トークセッション

 翌日からイヴとのお話し会(大人たちが言うところのトークセッションとやら)が始まった。

 まずは僕が簡単な自己紹介をした。

 一度名乗ったけど、改めてもう一度、名前を教えて、それから年齢。通っている中学校。とりあえずはそんな程度。

 それから彼女が自己紹介をしてくれた。


「改めまして、私の名前はイヴ」


「年齢はあってないようなものだから言わないわ」


「身長、体重は秘密。女の子はそういうのを隠す方が慎みがあると思われていいんでしょう?」


「所属はここ。ここは施設って呼ばれてるわ。地球防衛軍みたいなわかりやすい名前じゃなくてがっかりした? してない? そう。子供なのにしっかりしているわね」


「組織での役職は、あなたが廊下で見た戦闘用巨大人型ロボット、ゴーレムのパイロット」


「ゴーレムって名前は正直どうかと思うのよね。古臭いっていうか。まあ見た目あんなのだし、合ってるといえば合ってる気がしないでもないけど」


「見ての通り、私は地球人類ではないわ」


「でも、見ての通り、地球人類とは近い存在でもあるの」


「私は十年とちょっとくらい前に地球にやってきた、地球を侵略して植民地化しようと目論んでいたっぽい地球外知的生命体の死体から取り出された遺伝子と、地球人類の遺伝子とを結合させて生み出された存在」


「いわば地球外知的生命体と地球人類とのハーフ……今の世の中ではハーフは差別用語と言われる場合もあるから、ダブルとかミックスって言った方がいいのかしら? まあとにかくそういう存在ね」


「私の使命は、この巨大ロボットを使って戦う事。私のベースとなった地球外知的生命体の地球侵略を防ぐ事」


「実はこれまで何度も敵は攻めて来ていて、地球は何度も私たちの手によって救われてるわけだけど、別に感謝はしなくていいわ」


「私はまだ地球を救っていないから」


「あ、そうそう。もうちょっとしたら敵が来ると予想されているわ」


「敵もね、巨大ロボットに乗っているの。こっちのよりもかなり大きい場合が多いわね。まあこっちのはコンパクトだけどこれまで勝利している事から鑑みても戦闘能力面では敵を大きく上回っているみたい」


「勝率は大体八〇パーセントくらいと毎回予想されているわ。でもこれまで毎回勝っているし、私も勝てると思う。余裕ってわけにはいかないかもしれないけどね」


「ちなみにこんなにも簡単に色々と話すのは、ここで見聞きした全ての記憶を、あなたが最終的に失うからよ」


「ここに来る際にトンネルと呼ばれる空間を通ったでしょう? あそこには忘却の魔法が掛けられていてね、帰りの出口でそれが発動して、ここでの記憶を忘れる事になるの。だから、あなたには何を話しても大丈夫というわけ」


「それにしても、魔法と聞くとそんな顔になるなんて……ロボットと魔法の組み合わせってそんなにアンバランスに感じるものなの? ゴーレムはこの地球に住む全ての者達の英知の結晶なのだから、科学と魔術が組み合わさっていても不思議ではないでしょう? 科学も魔法もそんなに違いわないわよ。行き着く先は同じ。アプローチの仕方が違うだけ」


「まあとにかく……そんなわけだから、私が地球を救ったらその時は思いっきり褒めて頂戴ね」


 イヴはそう言ってはにかんだ。

 僕は情報量の多さに混乱しながらも曖昧に笑い返した。

 地球外知的生命体……いわゆる宇宙人……イブはそれと人間とを掛け合わせて生み出された存在……。

 で、その宇宙人は地球を侵略しようとしている……。

 イブはその宇宙人と戦う……それも、近いうちに……。

 ロボットと魔法の組み合わせは気になるけど……気にしても仕方がないか……。

 というか、勝率八〇パーセントって……これロボットものの戦略シミュレーションゲームだったら信用出来ない確率だよなぁ……。

 どうやら地球はやばい状況らしい。

 僕はなんというかとても漠然としてモヤモヤとして掴みどころのない不安を強く感じた。


「怖い?」


「ちょっと……いや、かなり怖い気がする」


 強がろうとして、そんなことに意味なんてないよなぁと思って、やめて、素直に不安を吐露した。


「それは何故?」


「何故?」


「あなたはどういうシーンを想像して恐怖を感じているの?」


 漠然とした不安。それを具体化的に考えてみる。


「そうだなぁ……やっぱり、地球が侵略されるっていうのが怖いのかなぁ。僕の住んでる街とかがその敵のビームで吹っ飛ばされるところを想像しちゃって、怖いというか……何というか……」


「敵はビームなんて使わないわ。質量に物を言わせて殴る蹴るって感じの至極物理的な攻撃手段を用いるの。ハルノブはアニメの見過ぎよ」


「殴る蹴るでも街は壊れるよ」


「敵の最終的な目的は地球の植民地化だから、市街地は安全だと推測されているわ。軍事施設は間違いなく破壊されるけどね」


「それ安全って言わなくない?」


「ちょっと待ちなさい……うん。今確認したところによると、あなたの街に軍事施設は無いわ。だからあなたは高い確率で生き残れる。身の安全は保障されているわよ」


「そう聞くと、今度は侵略された後を想像して不安になるよ……自分の生活が変わってしまうのが怖いっていうか……奴隷にされるかも……」


「あなたが想像している奴隷というのは、前時代的な死ぬまで働かされる類のものでしょう?そこまで酷い事にはならないと思うけどね。ともすると、侵略された結果、齎される技術で生活が劇的に変化し、あなたの想像とは全く異なる良い方向にいく可能性もあるかもしれないわよ?」


「良い方向? そうかなぁ……?」


 僕は今の生活に満足している。

 大人たちも特に不満はなさそうである。不景気だとか政治がよくないとか聞いたことがない。国は平和で、日常は温かい。これは幸せと表現するべきものだ。

 だから侵略者の手によってこれ以上何かが良くなるところをこれっぽっちも想像出来ない。


「そもそも、私は敵について何も語っていないわ。あなたは何も知らない。それなのに、何となく悪い方向に変わると考えてしまっているわね」


「……そうだね」


 確かに。

 侵略とか、攻められているとか。そういう単語の響きから勝手に敵は暴力的なやばいやつだと想像しているが……いや待てよ。そもそもとして話し合いなどではなくそういう力にものを言わせる手段に訴えていることから考えると、やっぱりやばいやつらだと思わざるを得ない。

 僕は反論した。


「でも、イヴが戦っているということは、その敵が地球を侵略すると良くないことになるからだよね?」


「意思決定をする人達はそう考えているみたいね」


「イヴはどう考えてるの?」


「別に何も」


「何も考えてないの?」


「私は兵士だから」


「……」


「優秀な兵士は何も考えない。ただ命じられた事をこなす。それだけ」


「イヴは命令だから戦っているの?」


「私は地球外知的生命体と戦う為に造られたからね」


 そこにどういった感情があるのか。

 あまりにも乾いた口調にゾッとした……なんてことはなくて。

 さっきまでと変わらない声のトーンが、イヴの人生を想像させたというか。

 僕はここで戦う為に造られたという彼女の身の上を悲しみ、慰めの言葉をかけてあげないといけないという義務感に駆られたのだけども。

 果たして単なる衝動に任せて感情的に振る舞っていいものかどうかわからなくて。

 僕は「そうなんだ」と頷いただけだった。

 イブは「そうなの」と言った。


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