第2話 竜の神子

 のそりと上体を起こし、棺の中から姿を現した少女と目が合う。


 燦然さんぜんと輝く黄金の瞳の奥──まるでヘビのような縦長の瞳孔に見つめられ、無意識に身体が動かなくなっていた。


 これがカエルの気持ちか、と現実逃避するかのように場違いな感想が頭に浮かんでくると、



「ふむ、おぬしか。我を起こしたのは」



 再び、少女が口を開く。


 その容姿といい声といい、完璧としかいいようのない美しさをもつ彼女はしかし、本物の人形かのごとく無機質な印象が強かった。


 なにせ、ぱちくりと瞬くまぶたを除けばほとんど表情が動かず、声の調子にも抑揚がない。


 そのせいで、彼女が怒っているのか、はたまた本当に何も思っていないのか。判別がつかず、とにかく反応に困ってしまう。



「ふーむ……」



 そんな彼女はといえば、無表情のままじいっとこちらを観察し続けており、なんとも居心地が悪い。


 こんなおっさんの顔を見ても面白いことなど何もないだろうに。



「な、なにか?」



 ゆえに、直球でその思惑を問うてみるが、



「いや、なに。生まれてこの方、男子おのこの顔を見る機会なぞほとんどなかったのでな」



 少女から返ってきたのはおかしな答えだった。


 いや、そもそも、こんな所に一人でいる時点で存在自体がおかしいのだが。



 ──このパターンは初めてだぞ……。



 人里から遠く離れた、前人未到と思しき遺跡の中で、生きている人間と出会うなんてことは普通ありえない。


 しかも、なんか角とか尻尾とかが生えてるしで、見た目からしてその異常さが際立っている。


 よわい三十を超え、様々な秘境をめぐってきた俺だが、今回ばかりはまるで理解が追いつきそうになかった。


 それこそ、観光用の遺跡に迷い込んだとでも言われたほうが信じられるくらいである。



「おぬし、名は?」

「え、ああ!」



 が、目の前の少女は幽霊だの幻覚だので片付けられないほど、はっきりと意思の疎通を取ってくるので、



「アルマース。アルマース・アベントラだ」



 いったん息を吐き、冷静さを取り戻しつつ名前を教えれば、



「アルマースか。よい響きじゃな」



 彼女はそれに、相変わらずの平坦な声で称賛を送ってくる。



「ああ、それはどうも……」



 本当になんなのだろうかこの少女は、といぶかしみつつ礼を返すと、



「さて、おぬしが答えた以上、我の名も語らねばなるまい」

「!」



 当の少女は仰々しく振りをつけながら、一つ息を吸う。



「我が名は、ミラへガル・シェン・アレクトス・ドラへガル。偉大なる祖国ドラへガル、その象徴たる神子みこにして──」



 そして、うたでも詠むかのように言葉をつむぎ、流麗な所作で胸の上に手を置くと、



「──最後の生き残りである」



 つむった目を開き、そう締めくくった。


 相も変わらぬ、冷たい表情。しかし、気のせいか、その声には寂しげな感情がにじんでいるように思えた。



 ──ドラへガルの、神子……?



 ただ、そんな些細な変化は、彼女の情報がもたらした衝撃によってたやすく消し飛んだ。


 それもそのはず。彼女が口にした神子みこという肩書きは、まさしく神話だとか伝説だとかに出てくるような曖昧あいまいな用語だったからである。


 ドラへガルという国自体は、歴史書にも載るほどに有名なもの。太古の時代、大陸統一を果たしたこともあって、世界各地の遺跡から史料が見つかっているためだ。



 ──ありえるのか、そんなことが。



 しかし、神子は違う。この樹海に挑戦し続け、何年も調べあげた中で分かったのは、それが存在していたという噂程度のものだった。


 ある文献では、争いの絶えない竜と人との間に遣わされた神の子とされ。ある考古学者の話では、当時の神話に登場する実在しない人物ともされている。


 一つ言えるのは、どれもこれも確証のない曖昧なものということのみで。



「冗談、とかではなく……?」



 ゆえに、目の前の存在がそうなのだとは到底信じられなかったが、



「無論である」



 当人は、よどむことなくそう言いきる。


 嘘をつく理由も思い当たらないうえ、そもそもがこの異常な状況。信じておくほうがよほど楽だろうと、ひとまず飲み込むことにした。



 ──俺の運も捨てたもんじゃないな。



 伝説の冒険家ボーマンを超えるという夢のため。手当たり次第に未調査の地を当たっていた結果がこれとは。


 今世紀史上最大ともいえる大発見のはずなのだが、肝心の相手が可愛らしい少女の姿をしているせいで妙に実感が湧かない。



 ──まあでも、これで俺も伝説の仲間入り、か。



 が、事実、俺の夢は叶ったようなもの。後はこの神子様とやらを証拠として連れていければ、世界中どころか遥か未来にまで名が轟くことだろう。


 俺のことを無能だとかヘタレだとか、散々バカにしてきたエセ冒険者どもに一泡吹かせられるのかと思うと、今から笑いが止まらない。



「なんじゃ、信じておらぬのか?」

「ああ、いえ! ちょっと考えごとをしてただけですんで!」



 しかし、そうして輝かしい将来に思いをはせていたせいで、余計な誤解を招いてしまう。


 別に悪いことを考えていたわけではないのだが、一瞬、内心を見抜かれたかと思って焦ったではないか。


 まあ、なんにせよ、お持ち帰りについては追々おいおい考えていけばいいだろう。


 それよりも、今はこの面白いことだらけの状況に対する知的好奇心の方が勝ってきていた。



「で、まあ、その……」



 とはいえ、なにから聞けばよいのか。考えもまとまらないまま目を逸らすと、



「ミラでよい。かつての友たちはそう呼んでおった」



 名前の呼び方に悩んでいるとでも勘違いしたのだろう。丁寧にも、気軽な呼び名を教えてくれた。



「そう、ですか。えっとミラ様、いろいろと聞きたいことがあるんですが」



 ただ、さすがに呼び捨てにはできない。不興を買いたくないのはもちろんだが、やはり神子という存在に対する畏敬の念が大きすぎた。


 ゆえに、自然と敬語で会話に応えると、



「まあ、そうであろうな」



 ミラも鷹揚おうように頷きを返してくる。


 そして、金の長髪をなびかせながら背を向けると、



「では、立ち話もなんじゃ。向こうで果実でも口にしながら語らわぬか?」



 噴水の近くに置かれた円卓へと、優美に歩き出すのだった。

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腐れ冒険者と竜の神子 〜趣味で冒険者やってるおっさん、前人未到の遺跡で伝説の美少女を盗む〜 木門ロメ @kikadorome_13

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