第5話冷静な策略
アルフレッドが「完全記憶能力」を堂々と披露し、ヘヴンたちと軽口を交わした運動場の空気は、彼が新しい仲間として受け入れられるムードに包まれていた。しかし、その様子をカメラ越しに見ていたオリヴァー博士は、彼に奇妙な違和感を抱いていた。
翌日、オリヴァーはアルフレッドを実験室に呼び出す。
アルフレッドが独房から連れ出されると、研究所の廊下で新たな人物に出会った。それは、まるで貴族のような端正な顔立ちをした中年男性だった。彼のスーツは完璧に仕立てられており、その背筋はピンと伸びている。
「初めまして、アルフレッド君」
彼は柔らかな笑みを浮かべながら手を差し出した。
「私はオリヴァー・フルスタイン。この研究所の主任だ」
その言葉を聞いた瞬間、アルフレッドは心の中で警戒を強めた。この男こそ、資料に記されていた「マッドサイエンティスト」だ。
「お会いできて光栄です、フルスタイン博士」
「昨夜、君の記録を確認してみたよ。興味深いね、特に君の能力について」
オリヴァーは机に並べた資料を手に取り、無表情のままアルフレッドを観察する。
「私の能力に関心を持っていただけたのなら光栄です」
アルフレッドは微笑を浮かべながら、慎重に言葉を選ぶ。
「君が言う『完全記憶能力』――興味深いが、少し不自然ではないか?」
オリヴァーの目が細まり、部屋の空気が冷たく引き締まった。
「不自然ですか?」
オリヴァーの冷笑を背に受けながら、アルフレッドは瞬間的に思考をフル回転させた。
(バレた?私は完璧なプロフィールを作り上げたはずだ。オリヴァーが何か特別な証拠を掴んでいるのか、それとも虚を突くための心理戦か……)
だが、内心の焦りはおくびにも出さない。アルフレッドは唇に軽い笑みを浮かべ、オリヴァーの目をまっすぐに見返した。
「それが本当なら、貴方の分析力には驚きますね」
「君を『人間』だと思ったのは、先日ロレイン達の能力評価報告書を見た時だ」
アルフレッドは表情を変えずに聞き流すふりをしたが、内心はさらに警戒を強める。
(報告書?まさか……ああ、そうか。私の行動記録だ。自分では自然に振る舞ったつもりだったが、どこかにボロが出ていたかもしれない)
「ネオ・ヒューマンの能力者なら、刑務官たちに抵抗した際にもっと大きな被害が出ているはずだ。それに、君の首輪が作動した際の電流に耐える筋肉の反応――まさに人間そのものだよ」
オリヴァーはポケットから首輪のスイッチを取り出し、軽く指で回しながら言葉を続けた。
「さて、ここで問題だ。君の目的はなんだ?詐欺師ごっこを楽しむには、少しばかり命を賭けすぎではないかね?」
アルフレッドは一瞬の間を置き、まるで彼自身が予想していた質問であるかのように、微笑みながら答えた。
「それは良い質問ですね、博士。ですが、この質問に答えることで私の『特別性』を証明できるのではありませんか?」
声は柔らかく、しかし相手を挑発しない程度に抑えていた。その間も、目はオリヴァーの動きや微妙な表情の変化を逃さない。アルフレッドの心の中では計算が走り続けていた。この男の思惑を見抜かなければならない。ここで一歩間違えば、自分は被験体として扱われ、ロレインたちは希望を奪ってしまう。
「ほう。興味深いことを言う」
オリヴァーは手を止め、ようやくアルフレッドを正面から見た。その瞳には探るような光と、何か隠しきれない狂気が宿っていた。
「君の『特別性』を証明する、か。では、まずその頭脳がどれほどのものか試させてもらおうか」
オリヴァーはアルフレッドに近づくと、机の引き出しから金属製の球体を取り出した。それは大小のギアが複雑に組み合わされたパズルのようだった。
「これを君に解いてもらいたい。この装置を組み立てられるなら、私の質問にも答える資格があるとしよう」
その目には冷たい光が宿り、挑発的な微笑を浮かべていた。
アルフレッドは机の上に置かれた球体を見つめた。その構造は一見ランダムに見えるが、よく観察すれば幾何学的なパターンが見えてくる。
(なるほど、時間制限付きの試験か。それにしても……博士の目論見が透けて見えるな。)
アルフレッドは心の中で苦笑した。この装置はただの知能テストではない。オリヴァーはアルフレッドが人間であるにもかかわらず、この施設に送り込まれた「理由」を掴みたいのだろう。
だが、そんな彼の計画も計算の範囲内だ。アルフレッドは球体を手に取り、指を器用に動かしながら話しかけた。
「博士、あなたは知的な挑戦を好む方だとお見受けします。それにしても、このような精密なパズルを作れるとは、素晴らしい才能です」
「皮肉か?」
オリヴァーは眉をひそめたが、どこか満足そうでもあった。
「いえ、心からの称賛です」
そう言いながら、アルフレッドはギアをひとつ動かした。それに続いて、内部の構造が連動して変化する。
(よし、核心部分が見えてきた。この装置の設計には『閉じ込めの論理』が使われている。逆算すれば……)
「時間が無限にあると思うなよ」
オリヴァーが冷たく言い放つ。
「大丈夫です。これで終わりです」
カチリと音を立てて球体が開き、その中から小さな発光体が現れた。
オリヴァーの表情が変わった。驚き、そして何かを隠そうとするかのような動揺が見て取れる。
「ほう……君が本当に特別だということは認めざるを得ないな」
オリヴァーは無理やり平静を装いながら、装置を取り上げた。
「しかし、これで私の疑念が晴れたわけではない。君がこの施設に送り込まれた真の理由を知る必要がある。それを教えたまえ」
アルフレッドは静かに笑った。自分の知略がオリヴァーの注意を引きつけているのを感じている。
「博士、それをお話しするのはまだ早い。ですが……私が協力すれば、あなたの研究に役立つ情報を提供できるかもしれません」
「……興味深い提案だ」
オリヴァーは少し考え込んだ後、低い声で答えた。
その頃、運動場ではロレインがフリーヤに寄り添っていた。彼女は依然として刑務官の行為に怯えている。
「フリーヤ、大丈夫だ。俺たちが君を守る」
ロレインは彼女の肩を優しく叩いた。
「アルフレッドがいなくても、俺たちはやれる。奴らを見返してやろうじゃないか」
「……はい。でも、アルフレッドさん、大丈夫ですか?」
「アイツはしたたかだ。俺たちが出来ないことをやってくれてるんだろう」
そう話すロレインの目には、確かな決意が宿っていた。
次第に彼らの絆は深まり、虐げられるばかりだった日々に少しずつ光が差し込み始めていた。
(アルフレッド……君の賭けに、俺たちも乗るよ。)
シークレット・エージェント クマガラス @kumagarasu3150
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