第2話 元カノとの再会

 ピンポ―――ンと休日の朝から来客を知らせるチャイムが矢神蒼汰の部屋に響く。

「……ったく、誰だよ。こんな朝早くから」

 寝ぼけ眼を擦りながら、二度寝したいという気持ちと戦いながらベッドから起き上がる。机の上に置いてある時計に目を向けると時刻は朝の9;00分を過ぎたくらいだ。

 土曜日のこんな時間に来客が来ることはまずありえない。なぜなら、今日は誰かと出会かける予定はないからだ。なら怪しげな宗教勧誘か。それとも国営放送の集金か新聞の勧誘だろうか。そんなことを寝ぼけた頭で考える。

―――いや、どれも当てはらない。なぜなら、宗教勧誘は何度も撃退したし、国営放送の料金はしっかりと払っているので問題なはずだ。新聞の勧誘も一から二回ほど来たかがすべてお断りしている。したがって、それ以外の来訪者が来たということになる。

 では一体誰なのか?と疑問に思う。

 生憎と、友達は多い方ではないため、こうして高校入学を控えた貴重な春休みに俺の家を訪ねてくる人間はいない。父親も海外に四国への転勤の準備中で忙しいため、しばらく顔を合わせていない。僕だって、今年で高校生になるとはいえ両親がいないのはすこしばかり心細い。

 そんなことを考えているうちに、ピンポ――ンとまたしても来客を知らせるチャイムが鳴る。まぁ、でればわかることかと軽い気持ちで玄関へと向かう。

「はいどちら様ですか」

 そう声をかけて玄関を開けるとそこには驚きの人物が立っていた。

「やぁ。おはよう蒼汰。ずいぶんと可愛らしい恰好でのお出迎えだね」

「どうして父さんがここにいるんだよ。四国に転勤でしばらく家を空けるんじゃなかったのか」

 そう訊くと、父親である宗一郎はてへとにこやかに笑いながら事情を説明し始める。

「少し事情があって、赴任日を一か月ほどずらしてもらったんだ。これは蒼汰にも関係してくる重要なことだからしっかり訊いてくれ」

 いつもはおちゃらけている父親がやけに真剣な声色で話しているため何事かと思い少し身構える。

「実は、結婚することになった」

「ふーん。いいんじゃないか、って……け、結婚する?一体、何があったんだ、父さん。あれほど結婚はしないと愛する人を失う悲しみは二度と味わいたくないから」

 あれほど真剣な眼差しで僕に訴えかけてきた張本人がその決意を180度反転させることを口にしている。正直なところ個人的には、父さんの再婚については特に反対するつもりはない。だが、再婚相手に女性はどんな人なのかは少し気になっているところだ。このまま話進めば、近い将来家族となりその女性は俺の継母ということになる。

 その継母となる女性にどうやら僕と同い年くらいの連れ子がいるようだ。しかも女の子だと訊いて不安になる。年頃の男女がいきなり“今日から貴方たちは義理の兄妹になりました”と言われて、“はいそうですか”と納得できる者は少ないと思う。

 その人は顔合わせなのか尋ねると、嬉しそうに今度の土曜日に駅前のオープンカフェに集合だと教えてもらった。ちなみ、相手の連れ子の女の子は俺と同じ中学出身らしく、その女性も安心したと言っていたそうだ。まさかという一抹の不安を抱えながら、顔合わせ当日まで過ごす。

「な……何でお前がここにいるんだ」

「あなたこそ何でここにいるのよ」

 お互いに面食らったように声を出してしまった。その様子を見ていたそれぞれ親から二人は知り合いなのかと訊かれてしまったためクラスメイトだったと話した。

 もしこの場に神様がいたら、きっと俺たちは口を揃えて‘’おい神様ふざけんな‘’と言っていたと思う。まさかこんな形で元カノだった彼女と再会することにあるとは露にも思わなかったからだ。もちろん彼女の方も相当驚いた顔していた。あんな表情は付き合っていた時でも見たことなかった。お堅くクールぶっていた彼女があんな表情するなんて本当に驚いた。

 序盤に色々あったものの、後は終始穏やかに顔合わせ会が行われていった。楓夏も別れたことは噓だと思えるような穏やかな微笑に優しい口調で話しかけてくれる。

 そんな彼女のことが気味悪くトイレにいくため席を立つと、楓夏も「私もお手洗いにいってくる」と席を立つ。肩を並べてトイレへ向かい二人の姿が見えなくなると、さっきまでは優等生だった仮面を外して本性を露わにした。

「ちょっとどういうつもりなの!」と俺を壁側に追いやりながら詰問してくる。

「そんなこと俺に訊かれても分からん。こっちが訊きたいくらいだ」

 と答えると、「……私だって知らないわよ」と逆切れ気味に言い返された。

「で、これからどうするんだ」

「どうするってどういうことよ」

「相変わらず察しが悪いなキミは……」

「ちょっと。いきなり失礼なこと言わないで」

「言われたくなかったらもっとしっかりしてくれ」

「俺たちの今後のことについてだよ。近いうちに義理の兄弟になるんだから、過去のことをお互いの両親に話すのか、それとも死ぬまで墓場に持っていくのかって話だ」

 彼女に問いかけると間髪入れずに「もちろん。私たちの関係は墓場まで持っていくわ」と答える。方針が決まればあとは問題ない、それとなく仲のいい兄弟のふりをすればいいだけだ。

「そろそろ戻るぞ。あんまり遅いと変な誤解を生みかねない」

「言われなくても分かっているわよ」

 俺の言葉にぶっきらぼうに楓夏が答えて歩きだす。席に戻るとすでに俺たちのことは忘れているのか二人で盛り上がっていた。

「もぉぉ――遅いわよ。二人とも」

 上機嫌な美代さんが俺たちに声をかける。

「美代ちゃん。少し飲みすぎじゃないかな」

 それとなく父さんが注意するが美代さんには全く届いてようだった。それからは美代さんの独壇場となり父さんは宥め役に徹していた。美人でクールなイメージがある美代さんの意外な一面を目の当たりにして顔合わせ会はお開きとなった。

 翌週の月曜日に役所で結婚届を出して、晴れて二人は夫婦になった。今後について自宅にて家族会議が開かれることになった。

 父さんの海外赴任に美代さんのついていくことになり、仕事の合間に新婚両行をかねて楽しむらしい。最初は、俺たちのことが心配だからと美代さんは一緒に暮らすと言ってくれたのだが、せっかくの新婚でしばらく会えなくなるのは可哀そうだと二人に気を使った楓夏が、「大丈夫よ。お母さん、宗太郎おじさん。二人が帰ってくるまでの間は颯太くんと二人で暮らすわ。」と提案するが年頃の男女が二人きりで生活することに親として不安が残るようで、あまり反応は芳しくない。

「さすがに、年頃の男女が同じ屋根の下で暮らすのは……ねぇ宗太郎さん?」

「確かにそうだね。いくら同じクラスで顔なじみだからといって、会ってそれほど経っていない二人を残していくのは不安だなぁ―――」

 そんな二人の反応を見てか、ちらりと楓夏が目線を送ってくる。まるで「あなたも何か言いなさいよ」と言いたげの目をしながら……。

 楓夏からのSOSを無視するわけにもいかず、いやしても良かったのだが後々の共同生活でこのときのことをネチネチと嫌味を言われるのは癪なので不本意ながら協力することにする。

 当然、二人は年頃の男女の僕たちが二人きりで暮らすことをというのが不安らしい。何とか二人を安心させ納得させるための最適解の言葉は―――

「……父さん、美代さん」

 そう声をかけると二人が僕の方に視線を向ける。

「二人は僕と楓夏さんが義理の兄弟になったばかりで、色々と不安に思っていることはあると思うけれど、僕は楓夏さんとは仲のいい兄弟以上の関係になるつもりはないから大丈夫だよ」

 と心に思っていたことを素直に口にする。

「珍しいな。蒼汰がそこまで言うなんて―――」

「楓夏はどうなの?蒼汰くんはかっこいいし―――」

 その言葉を訊いた楓夏が凍土のような冷たい声色で「確かに颯太くんはカッコいいかもしれないけれど、私たちは兄妹なんだからお母さんが想像しているようなことにはならないわ」と否定する。

「でもあなた達はまだ兄弟になったばかりなのだし万一のことがあったら―――」

 とやはり心配なのか父さんの方にチラチラと目線を送っている。

 心配性な美代さん意見を訊いた父さんが、「美代さんが心配する気持ちも分かるけれど二人がここまで言うんだから信じよう。まだ時間はあるしそれから決断しても良いんじゃないかな」

 父さんが美代さんの頭を撫でながらそう提案する。

「そうよね。時間はまだあるし慌てて決める必要はないわよね」

 父さんの言葉を訊いて納得した美代さんは夕食の支度のためキッチンに向かう。

「ありがとう、二人の思いは十分に伝わったよ。これで僕も安心して美代さんとともに転勤できそうだ」

「二人の思いを裏切る真似はしないから。安心してお母さん、宗一郎おじさん」

 楓夏が胸の前で握りこぶしを作り、高らかに宣言する。

 家族会議もひと段落したところで、壁に掛けてある時計に目をやると時刻は既に夕方の17時を過ぎていた。

「美代さんが、そろそろ夕ご飯にしましようか」

 そういって、何を作るかのリクエストを訊き、調理の準備を始める。楓夏も「お母さん、私も手伝うわ」とリビングの奥に姿を消した。

 父さんと二人でリビングに残された僕は、特に話すこともなく、ただ時間だけが過ぎていく。

「なぁ……蒼汰」

 何か訊きたい様子の父さんが、唐突に声をかけてきた。

「何?」

「本当に楓夏ちゃんとは何もないんだね」

 核心に迫る質問を投げかけてくる。一瞬、心臓が止まりそうなほどの焦りに襲われたが、なんとか上手く誤魔化した、と思う。

「あ、当たり前だろ」

「蒼汰、お前が言いたくないなら今は無理には訊かない」

 真顔でそう言った父さんの顔には確信を得たような表情をしていた。どうやら実の父親には僕に渾身の演技も嘘だと見抜かれたようだ。

「……」

「何も僕は怒っているわけじゃないよ、ただ、美代さんたちを悲しませるようなことだけはしないでくれ」

 なおも真剣な声色で語りかける父さん。

「お待たせ二人とも~お待ちかねの夕ご飯ができたわよ―――」

 上機嫌な美代さんがリビング奥から顔を覗かせる。

「二人ともどうかしたの?」

 僕たちの間に流れる不穏な空気が流れているのを察知した美代さんが心配そうに僕らの間に入る。

「なんでもないよ。美代さん、少し颯太と世間話をしていただけだ」

「ちょっと手伝ってよ」

 楓夏が両手いっぱいに抱えた鍋をせっせと運んでいた。

「ごめん、重いでしょ楓夏さん。僕が持つよ」

 と楓夏が持っている鍋を代わりに持とうと手が触れた刹那……。

「ちょ……どこ触ってるのよ」とゴミを見るような冷たい目つきで睨んでくる。

「何だよ。重たそうだから代わりに持ってやろうしただけで他意はない」

 弁解すると「ホントに―――?」と試すような視線を向けてくる。

「誓って本当だ」

「信用ならないわね。あなた意外とむっつりスケベだから……」

「な―――ふざけたこと言うな」

 あまりの言いかりにむっとして言い返したところで、父さんがやんわりと止め入る。

「二人とも、仲がいいのは良いことだけれど、あまりヒートアップさせないようにね」

「ホントに二人は仲が良いからカップル同士に見えるわ。でも、あまりイチャコラされると料理が冷めちゃうから早めに運んでくれると助かるわ―――」

 美代さんに言われて二人して顔を真っ赤にしながら夕食の準備を手伝う。

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