルト君。空いている席に座ってちょうだい」


 そう促した担任教師の鬼塚冴子は、鋭い眼差しと整った顔立ちを持つ女性だ。黒のスーツをきっちりと着こなし、髪は肩にかからない長さに切りそろえられている。彼女の背後の大型モニターには「異世界転生・希望インタビュー」と書かれたタイトルが表示されていた。


「はい、よろしくお願いします……」


 ハルトは少し緊張しながらも、教室の後方にある空席に向かう。その途中、周囲の生徒たちの視線が彼を追う。ざわざわとした小声のささやきが耳に入る。


「特待生だってさ……」 「こんな時期に?」 「顔はまあまあだけど、カリスマ?みたいなものは感じないね~」


 微妙な噂話が耳に届くたびに、ハルトは居心地の悪さを感じていた。やる気のない態度を隠しきれず、肩を落とした姿は特待生とはほど遠い。


 教室は一見すると古びた雰囲気がある。壁の一部には塗装の剥がれが目立ち、天井には使われていない照明器具がそのまま残されている。それでも、大型モニターや各席に備え付けられた最新式のコンピュータ端末が、妙にアンバランスな雰囲気を漂わせていた。

 ちなみに今いる教室は東京ではなく、さいたま市郊外にある東京I.S.E.K.A.I.転生専門学院・埼玉分校の一角である。


 席に着いた途端、隣の生徒が声をかけてきた。


「ねえ、君が特待生の火星車ひぐるま君? わたし、長住ながすみみひろっていうの! よろしくね!」


 声の主は、赤みがかった茶色の髪をツインテールにまとめた女の子だ。瞳はきらきらと輝き、その瞳の奥に燃えるような情熱が宿っている。机の横に下げてあるカバンにはアニメキャラクターのキーホルダーがぶら下がり、机の上にはカラフルなペンとメモ用ノートがひろげられている。

 ハルトが返事をする間もなく、彼女は早口で話を続けた。


「ハルト君、異世界でどんなことしたいの? わたしはね、戦国時代に転生して、城主になりたいの! それで自分だけの軍を作って、歴史に名を刻むのが夢なの! あ、あと忍者も雇いたいな~!」


 みひろの瞳がさらに輝き、手を空中で振りながら熱弁を振るう。ハルトは、彼女の勢いに圧倒されながらも、素直に興味を引かれた。


「戦国時代って……異世界っていうよりリアルの過去じゃないのか?」


「それがロマンなんだよ! 普通の異世界じゃなくて、ちょっと現実に近いところに行きたいの。現代知識を使って最強になるのって、ワクワクしない?」


 みひろの笑顔には、純粋な好奇心と情熱が満ちていた。それは見ているだけで少し元気をもらえるような、不思議な魅力を持っていた。


「まあ、特待生だとかなんだとか言っても、現実は違うわよね」


 冷ややかな声がハルトの背後から飛んできた。振り返ると、つややかな黒髪を背中まで垂らした美少女が腕を組んで立っている。彼女の名前は藤原美玲。清楚な佇まいと、高貴なオーラが一目でわかる。だがその表情は険悪だった。


「私の家も特待生推薦に協力しているけれど、あなただけは例外的なケースでしょうね」


「えっと……どういう意味?」


 ハルトが思わず聞き返すと、美玲は小さくため息をついた。


「つまり、あなたがこの学校に来たのは、実力よりも運のようなものだと言いたいの。特待生なんて名ばかりで、実際は凡人と変わらない……そうじゃないの?」


 その冷たい物言いに、ハルトは反論しようとするが、言葉が出てこない。事実、彼は大学受験に失敗しているし、特待生としての実感もない。ただ招待されるがままにこの学園に来たのだ。


「まあいいわ。これから異世界シミュレータでの実習が始まれば、結果が出るでしょう。そこで真価を見せられなければ、本当にただの落ちこぼれね」


 美玲の攻撃的な言葉に、ハルトはますます居心地が悪くなる。

 その様子を見て、みひろが間に割って入る。


「まあまあ、美玲ちゃんってばキツすぎ! ハルトくんだってこれから頑張るかもしれないじゃん」


「期待するだけ無駄だと思うけど」


 美玲は鼻を鳴らして席に戻った。


「……なんだよ、あの人」


 ハルトが小声で呟くと、みひろがにっこり笑って耳打ちしてくる。


「お嬢様だから、プライドが高いのよ。気にしない気にしない!」


 教室の一角では、銀髪の少女が窓辺の席で静かに着席していた。彼女は御船月奈。教室の喧騒からは少し離れた席で、他の生徒たちと関わる様子もなく、ただ窓の外を見ている。


「異世界シミュレータね……」


 彼女は独り言のように呟いた。その声は小さすぎて誰にも聞こえなかったが、確かにその目には、他の誰よりも深い思索が浮かんでいた。


「さて、それじゃあこれから『希望異世界インタビュー』を始めます!」


 鬼塚が教壇に立ち、大型モニターの前で手を叩いて注意を引くと、教室内が静まり返る。


「本校では、目指すべき異世界像を明確にすることが重要です。そこで今日は、『自分が行きたい異世界』について簡単に話してもらいます」


 教室の空気が一変する。みひろが勢いよく手を挙げ、真っ先に発表する。


「戦国風の異世界で天下統一! 火縄銃と現代知識で完全勝利!」


 次に美玲が立ち上がる。


「礼節ある貴族社会で、責任ある立場を全うしたいわ」


 他のクラスメイトたちも次々と発言していく。


「えっと、俺の希望は、やっぱり剣と魔法のファンタジー世界っすね! 強い剣士になって、悪の魔王を倒したいです!」

 快活そうな男子が拳を突き上げながら、はっきりと言い切った。


「僕はね、魔法よりも、スチームパンクみたいな世界がいいな。巨大な蒸気機関で動く都市とか、自作のロボットを操縦してみたい!」

 メガネをかけた男子が端末をいじりながら興奮気味に語る。


「現代文明が崩壊して、サバイバルを余儀なくされる世界がいいな。放射能汚染とか、ゾンビとか、荒廃した都市で物資を集めながら生き抜くのがロマンだろ?」

 痩身の男子がニヤリと笑い、教室中から若干引いた視線を受ける。


「わたしは、動物だけの楽園がいいなぁ。争いなんてなくて、可愛い動物たちと一緒に穏やかに暮らしたいです!」

 クラスの隅に座る、ぽわっとした雰囲気の少女が夢見るように呟いた。


「俺は、異世界グルメを食べ尽くしたいね。ドラゴン肉のステーキとか、マンドラゴラのジュースとか、想像するだけでヨダレが出る!」

 体格の良い男子が、想像するだけで幸せそうな顔を見せた。


「宇宙探索ができる異世界とかいいよな! 未知の惑星を発見して、エイリアンとかと交渉してみたい!」

 熱血そうな男子が身振り手振りを交えながら語る。


 次々と発表される希望に、ハルトは少し圧倒されながらも、妙に居心地の良さを感じていた。


 月奈るなは何も言わず黙っていた。鬼塚に促されたが、彼女はあっさりと一言。


「……特にない」


 一瞬の沈黙の後、クラスメイトたちがざわつく。しかし、月奈は周囲の反応をまったく気にせず、ただ窓の外を見つめていた。


(オレ以外にも異世界転生に現実感を持てない生徒もいるんだな……)

 

 ハルトの番になる。


「……俺も正直、どんな異世界に行きたいかなんて考えたことないです」


 言った瞬間、クラス全体が静まり返る。


「ええっ、マジで? 特待生なのに?」


みひろが真顔で突っ込みを入れる。


「やっぱり期待外れだったようね」


美玲は呆れたようにため息をついた。





ホームルームが終わり、クラスが解散するとき、御船月奈みふねるながふと立ち止まり、ハルトを見た。


「……あなたがこの学院で何を見出すのか……期待してるわ。火星車ひぐるま君」


それだけを言うと、彼女は何事もなかったように去っていった。謎めいた言葉とミステリアスな態度に、ハルトは言葉を失い、ただその背中を見送ることしかできなかった。

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2024年12月12日 21:00

東京I.S.E.K.A.I.転生専門学院 明丸 丹一 @sakusaku3kaku

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