腐れ冒険者と竜の神子 〜趣味で冒険者やってるおっさん、前人未到の遺跡で伝説の美少女を盗む〜

木門ロメ

第1話 冒険の果てに

 冒険者とは、のことではない。


 例え、分の悪い賭けだったとしても、まだ見ぬ秘境に浪漫を求める無謀な挑戦者──それこそが、冒険者と呼ばれるにふさわしい存在のはずだ。



「──のう、アルマース」



 ゆえに、世間にはびこる冒険者もどきのことを、俺は認めていない。強さを誇り、魔物退治にいそしむ日雇い労働者などとは一緒くたにされたくないのである。



「アルマース? 聞こえておらぬのか?」



 だが、現実とは非情なものだ。今では、やれ等級ランクだとか、やれワイバーンを倒しただとか。


 そんな、冒険とはかけ離れた努力ばかりが持てはやされる時代へと突入している。


 なんと嘆かわしいことか。これではかの偉大なる冒険家、ドゥランケス・ボーマンも浮かばれないというものである。



「む、また居眠りか。相変わらずの怠惰じゃな」



 その一方、俺はといえば、まさに冒険者といった風体だ。


 ボサボサの黒髪に、乱雑に伸びた無精髭。身だしなみなど気にせず、考えるのは冒険のことだけ。


 小銭欲しさに剣など振らず、唯一誇るは旅の軌跡。


 つまり、そう。


 ついこの間、たった一人で幻の遺跡にまでたどり着いたという、誰もが称えるべき偉業を持つこの俺こそが冒険者と呼ばれるに足る人間であり、



「起きよ、さすがの我も退屈じゃ」

「んががっ!?」



 その証拠にほら。


 死ぬような思いをしてまで手に入れたが、今もこうして目の前にあるではないか。



「ふむ、やはりこの手に限るな」



 淡い金色の長髪に、同じく黄金に輝く瞳。瞳孔はヘビのように縦に長く、頭の横からは一対の角が生えている。


 華奢な少女の姿をしたそれは、どこからどう見ても宝と言えるほどの美しさで、



「ほれ、ゆくぞ。我を連れ出した責任、果たしてくれるのであろう?」



 しかし、そんな彼女が無表情のまま、微かに声を跳ねさせたのを聞いた瞬間、開いた口からはため息がこぼれていた。


 理由はもはや、言うまい。



 ──なぜ、こんなことに。



 文字通り、生きた偉業の証拠である彼女が見下ろしてくるのを前に、自由気ままな冒険ライフを失ったあの日のことを思い返すのだった。






 冒険者の街ドラへガル──それは、帝国の南西に築かれた大都市の名前である。


 西から南まで、樹海や山脈といった未開の地で覆われたその立地は、まさしく冒険へと旅立つのに適した場所といえる。



「はぁ、はぁ……!」



 そんなドラへガルを出立してから、かれこれ一月ひとつきは経ったか。俺は今、緑で生い茂る中を死に物狂いで走っていた。



「ホロロロロッ!!」

「ファッ、ファーーッ!!」



 原因は言うまでもなく、奇声を上げながら追いかけてくる謎の原住民のせいだ。


 手に槍や棍棒を持ち、毛皮や草で編んだ衣服をまとう彼らは、一見して人のように見える。


 しかし、よく見ればその体はトカゲのような鱗で覆われており、その狂った形相には命乞いを聞いてくれるほどの知性が感じられない。



「クソッたれ……なんなんだよコイツら……!?」



 冒険には危険がつきもの。分かりきってはいたことだが、まさかこんな連中にまで襲われるとは思いもしなかった。



 ──だが、当たりみたいだな……!



 とはいえ、悪いことばかりでもない。知らないということはつまり、可能性が眠っているということでもあるからだ。


 謎の原住民に、彼らが現れ始めた遺跡の残骸たち。


 ここには何かがあると、冒険者としての勘がたしかに囁いていた。



「グルォウッッ!!」

「おお!?」



 と、つい余計なことに思考を割いていた時。不意に殺気を感じて走る速度をゆるめると、横の茂みから凶悪な牙を生やした顎が飛び出してくる。


 顔面スレスレを、垂れたよだれが通り過ぎていき、



「フォウ!!」



 直後、二足で駆けるトカゲのようなその魔物の背で、原住民が槍を構えているのが見えた。


 俺は一歩、足を引き、鋭い刺突を半身で避けると、すぐに次の手を打つ。


 手になじむ丈夫なむちを回すと、頭上の木の枝に引っかけ、



「ヒァァッ──」



 原住民がすかさず二撃目を放ってきた瞬間、高く跳躍した。



「──ギィ!?」



 まさか、上に避けるとは思っていなかったのだろう。


 薙ぎ払われた槍を華麗に避けた俺の足は、揺れの反動を巧みに利用してそいつの顔面に蹴りを食らわせる。



「よっ、と!」

「グルゥ!?」



 そしてそのまま、鞭を枝から離すと、蹴落とした原住民の代わりにトカゲへと跨り、



「悪い、少し借りてくぞ!」



 手綱を握って森の中を疾駆し始めた。


 木の根が張る複雑な地形もなんのその。


 その風を切る気持ちよさたるや、普通の暮らしでは得られない爽快感というもので、



「ハハッ、速いなお前!!」

「グルォ!」



 自然、軽く首回りを撫でながら褒めてやれば、素直に嬉しそうな反応を見せる。


 若干の不安はあったが、思ったよりも単純な生き物であるらしい。



「うっ」



 が、まだまだ油断はできない。


 風切り音が聞こえてきたかと思えば、すぐ横の地面に矢が刺さる。見れば、木に登った原住民たちがこちら目がけて弓を構えていた。



「よ、ほっ……!」



 だがあいにく、こちらも馬術には自信がある。即席の相棒を自在に操り、木々で覆われた道なき道を駆け抜け、



「おお!!」



 やがて、開けた視界に現れた絶景に、思わず息を呑んだ。


 大渓谷、とでもいうべきか。森が途絶える断崖絶壁の下は霧がかかって見えないほど深く、天に輝く太陽からは祝福するような陽光が振りそそいでいて、



 ──あれは神殿か……!!



 そして何より、渓谷を越えた先──一本の巨大な石橋がかかるその先にそびえ立つ建造物が、俺の心を躍らせた。


 周囲に並び立つ柱に、四角錐型の特徴的な形状。おそらく大昔の神殿と思しきそれを前にして、橋を渡らないという選択肢などあるはずもなく。



「ん?」



 夢中になって橋の上を進めば、やがて違和感を覚えて後ろを振り向いた。



「…………」



 ぞろぞろと、群れるように立つ原住民。彼らはなぜか橋の手前で足を止め、こちらをジッと見つめていたのだ。


 よく分からないが、こちらにとっては好都合である。


 再びトカゲを走らせた俺は、やがて神殿前にたどり着いたところでその背を降りた。



「ありがとな、ご主人様には代わりに謝っといてくれ」

「グル……?」



 言葉の意味は伝わっていないだろうが、こういうのは雰囲気だ。相棒とは早々に別れを告げ、冒険の続きへとおもむく。



 ──でかいな。



 近くに来れば、その壮大さが嫌というほど伝わってくる。どこまで続くのかという階段に足をかけると、神殿の入り口にたどり着く頃にはそれなりに時間が経っていた。


 その巨大な外観に対し、これまた石造りの扉は随分とつつましい。


 ゆっくりと、体重をかけるように押し開いていくと、中から冷たい空気が解き放たれる。



「祭壇……これは貢ぎ物か?」



 ランプに火を灯し、罠を警戒しつつ先へと進めば、まず現れたのは小部屋だった。


 儀式場のごとく、獣の骨やら鮮やかな果実やらで飾られたそこには、最近も人の出入りがあった形跡が見てとれる。


 奥にはさらに仰々しい扉があり、わずかな隙間からはただならぬ空気が流れてきていた。



「よし、いくぞ」



 間違いない。この先には何かがある。


 金銀財宝か、はたまた歴史的価値のある何かか。


 とにかく、ここまでの努力が報われることは間違いないだろうとそう確信し、扉を開いた。


 そのまま、通路を奥へ進むと、今度は上へと向かう螺旋階段が見つかる。


 まるで期待を煽るような造形に、期待と警戒を最大限に高めながら一歩一歩を踏みしめ、



「おお──」



 やがて、漏れ出る光に導かれるがままに最上部へとたどり着いたところで、無意識に声が漏れていた。


 それもそのはず。目の前に広がっていたのは、まるで箱庭のような空間だったからだ。


 中央で湧き続ける噴水に、小鳥や蝶の舞う緑豊かな庭園。はるか昔に造られたはずのガラス天井は今もなお生き、温かな光を差し込んでいる。


 なにもかも不可思議な光景に、ぼうっと見惚れながら足を進めるうち、気づけば部屋の奥までたどり着いていて、



「!!」



 ふと、視界の奥に映った異物に目を奪われた。


 豪奢な装飾の彫られた、石の棺。その周りを取り囲むように、巨大な竜の骨が横たわっていたのだ。


 もうずいぶん前に亡くなったのだろう。そこら中に苔が生え、眼窩がんかに咲いた一輪の花には蝶がとまっている。


 いったい、あの棺には何が眠っているのだろうか。


 冒険者としては当然の好奇心が身体を突き動かし、やがて棺の縁でさえずっていた小鳥たちが飛び立つ距離まで近づくと、



「うそ、だろ……」



 その正体を前にして、ぼそりと声がこぼれた。


 なにせ、やわらかそうな白い布の詰められた棺の中には、まるで生きているかのような美しい少女が横たわっていて、



「すぅ……すぅ……」



 実際、呼吸に合わせてその胸を小さく上下させていたのだから。


 ありえない──そう思おうとしても、目の前のそれは幻覚に見えず。



 ──これは、角?



 少しして、金色の髪から生えた巻き角に気がつくと、自身の手を伸ばしていた。


 そっと、割れ物に触れるように硬質なそれを撫でた、その瞬間。



「くぁ……」

「っ!?」



 まぶたを微かに開いた少女が、あくびをこぼした口を小さな手でおおった。


 やはり生きている──そう思ったのも束の間。


 少女はその縦に細まった瞳孔でこちらを睨みつけると、



「誰ぞ、我の眠りを妨げるのは──」



 鈴の鳴るような綺麗な声で、無機質に言葉を紡ぐのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る