ファーストコンタクト
「さて、いきなりですまないが、まずは彼女に会ってもらう。その際、少し恐ろしい思いをする事になるかもしれないが、君がどのようなリアクションをしても彼女は気にしない、と言っておこう」
「どういう意味ですか?」
「すぐにわかる。さあ、こちらへ」
シモンさんに促されて、僕は開かれた扉の中に入った。
そこもまた白一色の部屋だった。
眼の前には、椅子が一つ。これも白い。しかしこの空間の中で立体感を持っているものはこの椅子だけなので、異質な存在感を放っている。
「椅子に座って」
一体何が始まるというのか……。
女の子と話すだけと言っていたのに、その女の子はいない……。
疑問が浮かんでくるばかりだが、とりあえず言われた通りにした。
「少年を連れてきた。コックピットと繋いでくれ」
白い壁に向かって、シモンさんがそう言った。
すると壁の白さが消えて、透明になった。
壁は壁ではなくモニターとか、スクリーンとか、そういうものだったのか……と少しばかり感心というか驚いていると、隣でAさんが呟いた。
「お待ちかねのファーストコンタクトだ」
それはとても愉快そうな声色だった。
僕としてはこれから起こることにかなりの不安を感じずにはいられなかったのだけれど、そんな僕の感情なんて置き去りにして、彼女の姿がそこに現れた。
「――」
一言で言い表すと、彼女は鬼だった。
額から飛び出している二本の長い角。
青色の肌。衣服は最低限というか、ダイビングの際に着用するウェットスーツみたいな、如何にもロボットを操縦する人物が身に付けている感じのもの。
髪の毛は淡い碧のような、見たこともない不思議な色合い。
目は黒く、体は華奢。手はそれぞれが左右に伸ばされ、上腕の部分まですっぽりと機械的な鈍色の筒の中に収まっている。両足は二本まとめて一本の筒の中にすっぽりと収まっている。
ふと連想されたのは、歴史の授業で習った、十字架に貼り付けにされた聖職者の姿。
そして同時にこうも思った。まるで捕らえられた宇宙人みたいだな、と。
「驚くのは終わった?」
落ち着いた声が彼女のものだと認識出来るまで、数秒は必要だった。
僕は慌てて頷いて、それから、姿を見て驚くなんて失礼じゃないか。今のは頷くべきじゃなかった。と自省した。
僕の心の波が落ち着いたところを見計らってか、彼女が再び口を開いた。
「はじめまして。私の名前はイヴ」
イヴ。
それが彼女の名前。
「あなたのお名前は?」
問われ、半ば反射的に応えた。
「僕の名前は、有馬春信です」
「アリマハルノブ……。よろしくね、ハルノブ」
さらっと下の名前で呼ばれた。コミュニケーション能力は高そうだ。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
僕は頭を下げて一礼した。
自分でも驚くくらいスムーズな自己紹介だった。
変な汗が噴き出すくらいの緊張と、巨大ロボットと女の子の姿に大きなショックを受けていたからなのか……逆に日常に染み付いたフレーズが自然と口から出てきたのだろう。僕は自分の国の礼節教育に深く感謝した。
そんな風に自分を俯瞰していると、イヴが口を開いた。
「ハルノブ、良かったら、こっちに近づいてくれないかしら?」
「え?」
どうすればいいかわからず、僕は背後の二人に目をやった。
彼らの内の一人、シモンさんが頷いた。
近づけ。ということなのだろう。
僕は恐る恐る立ち上がり、そろりそろりと大きなモニターに歩み寄った。
「手を伸ばして。角に触れて」
これはモニターで、イヴはここにはいない。
僕の指先はただモニターの表面を撫でるだけ……のはず……。
果たしてこの行為にどんな意味があるのか?
考えながら、ゆっくりと、僕は手を伸ばした。
指先が震えていた。
何を恐れているのだろうか、僕は。
人を見た目で判断するなと両親からよく言われる。グローバル化が進んで、そのうち国境とか国という概念すらもなくなりそうな未来が近いところにある昨今の世の中で、人種とか性別とかで揉めるのは馬鹿らしいという風潮が流れているのは当たり前で、もちろん僕だって両親に言われずとも差別も区別も日常の中ではしていなくて、海外からの留学生とも昔ながらの兄弟みたいに接することが出来ている。
なのに、そんな僕がたかが肌の色が違って角が生えていて機械に繋がっているだけの女の子に恐怖感を抱いているだなんて、おかしな話なわけであって。
だから僕は意を決して――意を決するというと覚悟を決めているみたいで――覚悟を決めるだなんて失礼だよなぁと思って――だから敢えてフラットな感情があるように自分に言い聞かせて――伸ばした指先でモニターに触れた瞬間、
「ガオオオオオオオオオオオーッ!!!」
イヴが白い歯を剥き出しにして叫んだから、
「うわぁっ!?」
僕はまるで衝撃波を喰らったみたいにみっともなく後ろに倒れ込み、非常に堅い床で強かに尻餅をついた。
今の今まで伸ばしていた指先は握り拳を作った親指に押さえられていて、自分でも聞いたことのないレベルで速く心臓が鼓動を打って、頭がありえないくらいに真っ白になって、まさしく茫然自失となって、数瞬後に、
「アッハッハッハッ!」
イヴの大きな笑い声と、背後からのため息と忍び笑いがしたから、僕は理解した。
一杯食わされたということを。
「驚かせちゃってごめんなさい、ハルノブ。謝罪するわ。でも、これまでで一番良いリアクションだったわ。最高よ、あなた」
「それは……どうも……」
僕はこの時どういう顔をしていたのか。
自分で自分を見ることは出来ないのでわからない。
けれどイヴの反応を見る限り、かなり素敵な表情を浮かべていたのではないだろうか。
恐れや不安が吹き飛び、案外お茶目なんだなと、ちょっとばかりイヴへの親近感を抱いていたような――いや、そうやって思い出を美化するのはやめよう。
僕はとても嫌そうな顔をしていたはずだ。
……なんだこれは。
……勘弁してくれ。
……帰りたい。
笑っているイヴとは正反対の、いい加減にしてくれよぉ……って情けない言葉が口から洩れ出そうになるくらいに狼狽していたところが表に出ていたはずだ。
正反対の二人。
僕たちの出会いはそういう――恋愛映画の設定でよくある感じのもので、劇的なラストを予想させる——ものだった……ということにしておこう。そうでもしておかないと、やっていけない気がしたのだ。この時は。
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