第2話【勇者と温泉・後】

「ほんとに大丈夫なのか!?」

「大丈夫、大丈夫!」


ダンジョンマスターは配下であるボーンウォーカーに語りかけた。


洞窟で死んでいた人間の骸骨を利用して生み出したこの配下の能天気さに頭痛がしてくる。

普通のボーンウォーカーは肉体の大部分を失った弊害で我欲をほとんどを持たない。

命令されるがままに動く人形に近い魔物なのだが、生前よほど我が強かったのかもしれない。

ごらんの通りやけに人間臭いボーンウォーカーとなってしまっていた。


「ズバリ!じいさン。あんた腰痛や関節痛に悩んでるだロ!」

「そりゃ老人ならだいたいそれに悩んどるだろ」


そんなにどやる事?と老人は首を傾げた。ボーンウォーカーがオークの方を振り返る。


「そうなノ?」

「こっちは生後10日だぜ?知るわきゃねえよ。老人の気持ち」

「それもそっカ。俺も30過ぎで死んだから老人の気持ちわかんねえワ!」

「ねえ。舐めとる?儂のこと」


ゲラゲラ笑う二匹に殺気と共に杖が振り上げられる。

二匹は急いで居住まいを正して頭をヘコヘコ下げる。


「ごほン。大将はこのダンジョンを好きに改築できるんだロ?」

「そりゃあ出来るさ。ダンジョンマスターだからな」

「それならゴニョゴニョ」


オークの垂れた三角耳を上げてボーンウォーカーが小さく耳打ちする。


「そりゃ出来るけどさぁ。・・・それってダンジョンとしてどうなん?」

「まあダンジョンっぽくはないけどヨ。このままだとそのダンジョンが終わりだゼ?」


指でくーと首を斬る仕草をする。

それもそっかとオークもため息と共に頷いた。


「背に腹は代えれんが一つ問題があるんだよなぁ」

「ン?」

「生命力がない!」

「・・・それの何が問題なんダ?」


その言葉にオークは大きなため息をつく。


「いいか?ダンジョンってのは生き物なんだよ」


ダンジョンは生きた構造物だ。

その内部に広がる迷宮は生物で言うところの胃や腸にあたる。

内側に招き入れた生物を殺し、その生物の生命力を吸収してダンジョンはより大きくより広く成長していく。

逆を言えば生命力がなければダンジョンはなにも出来ない。

どころか来訪者がいないと飢えて死んでしまうことさえある。


「つまリ?」

「生命力がないから現状なーんにもできん。というかもう枯渇しかけてるからこのジジイに見逃して貰っても今日中に俺たちは死にます」

「えェー!・・・しょぼすギ」

「お前を魔物化するためになけなしの生命力を使ったんだよ!この穀潰し!」


のんきにやりとりする二匹を見ながら、ふむとソルトは軽く提案した。


「ふむ。なら儂の生命力使ってみる?」


空間が揺れた。

目の前の枯れ木のような老人から、洪水のように生命力があふれ出してくる。


(ーーんだこれ!普通なら秒で死ぬ量だぞ!?)


大量の生命力が手に入るのはダンジョンマスターとしては嬉しい限りだが、今はどういうつもりだという疑念の方が強い。

さっきまで問答無用に殺そうとしていたのに、今度はこんな手助けをするなんて矛盾している。

しかしすぐにその理由は分かった。


目の前に立つ老人の表情。

自信があるのだ。


これだけの生命力を与えて、それを使ってなにをしようとも。

それら全てを正面から粉砕するだけの自信が。


「・・・おい。を作れば本当にこのジジイをぎゃふんと言わせれんだろうな?」


どうせ勝てないのなら、せめてこの老人をぎゃふんを言わせてやりたい。

オークにふつふつとそんな思いがわき上がる。


「任せロ。俺は生前マスターの称号を自称してた男だゼ?」

「自称かよ!・・・はぁ、もうどうにでもなれ」


広間の中心に向かうと地面に手をつく。

振動と共に地面からゆっくりとクリスタルがせり出てくる。


「これがダンジョンコア、カ!」


ボーンウォーカーが期待の声を上がる。

しかし出てきたのは10センチ程の無色透明な小さなクリスタルだった。


「ずいぶんとちっこいのぉ」

「これから成長する予定だったの!」


クリスタルに手を当てると生命力を操作する。

今のオーク達にとっては大量だが、ダンジョンを改築するという面で見ると少々心許ない。

なので環境を利用することにする事にする。

をゼロから作るのではなく、自然にある場所から引っ張ってくるのだ。

ダンジョンは中心となるコアから領域という空間を発生させ、その中の空間を自在に操作して迷宮を作る。

オークは球状に広がっていた自身のダンジョン領域を縮小する代わりに細く筒状にして地下へ向かって伸ばした。


(まだ。まだ。ーーーん、まだ下なの?)


筒が伸びるにつれて全体のダンジョン領域がどんどん狭まっていく。


ついに領域は今いるこの広場だけになってしまった。


諦めて一時的でもゼロから作ろうかと諦めかけたその時、の感覚を掴んだ。


(よし!まずは地面を長方形に凹ませ表面を滑らかに加工。噴出口を底に設置。噴出口からに向かって地面を円筒形に加工。内側を滑らかに加工。内側を硬質化。ついでに外側を保温化!!)


そこまでやり切ってほぼ全ての生命力を使い果たすとオークはがっくりと膝をついた。

これではたとえ見逃して貰っても後はない。

後先考えない馬鹿をやったものだと自嘲する。しばらくすると底に空いた小さな穴からこんこんと水が溢れてくる。

ふわりと立つ湯気にオークは首を傾げた。


「これは・・・お湯?」

「そう!温泉だッ!!」


うっひょ~とボーンウォーカーは小躍りしながら温泉に手を突っ込む。


「あレ。暖かくないゾ?」

「骸骨なんだから暑さ寒さなんて感じる訳ないだろ」

「こ、こ、こんちくしョー!温泉が楽しめないなんて人生おしまいダ!」

「いやもう終わっとるから魔物になったんじゃろ」


地面を悔しそうに何度か叩いた後、ボーンウォーカーは大きなため息をついた。

気を取り直してお湯を手にとって臭いをかぐ仕草をしたが当然、臭いも感じるわけがない。


「臭いもだめかァ・・・。大将、ちょっとこのお湯飲んでみてくんなイ?」

「えぇー!地面から沸いたお湯飲むのぉ?」

「俺は手触りも味も匂いも感じられねえからナ。頼厶!」

「はぁ。最初の配下づくり失敗したかなぁ」


ぐちぐち言いながらも言われた通りにオークはお湯を口に含む。


「ーーしょっぱい!あと少し苦い!」

「なるほどなるほド。つー事はこの温泉は塩化物泉だナ」

「匂いは・・・とくに感じないな。あと手触りはただのお湯」

「はァ。これだから素人ハ」

「すいませんね。まだ生後10日な赤ちゃんなもんで!」


わざとらしいため息をついて肩をすくめるボーンウォーカー。

おまえ息してないだろ。


「温度ハ?」

「まあ・・・入れん事もないんじゃないか?」


これが人間基準で熱いのか、ぬるいのかが分からないので曖昧な返事を返した。


「よシ!準備は出来たゼ。さあお入んなさイ!」

「いやいや魔物おれたちを目の前にして丸裸になるバカいる訳ーーー」

「いいよ」

「いいんかぁい!」


生命力切れで地面に突っ伏すオークと、のんきに温泉温泉と小躍りするボーンウォーカー。

・・・なめられても仕方がないのかもしれない。


「大将。かけ湯用の桶とタオルハ?」

「んなの!これ以上!作れるか!」

「まあ。手で何とかするかのぉ」


若い頃は浴場にはよく行っていたものだが、田舎に引っ込んでからはとんとご無沙汰だ。

ゆっくりとお湯に足をつける。

熱いお湯にびりびりとしびれるような感覚が走る。肩までつかると思わずはぁと絞り出すような声が漏れた。


顔を洗うと唇に塩気を感じる。


手足からじわじわと熱が広がると同時に血の巡りが良くなっていくのが分かる。腰や膝の痛みがまるでお湯へ溶け出すかのように引いていく。


「これはええのぉ」

「お気にめして頂けましたか?」


げへへともみ手をしながらオークは温泉でくつろぐ老人ににじり寄る。

そんなオークをじいと見てから、ソルトは口を開く。


「条件付きで見逃してもいいぞい?」


しばらくして。


満足げに山を下りていくソルトの後ろ姿を見ながらボーンウォーカーは隣で座り込むオークを見た。


「俺にとっちゃ願ってもない事だガ。・・・大将はいいのカ?」


そういう骸骨の隣で座り込むオーク。

ソルトから出された条件はこのダンジョンを湯治場として運営する事だった。

湯治ついでに定期的に様子を見に来て、悪意あるダンジョン拡張が確認できたら即討伐である。


「ーーーくっくっく。見ろ!」


がばりと立ち上がるとオークの手のひらには光線で描かれた球体フラスコが浮かんでいた。

中には不思議な液体がほんの少しだけ入っているのが分かる。


「なんだそレ?」

「生命力だよ!さっきまですっからかんだったのに少しだけだが貯まってる!はっはぁ!こいつはいいぞ!」

「どういう事ダ?だれもダンジョンで死んでないゾ?」

「温泉だよ!温泉!あのジジイが温泉に入った時に身体に溜まっていた淀んだ生命力が温泉ににじみ出たんだ!すごい発見だぞ、これは!」

「ンー。よく分からんが温泉に悪い生命力が溶け出たって事カ?さすが温泉。温泉は全てを解決すル」

「いける。いけるぞ!最初は俺のダンジョンを湯治場なんてふざけんなと思ったが、温泉に生き物をぶち込んでいけばクソジジイにばれずに生命力を貯めれる!」


そして本来あるダンジョンへと返り咲くのだ!とオークの高笑いが山に木霊した。


このダンジョンが冒険者のみならず貴族や王族、亜人や魔族など。

あらゆる種族に愛用される世界屈指のダンジョン温泉になるのはまだまだ先の話である。









高笑いを聞きながらソルトは山を下る。

登りの時に感じていた膝や腰の痛みが驚くほどに軽減している。

あれはただの温泉ではないだろう。


ダンジョンの性質は最初に食らった生物で決定される。

それは成長にしたがって増大する事はあっても変化する事は決してない。


悪人なら悪人であるほど。

狡猾なら狡猾であるほど。

そのダンジョンは凶悪で邪悪になっていく。



だが、もしも。

もしもだ。



最初に食われたのがとんでもない善人だったり、欲のない者であったなら。そのダンジョンはどうなるのだろうか?


それが見てみたいとソルトは思ったのだった。


もし裏目に出たのならば。この命と引き替えにして滅ぼす決意をして、ソルトは軽くなった身体と共に山を下りていった。

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ダンジョン温泉 小塩五十雄 @OSIOISO

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