第7話 勃発



 ラルカ・ルーヴェストが来てからはや数日。


 彼女は家事や雑事を請け負い、おばさんの負担を増やすどころか、減らしていた。

 今にいたっては、おばさんが外出中なので代わりに家の仕事をてきぱきと終わらせていた。


 俺はその手の作業に致命的に疎いので、居候以下だと思うとなんとも歯がゆい。

 もちろんできること、力仕事や貧民街全体への貢献はしているつもりだが。


 俺もやろうとしたら『邪魔になるから』と返され、心が折れそうになった。


 加えて、一番の変化はリリーだ。


 ある時は――


「ラルカ。肩揉んで」


「わかったわ!」


 またある時は――


「ラルカ。食べさせて」


「任せなさい!」


 そしてついには――


「ラルカ。今日の読み書き、代わりにやっといて」


「いいわ――」


「それはお前がやれ」



 思わずらしくなく突っ込みたくなるほど、ラルカに依存していた。

 貴族が自分に付き従っているというのが心地いいのだろうか。


 なかなかいい性格に育ってしまったな。

 いや、よくないんだが。


「アルト・コルネット。貴方も甘えていいのよ?」


「誰がするか」


 リリーに膝枕をしながら言われてもな。

 ラルカが来てから、すっかり家の中が騒がしくなった。


 色々な意味で窮屈になった気はするが、嫌いではない。


 だが、このままという選択肢はきっと、最後に選ぶものだ。

 なぜなら今の――ラルカの現状は、一種の現実逃避とも言える行為だから。

 俺が言える義理じゃないので、それは口には出さないが。


 聞いた所、ラルカは『勇者』に不敬を働いたとして処罰を受けたが、執行猶予としての判決を下されたらしい。

 ある程度の監視下にはあるが、普通に暮らしていく分には困るほどではない。


 だが今後もまた抗議を続けるなら、彼女の居場所は完全に無くなる。

 逆に、彼女が折れればそれで良し。


 折れるというのはすなわち――


「ラルカ、まだ認められないか? あの『勇者』のことを」


「……っ!! ええ、認められない……あの男――オーラム・ジュペインが神に選ばれたなんて」


 彼女と俺の一番の違いは、信心の深さという点にある。

 信仰の有無が、彼女の中の矛盾点なのだ。


「悪名高い奴なのか」


「ええ、そりゃもう! こっちには届いてないかもしれないけど。貴族の中だと特に、隠す気すら無いほどに思うがままに好き勝手してるわ。……残虐性が絡む、非道なこともね」


 なるほど。

 正直に言えば想像通りな人物だ。

 言動からじゃない。

 他人を見るその瞳が、どす黒く光っていたからだ。


「『聖痕スティグマ』についてはどう思ってるんだ」



 悔しい思いはあると、そう前置きをしながら。


「でも、私じゃなくても良かった。適した人物に渡るなら、納得出来た」


「へえ、意外だな」


「意外……かしら。貴方ならよく、分かっているでしょう?」


 透き通るような灰の瞳が、こちらを掴んで離さない。


 なぜ? なにを?

 まるで俺を知っているかのように話す彼女に、俺は少し狼狽える。

 ここに訪ねたときも、何か特別な理由があったように思えた。



 この国で俺が関わった人間は、貧民街のみんなだけだ。

 みんなも俺が帰ってきたとき、事情も聞かずに優しく歓迎してくれた。

 だから俺は、この家と、この街の住人を守りたい。

 俺の記憶は、それで手一杯だ。


 だからこそ、彼女の言動が引っかかる。


「お前は、どういう――」


 そんなとき、聞き流せない一報が戸を叩いた。


「アルト、いるか!? 大変だ、エルナスさんが!」


 隣人のクラストさんが声を上げる。

 声音からは、焦りや緊張が感じられる。


「なにがあった?」


 簡潔に言うと「廃棄場」――この国に問わず、捨てられた子供や行き場のない人間がたどり着く、貧民街の一角に位置する場所。


 そこで問題が発生したらしい。


「……それはほんとか?」

「ああ。だからおめえさんを呼んだんだ」



 ――相手は東の『勇者』、オーラム・ジュペイン。

 貴族が貧民街に降りてくるなど滅多なことではない。

 しかも渦中の人物、最悪の相手だ。


 なんて質の悪い通り魔か。

 いや、起きてしまったことはしょうがない。


 とりあえず、釘を差しておく。


「ラルカ。お前はここで……っていねえ!」


 忽然と姿を消していた。

 ラルカにとってオーラムは因縁の相手。


 鉢合わせになったら衝突は必死。

 今また問題を起こされると、こっちも困る。

 飛び出す前に止めたかったが、仕方ない。


「リリー。お前はここで待機だ」


「リリーは強いよ? らるかよりも、あの『勇者』よりも」


 怒気を含んだ声。

 確かに、リリーには魔法の適正がある。

 ずば抜けた才能がある。


 だが、今の実力はまだ未知数。

 実戦になれば、体が動かないかもしれない。


 加えて、相手が相手だ。

 上手く場を収束させることが出来るかどうか。

 最悪の場合を、想定しておかなければならない。


「頼む。俺に任せてくれ」


「…………ん。分かった」


 助けに行きたいのは、もちろんリリーも同じ。

 胸中にあるもどかしさを飲み込んだ上での妥協。

 だからこそ――


「案内してくれ。クラストおじさん!」


「おうよ! 貧民街への迷惑なんて考えんなよ! やっちまってくれ!」


「上手く収束させるよう善処するよ……」


 俺の恩人で、親とも呼べる人に手を出したんだ。

 そのけじめは、きっちりつけさせてもらう。








 






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