第6話 追放された居候
仄かに霞む蝋の光を頼りに夜をふかす。
……眠れない。
エルナスおばさんとリリーは先に寝床に着き、俺は椅子に腰掛けながら悶々と思いを巡らせていた。
だらんと手を降ろし、背もたれに体重を乗せる。
そして、目を瞑る。
瞼の裏に浮かぶのは、昼間の出来事。
――選定の儀。
ログレスレルクレルクでも同じ様に、『勇者』が台風の目となって変化が起きていく。
理不尽な粛清が。追放が。
――東の『勇者』、オーラム・ジュペイン。
外見で人を判断するのは適切ではない。
けれど、態度と言動を見ていい印象は抱かなかった。
キースのような、呼び起こされた一面とは違う。
生来の気質とでもいうような邪悪だ。
いや、キースもずっと我慢していたのかもしれない。
俺が気づいてやれなかっただけかもしれない。
そして、ラルカ・ルーヴェストだっけか。
異を唱えていた、勇者候補が一人。
背景なんて知らないし、興味もないが。
俺は彼女に、自分を少しだけ重ねてしまった。
ただ彼女は、諦めて逃げてきた俺と違って抗った。
「……俺は、どうすればよかったんだろうな」
それがしこりとなり、俺の喉元にはびこっている。
そんな夜を過ごしていたとき――
コンコンと、静かに戸を叩く音が聞こえた。
俺は警戒態勢に入り、とりあえず尋ねる。
「誰だ」
「私は……ルーヴェストの者よ」
その声には聞き覚えがあった。
「ラルカ・ルーヴェストか?」
「知ってるの?」
「「選定の儀」は、俺達も見に行ったからな」
「それは不甲斐ないところを見られてしまったわね」
「いや、俺はあれを笑ったりしない。まあいい、何の用でここに来た」
「それは――」
彼女は少し間を空けて、それを口にする。
「不躾なお願いだけど、この家に私を置いてくれないかしら?」
意味がわからなかった。
彼女は続ける。
「屋敷を追い出されてしまってね。あちこち行っても追い払われて、こうしてここに来たの」
「貧民街の住人なら、貴族様を追い払うことはしないってか?」
「違う、そうじゃなくて……ここは私にとっても、忘れられない場所だから」
「どういう意味だ?」
「それは……言えない」
「話にならないな」
厄介者が行き着いた先、という訳らしい。
エルナスおばさんは特に、この貧民街を住みよくしたみんなの恩人だ。
親切心が利用されたようで、あまりいい気分ではない。
渦中にある人物を受け入れるなど、嫌な予感しかしない。
「待って! お願いだから!」
「いや――」
「あんたが決めることじゃないよ」
「おばさん……」
扉の前でこれだけ会話してたら、起きてもおかしくないか。
リリーは一度寝たら中々起きないから別だが。
「でも」
「アルト。お前さんはいつから家長になったんだい」
「はあ……もうわかったよ。勝手にしてくれ」
まあ、結果は言うまでもない。分かってはいた。
◇
「お世話になります。エルナスおばさま」
「いいのよっ! 好きなだけいなさいね、ラルカちゃん!」
翌朝、家族で朝飯を囲む。
いや違う。
家族と、居候が一人だ。
「少なくとも、俺は反対だ。おばさんの話をどこから聞いたのかしらんが」
「それは……」
ぶつぶつと言い淀むラルカ・ルーヴェスト。
やはり怪しい。
申し訳ないが出ていって欲しいと心中では思う。
「まあまあいいじゃないか。ラルカちゃんも深い事情があるんでしょう? あんたが戻ってきたのだって、そうだったんじゃないの?」
「……」
まったく、おばさんには敵わないな。
だが俺はこの家を、危険に晒したくないのだ。
「親孝行のつもりかい?結構だよ。あたしの生き方はあたしが決めるさ」
「……分かった、分かったよ。俺の負けだ」
そうなると、最後の砦は青髪の少女。
ふわぁと、欠伸をしながら気だるそうに答える。
「リリーは……あるとにつづく」
適当な返事だが、これで全員一致。
まあ、仕方がない。
警戒は依然として劣らないが。
事情を探りつつ、この居候を認めることにする。
「ありがとうございます。エルナスおばさま。……あなたも、ありがとう」
「俺は依然として反対だからな……」
「それでも、ありがとう……」
深く頭を下げる彼女に、俺は少し困惑した。
◇
それから数日がたち――
気持ちいい朝を、今日も迎える。
すっかり昇った陽の光は暖かく、半覚醒のまま寝通していた。
そこに、そいつはやってくる。
「おはよう! アルト・コルネット! 起こしに来てあげたわよ!」
「お前、かなり図々しいやつだな」
ズカズカと入り込んでくるのは、他でもないラルカ・ルーヴェスト。
この数日ですっかり家に馴染んでしまっていた。
特に、エルナスおばさんに付きっきりで尽くしていた。
本当に他意はないのかあるのか、分かりかねる。
「起きなさい! おばさまが朝の支度を済ませているわ!」
もうそんな時間か。
居候に面倒を見られているようで癪だが、半身を上げる。
「朝食は私も手伝わせてもらったわ! 安心しなさい。毒なんて入ってないから!」
いや、馴染みすぎだろ……。
数日前に泣きついてきたときから、彼女はすっかり立ち直っていた。
おそらくこれが彼女の素で、本来の姿なのだろう。
「はいはい、ありがたくいただくよ」
居間に行くとリリーもいて、豪華で絢爛な食事が用意されていた。
まずは身体を温めようと、スープに手を付ける。
「うまいな」
温かさと、鼻腔を刺激する香りが体に沁みる。
滋養強壮といった、体の芯からあたたまるような感覚が心地よい。
「ラルカちゃんが香草を持ってきてくれたみたいでね」
へえ。それはありがたいな。
それに、何と言っても目につくのは滅多に見られない肉の塊。
肉厚が何十にも層となり折り重なるそれは、普通の家の食卓ではあまりにも異質。
「ラルカちゃんが持ってきてくれたんだよ」
「へえ……ってさすがにおかしいだろ」
肉の塊を持ってくる家出娘がどこにいるのか。
失意のうちに亡命したような口ぶりだったろうが。
こいつ結構余裕ないか?
もう立ち直ったなら帰ってほしいんだが。
「お前追放されたんだよな」
「まあ、似たようなものよ。ただその、私の屋敷自体は基本、私一人で管理しているし、出入りくらいは許されてるから」
「家族は?」
「父様と母様は、深層攻略で亡くなったわ。思い出もあまりないくらいのときよ」
「そうか」
この世界では珍しいことではない。
ただ少しだけ、ラルカ・ルーヴェストという少女のことが分かってきたような気がした。
◇
食事を終えると、膝を抱えて座るリリーに声をかける。
食事中は幸せそうに舌鼓を打っていたが、今はあからさまに不機嫌そうだ。
ようやく事態が飲み込めてきたのだろうか。
「あいつうるさい。じゃま」
「そうだな」
貴族の令嬢と来たもんだ。
リリーは先入観で忌憚する人種だろう。
ただ、おおよそ貴族らしい人柄ではない。
それがリリーの胸中を複雑なものにしているのだろう。
「追い出そうか? 手段なら俺が考えてやる」
「……少しくらいなら、いい」
リリーの判定はギリギリだがセーフとなったようだ。
少しずつ成長しているのか、ラルカ・ルーヴェストという存在がそれほどに異質なのか。
どちらにせよ、我が家には居候が住み着いたのだった。
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