第5話 キース視点①
僕の名前はキース・ヴァレンシア。
北の大国セイヘムにて、『勇者』の称号を与えられた者。
勇者を名乗る不届き者の一派とは一緒にしないでほしい。
正真正銘の、『
それが僕だ。
ある時――勇者は心の在り方であると。誰もが勇者になれると、そう言った奴がいた。
自分の正義感に酔いしれ、中途半端に力を持っていたそいつは、今の僕にとってはどうしようもなく愚図で、一番の不届き者だ。
が、当時の僕はそいつが『勇者』に選ばれると。
自分は選ばれない存在なのだと、そう思っていた。
だが、結果はどうだ。
神に選ばれたのはこの僕だ。
この証のありがたみも分からない、神への信奉が欠けた者など論外。
『聖痕』を用いて人々の上に立ち、導いていけると神は示したのだ。
ありがたみの分からないそいつではなく、僕が選ばれたのは何もおかしなことではない
選ばれて初めて、僕が勇者に相応しい存在だったと腑に落ちてしまった。
世界は僕を中心に回っているのだと分かってしまった。
力が溢れ出るように湧き上がり、僕はそいつに追いついたどころか、追い越した。
反対にそいつは、置いてけぼりになった。
その上選ばれなかったことを理由にか、八つ当たりのごとく僕へと楯突いてくる。
正直、黙って付いてくるなら置いてやってもよかったが、置物としてはうるさすぎた。
だから追放した。
長い付き合いだからと、温情で抱えていたお荷物を捨ててやっと――『勇者』パーティーとして完成したのだ。
これで心置きなく、役割を全うできる。
……そのはずだったのに、現実は甘くなかった。
「キース!そっちに行ったよ!」
前衛のリナが取り零した魔物は、四本の足で地を蹴りこちらへと迫る。
ワーウルフ――本能のままに人を貪る魔物。
「フッ……!」
剣を横に薙ぐと同時に、そいつは跳ねる。
そして僕の首筋へ、その爪を突き立てる。
「くッ……! 触るな!」
咄嗟に振った剣は今度こそ核を切り裂き、魔物は灰のようになって消えていく。
「チッ……!」
爪跡からはポトリと血が滴る。
気持ち良くやられろよ、クソが!
「大丈夫かい、キース!?」
「なんてことない、軽傷さ」
「そうは見えない。治療を……」
「大丈夫だと言ってるだろう!」
二人とも気にしすぎだ。
元はと言えば、リナが仕留め損なうから僕がやる羽目になったというのに。
この僕が、こんな魔物に苦戦するはずがない。
『勇者』である僕が。
少し油断してしまっただけだ。
そうに決まっている。
◇
目の前にいる人物は、冒険者ギルドの長、フェリクス・クロード。
なんとも頼りがいのなさそうな、細面の男だ。
冒険者ギルドというのは名ばかりで、実際は上の連中に管理され、好き勝手に使われる形骸化した組織。
国王直轄の騎士とは違う。
後ろ盾のない、ならず者連中の集まり。
要するに、僕にとっては使い捨ての駒の集まりだ。
そんな組織を束ねる者もまた、使い潰されるだけの自我を持たない人形のように覇気がない。
「キース。……お前、アルトを追い出してんだってな……」
うじうじと悩んだのか、時間を置いて僕に尋ねる。
あいつはこの男のお気に入りだったな。
まったく、面倒な問いだ。
「それがなにか?」
「……なぜそんなことをした。アルトは、お前達を大事に思っていたはずだ」
驚いた。
こんなやつれた、魂が抜けたような男でも、自我はあるんだな。
「僕の、『勇者』である僕のパーティーに邪魔だったからだよ」
「そんなはずは……アルトは優秀だった……」
お前よりも――
そんな言葉が掠れてもれる。
は?
何を言ってるんだ、この男は。
抱いていた哀れみは、ふつふつとした怒りへと変わる。
「あいつが、アルトが僕よりも優秀? そんな訳無いだろうが! あんたの目は節穴かよ」
「……」
フェリクスは押し黙る。
この際、立場を教えてやらねばならない。
「というかあんたさ。自分の立場を分かってるのか? 僕は『勇者』で、この国を背負う重役。みなを導く指針となる者だ。ギルドマスター、あんたみたいなただ回るだけの歯車に、口を出せる権利があるとでも?」
「……それは」
「分かっているのか? 僕の一声で、あんたの立場も追われることになってもおかしくない」
「……」
「僕の言うことにも、やることにも口を出すな。そして従い、敬え。分かったか」
「……わかったよ」
敬語使えよ。
まあ、いい。
こいつは僕の障害にはなりえない。
僕は一瞥を下すと、部屋の戸を力強く閉ざす。
無駄な時間を取らせやがって。
無能ほど僕の足を引っ張りたがる。
この出来損ないも、あいつも――
そうだ、あいつだ。
あいつは追い出しても、頭に深く残る。
――アルト・コルネット。
あいつがいなくなってから、上手くいくはずのことが上手くいかない。
それは決して、万が一にも僕の致す所ではないが。
「何か、何かないか!」
僕の存在をアピールする。
僕が正真正銘の勇者であると証明するための何かが!
そしてその機会は幸運か必然か、丁度良く転がってくるのであった。
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