再婚相手の連れ子が元カノで一つ屋根の下で暮らすことになりました。

赤瀬涼馬

第1話 過去の記憶

「もう終わりにしよう」

 目の前に立っている少女・夏目楓夏にそう告げる。僕の言葉を聞いた彼女は一瞬だけ悲しそうな顔したが泣きわめくわけでもなく、別れたくないと駄々をこねるわけでもなかった。

「わかった。今までありがとう」と静かにただそう言っただけだった。

「ねぇ―――ひとつだけ聞いていい?」

「なんだ?」

「どうして私みたいな面倒くさい女と付き合ったの?」

「あなたくらいのスペックなら学校内でもっと美人で可愛い先輩や後輩と付き合えたでしょう」

「そんなこと今更知ってどうするんだ」

「いいじゃない別に。どうせ減るものでもないんだし後学のため教えてよ」

「別に大した理由なんてないよ。偶然出会ったのがキミだった、それだけだ」

「何よ。それじゃまるで誰でも良かったみたいな言い方じゃない」

「事実そうだしな」

「ホント最低。どうして一年も付き合っていてこんなろくでなしのクズだってことに気付かなかったのかしら」

「悪かったな。こんな最低なクズ男と付き合わせて、これに懲りたらもっと男を見る目を磨けよ」

「うるさい!あなたに言われなくても分かっているわよ」

「私もう行くから。さよなら、もう二度と会うことはないでしょうけどね」

 そう言い残して彼女は教室から出て行った。こうして僕たちの恋愛は中学卒業を控えた前日に終わりを告げる。これで彼女とは二度と会うことはないと思っていた。だが、終わったと思っていた彼女との関係が思いがけない形で続くようになるとはこの時の僕はまだ知る由もなかった。

 何となく家に帰る気分ではなかったため一人残された教室で、どうしてこうなったのかを考えることにする。まぁ、今更こんなことをしても後の祭りだが…。

きっかけは小さなすれ違いだった。ある日、いつものように本を読みながら彼女を待っていると他のクラスの女子が僕に話しかけてきた。

―――ねぇ、八神君が読んでいるその本って、人気のライトノベルだよね。いいな、私もそれ好きなんだと人懐っこい天使のような微笑みで話しかけてくる。

 まぁ、僕には彼女がいるのでどんなに素敵な笑顔ができる女子がいようと興味ないが。

 へぇ――そうなんだ。なら良かったら後で貸すよ。本当は又貸し厳禁なんだけど、返却期限まで余裕があるからそれまでに返してくれればいいからさ。そう言うと、目の前にいるライトノベル好きの女子は飛び跳ねるように喜んでいた。

「ホントに?ありがとー。この本人気だから中々借りられなくて困っていたんだよね」

 彼女とは正反対のリアクションや行動に新鮮さを感じながら共通の話題に花を咲かせると「お待たせ」と言いながら楓夏がこちらに歩いてきた。

 だが、僕が他の女子と話しているところを見るや、回れ右をしてきた道を引き返してしまう。

「……楓夏!」 急いで追いかけようとするが、「待ってよ。あんな子のことなんて放っておいてもっと私とお話ししよう」と制服の袖を掴まれる。そのせいで一瞬、身動きが取れなくなってしまう。その隙を突いて楓夏はどこかへ走り去ってしまった。

 あの時、俺がもっと早く楓夏を追いかけていれば……。と強い自責と後悔の念に駆れる。しかし、どんなに悔やんだところで時間が返ってくることはない。非常にも時は進んできくだけだ。

「……ごめん」

 引き留めてきた女子に謝って楓夏の後を追う。走りながら彼女が行きそうな場所を頭に思い浮かべる。教室や普段は行かなそうな空き教室などもありとあらゆる場所を探したが楓夏を見つけることはできなかった。

 制服のポケットからスマホを取りだして、楓夏に電話をするが留守電に切り替わったためメッセージを残す。

「今日は誤解させてごめん。明日話したいことがあるから放課後いつもの場所来てくれ」

 今日の所は大人しく帰ることにした。昇降口で寛恕の下駄箱を除くとすでにローフアーがなかったため今日はもう帰ったことを悟る。

 翌日、いつもの待ち合わせ場所で楓夏のことを待つ。しかし、約束の時間を過ぎても彼女は来なかった。いつもなら集合時間5分前には来るのに……。

 昨日の件で怒っているのかもしれないと思い、もう一度メッセージを入れるためスマホのアプリを開くと楓夏から一軒のメッセージが入っていた。

――私も聞きたいことがあります。放課後にいつもの場所に来てください――

 と書かれていた。いったい話とは何なのか?悶々とした気持ちで学校に向かい、授業を受ける。約束の時間となり、指定された場所に赴くと、不安と不信を宿した瞳をした楓夏がいた。

「――ふうくん、昨日お話ししていた子って、他のクラスの人だよね。どういうことか説明してよ」

 今にも泣きそうな声で問いただしてくる楓夏に罪悪感みたいなものが込み上げてくる。

「あぁ――実は昨日彼女とばったり廊下で会って僕と同じ作品が好きって話になってその本を貸すことになっただけだよ」

「ふーん」

 僕の話を黙って聞いた彼女は納得したように見えたその時。

「でも……なんであの本だったの!!」と大粒の涙を両目いっぱいに溜めて叫ぶ楓夏。

「それは……たまたまで」

「たまたま?あれは私とあなたの思い出の本のはずでしょ。それをたまたまって……」

 彼女の頬が涙で濡れていく。まさか、俺だってこんなことになるなんて思わなかったさ。

「違うんだ。あれは本当に偶然で―――」

「他の本でも良かったじゃない。どうしてあの本だったの?」

 確かにあの本は僕と楓夏が付き合うきっかけになった思い出の本だ。だか、本は読むためにある物だと僕は考えている。思い出は胸の内に刻んでおけばいい。でも楓夏の考えは違うようだ。

「確かにふうくんの言う通り、本は読むためにあると思うけれど、私にとってあの本は大切なものなの」と切実に訴える楓夏。

 僕も最初は冷静に話し合うつもりだったがいつまで平行線をたどる会話にだんだんと苛立ちと覚えてきた。

「……」

 気づけば心の中に溜めていた感情を楓夏にぶつけていた。

「キミのそういうところが……大嫌いなんだよ」

「ふうくん?それどういうこと」

「言葉の通りさ。他の女子と話したくらいでこの世の終わりのように喚き立てるキミのそういうところが大嫌いだって言ってるんだ」

「そんな言い方しなくても」

「事実だろう?」

「確かにそうだけれど、でも私……」

「キミがどんなつもりで言ったかは知らないが少なくともそれが僕の悩みの種になっていたんだ」

「じゃあ、どうしてももっと早く言ってくれなかったの」

「言ったら聞いてくれたのか。」

「……」

「黙ってないで何とか言ってくれよ」

「……」

「そうやって都合が悪くなったらすぐ黙るのはキミの悪い癖だな」

「私はだだ、ふうくんと一緒に居たかっただけなのに」

「それ重いんだって―――どうして気づいてくれないんだ」

「どうしてダメなの?好きな人と一緒に居たいって思うのは悪いことなの?」

 再び大粒の涙を瞳に溜めながら自分の思いを吐露する楓夏。だが、両者の想いは交わることなくどこまでも平行線をたどっていくだけだった。

 そんな彼女との思いに終止符を打つため、この関係を終わらせる言葉を口にする。

「もう終わりにしよう。楓夏」

 こうしていつまでも続くと思ったこの関係はほんの些細なすれ違いから終わりを告げた。

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