第3話 ハプニングと入学式

 楓夏との同棲生活から三日が経った。明日はいよいよ、待ちに待った入学式だ。

 僕が通う高校は県内でもそれなりの進学校であり、偏差値や授業レベルも高いと言われている学校だ。

 明日の入学式に備えて必要書類のチャックをリビングでしていると「早めに準備してないからそういうことになるのよ」と背後から辛辣な言葉を投げかられる。振り返ると、お風呂上りなのかモコモコ生地のパジャマ姿に濡れた髪をタオルで拭いている楓夏がいた。

「遅くて悪かったな」

「何怒っているのよ。私はただ事実を口にしただけよ」

「その事実が時に人を傷つけることだってあるんだよ」

「言われたくなければしっかりと準備をすることね」

 去り際にそう捨て台詞を吐いて自室へ戻っていってしまう。

「そういう自分は大丈夫なのか」と余裕をぶっている彼女のことが少し気にはなったが、自分の準備でそれどころではなかったためすぐに作業を再開する。

 それから時は流れ、時計を見ると、既に時刻は夜の九時を回っていた。さて、そろそろ寝ようと自室に向かおうとした。

「キャッ―――――」

 夜の閑静な住宅街に似つかない楓夏の悲鳴が部屋から響いた。

「どうした! 楓夏」

 急いで、楓夏の部屋に入るとそこには―――純白の下着の上から真新しいスカートを履こうと片足を上げている楓夏が【何か】を見て固まっていた。

 何事かと思い、彼女が見ている視線の先に目をやるとそこには壁に長い四本の足を器用に動かし、テクテクと颯爽に動き回る存在がいた。

 そいつが右に左に動くたび小さな悲鳴を上げながら「助けて――そうくん」と今にも泣きそうな顔の楓夏がぎゅっと僕にしがみついてくる。柔らかな二つの果実の感触と純白の下着に黒色のストッキングと露出が多い格好のせいなのか、それとも彼女のあられのない姿を目の当たりにしたせいなのかはわからないが一瞬だけ胸の鼓動が早くなったような気がした。

 そんな己の邪心ともいえる感情を理性と言う名の蓋で抑え込み目の前で怯えている楓夏に声をかける。

「わかったから少し落ち着け。あとは僕がやっておくからキミはリビングで待っていてくれ」

「……わかった」

 つい数分前の威勢の良さは何処へ行ってしまったのか、今はすっかり借りてきた猫のように大人しくなり素直に僕の言うことを聞いてくれる。

 部屋を出るときに不安げな瞳でこちらを見てくる楓夏に「大丈夫だから安心しろ!」と優しい微笑みとともにサブムズアップをして送り出す。

 彼女が部屋を去ってから、未だ壁に居座っている敵を見据えて作戦を考える。

「さて、どうするか……」

 虫などの類などにはそこまで抵抗があるわけではないが、かといって、苦手ではないわけでもない。しかし、彼らも今ある命を賢明に生きているためなるべき無駄な殺生は避けたいので、近くにある雑誌を使いそっと救うようにしてその上に乗せて窓の外へ逃がす。

「おい、もういいぞ」

 待っている楓夏の声をかけるため、リビングに向かうが姿が見当たらない。やれやれと頭を搔きながらトイレや脱衣所などを捜索するが見つからなかった。まさかとは思い、自室に向かうと―――そこには僕のベッドで気持ちよさそうに眠っている楓夏の姿があった。

「はぁ……勝手に人のベッドを使うなよな」

 一人不満をごちるが、彼女の寝顔を見たら文句を言う気も失せたため、仕方なくリビングのソファで一夜を過ごした。


 翌日、全身の痛みと疲労感に耐えながらくぅ~と背伸びをして立ち上がる。時刻はまだ六時を回ったばかりのようだ。とりあえず、まだ、僕の部屋で寝ているであろう楓夏を起こしに行く。

「僕だ。入るぞ」

「ちょ……ダメ―――!」という楓夏の叫び声が聞こえてきたが、既に半分以上ドアを開けてしまっていた。

 部屋の中に視線を向けると、そこには上着を脱いで背中の汗を拭こうとしている楓夏がいた。わずかの間、視線が交わり彼女の悲鳴にも近い声が朝を迎えたばかりの部屋に響き渡る。

「いやぁぁぁ―――――――」

 その後、顔を茹蛸のように真っ赤にした楓夏からこの変態、レイプ魔などの謂れ名のない非難を浴びた。

 気にせず、朝食をとり入学式に向けて準備を進める。

 ちなみに、父さんや美代さんは仕事が忙しいらしく入学式には一緒に出られそうにないと昨日の夜に連絡が来た。楓夏は自分の晴れ舞台を見せることができず残念がっていた。

 制服に着替えて脱衣所の鏡で不備がないかとチャックしていると、同じ制服を着た楓夏がやってきた。

「はぁ――――まさか高校まで一緒とはね。ホント最悪だわ」

「それはこっちのセリフだ」

 互いを睨み合うように腕を組み威嚇し合っている。

「なんで、同じところを受験したのよ」

「それは、父さんの負担にならないようにするためだ」

「キミの方こそなんでここを受験したんだよ」

「お母さんの負担にならないようにするためよ」

 不本意ながら両親への負担を軽くするという考えは同じだったようだ

「でも、この高校私立でしかも進学校よ。学費もそれなりにかかると思うけれど―――」

「それについては心配ない」

「……どうしてそんなこと言えるの。あなただって入学者用に説明パーフレット見たでしょ」

「確かに一年間で相当な金額がかかるらしいな。ならなおさら疑問に思うだろ。片親だった僕がなぜお金のかかる私立の進学校を選んだのか」

「っうざ……もったいぶってないで早く教えなさいよ」

「そのうちすべてが分かるから楽しみにしていろ」

 高らかに宣告して玄関に向けて歩き出す。背中からちょっと待ちなさいよ~という楓夏の声を訊きながら学校指定の革靴を履く。

 さて、行こうかというところで楓夏が追いついてくる。

 二人で揃って玄関を出ると、スーツ姿の父の宗太郎と義母の美代さんが車の前でにこやかに談笑をしていた。

「うわぁ~~! 楓夏、蒼汰くん、すごく似合っているわ」

 僕たちを見つけた紗代さんがにこやかな笑みを向けて言う。

 四人で車に乗り込み、新たな学び舎である私立一之宮高等学校へと向かう。

 駐車場に車を止めて、誘導していた生徒から案内された俺たちは、親は体育館、楓夏と俺は掲示板に張り出されているクラスに移動することになった。

「また後でな」

「頑張ってね、二人とも」

 二人からエールを貰い、二人で歩いていく。

 しばらく歩き、二人の姿が見えなくなったところで、「ちょっといつまでくっている気!? 早く離れなさいよ」

 楓夏がさっきまでとは打って変わった態度で話しかけてくる。

「はいはい、言われなくても離れますよ~」

 おちゃらけた態度で言うと、楓夏は気に障ったのか、ムッとした表情で僕を睨んでくる。

 校門近くの広場に大きな木製の掲示板があった。そにには密に群がる蟻の如く、たくさんの新入生たちがいた。

「むげぇ~人だかりがすごいな」

「当たり前でしょ。入学式なんだから」

 何とか、人垣をかき分けて進み、それぞれ自分のクラスを確認する。

―――どうか、あいつと違うクラスでありますように!!

 神にも藁にもすがる思いで祈り、ふと目を開いて掲示板を確認する。

 「…………」

「…………嘘、何で!? どうしてそうなるのよ」

 いつの間にか、隣に来ていた楓夏が頭を抱えていた。彼女の声を訊いた僕も、同じことを考えていた。

 あいうえお順にクラスメイトの名前が表示されていた。目で下まで見ていき、ちょうど最後の『や行』の欄を見た時だった。

――――1年3組、八神蒼汰、八神楓夏…………

 遺憾ながら、俺と楓夏が同じクラスであることが確定した瞬間だった。




 

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再婚相手の連れ子が元カノで一つ屋根の下で暮らすことになりました。 赤瀬涼馬 @Ryominae

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