第4話 東の『勇者』
この国にやってきてから数日が経った。
情けない事情と、時が流れたことによって生まれた何とない距離感も薄れつつある今日此頃。
俺達は、ログレスレルクの城下町に来ていた。
貧民街から城下町へと踏み入れることは、許されることではない。
ただ今日という日は例外。
選定の儀。
その結果を大々的に発表する披露宴を前に、広場には大衆が押し寄せていた。
国に住まう平民から貴族、旅人や目ぼしい情報を探りに来た商人。
果ては俺たち貧民まで。
『勇者』という存在を、それほど大々的にアピールしたいのだ。
思わず馬鹿らしいと思い、深いため息をつく。
「あると、だいじょうぶ?」
「すまん。大丈夫だ。それで、この国の勇者候補ってどんなやつなんだ?」
気を遣わせてしまった。
とりあえず話を逸しておく。
「ラルカ・ルーヴェストっていう高飛車で生意気そうなへなちょこか、リングル家のオーヴェンっていうおちゃらけたボンボン」
「とりあえず、俺達と気が合わなさそうなのはよく分かったよ」
全く人物像は分からない。
貧民街の住人は貴族と相容れない生き物なのだから仕方ない。
俺も例にもれず、だ。
冒険者時代には、お世話になった人もいた。
こんな俺にも同じ目線で語り合ってくれる人は確かにいた。
けれど、馬が合わない人物が多いのもまた事実。
壇上には騎士団長を筆頭とした国の重鎮が集う。
その中でも一際、侵しがたい威光を発する人物。
――ヴォルネス・ジュペイン。
ジュペイン家の当主で、この国の摂政。
貧民街の人間に仕事を与え、その収益の殆どは徴収される。
貧民から平民へと成り代わる――出世する制度はある。
実際にその制度を利用した者も、一昔前はいたらしい。
しかしジュペイン家が実権を握ってからというもの、制度は価値が無体な産物となった。
不可能なほど、厳しい条件に成り代わったのだ。
「おばさんは、あのままでよかったのか?」
「あたしはあそこの住民が好きなのさ。長くあそこにいたからねえ」
おばさんへの仕送りは、決してケチったつもりはない。
報奨金の大半は費やしたはずだ。
今の制度をもってしても、足りうる額は送った。
幸せになってほしかった。
それが俺なりの、親孝行ってやつだと思っていた。
しかしおばさんはその金を私欲のために使うことなければ、懐にしまい込むこともしなかった。
貧民街を住みやすくするために投じたのだ。
おかげで街は目に見えて活気が増した。
一番の変化は簡易的とは言え、孤児院の設立だろうか。
この国の端には、"廃棄場"と呼ばれる場所がある。
城郭に開いた小さな穴。
小さな子供がくぐるのがやっとな抜け道の行き着く先だ。
俺もリリーも、そこでエルナスおばさんに拾われた。
そんな物好きはなかなかいない。
だから孤児院を立てたという。
「エルナスおばさんは本当に、馬鹿だなあ」
「そうさね。あたしは大馬鹿者さ」
「ああ。だからこそ俺は、おばさんが好きなんだ」
「……なんさね。あんたも大人になったもんだ」
本当に、出来た人だ。
おばさんの選択を、俺は尊重する。
「諸君、この度はよく集まってくれた」
そこからは国の歴史や意義、打倒魔物に向けての演説を一通り行っていく。
この手の時間は、なんでこんなにつまらないのだろうか。
「では……この国の未来を背負う『勇者』となった者を、私から紹介させていただこう」
口にしたのはヴォルネスだった。
なぜ宰相が?
口々に騒ぎ立てる民衆などお構いなしに続けていく。
「私から言わせてもらう理由は、説明するまでもなく直に分かる。来い――」
不規則なリズムがコツコツと床を叩きそいつは現れる。
狼のような鋭い眼光と、血で染まったような赤い髪。
カラカラと口端を吊り上げるその男は――不快で不気味だ。
「我が息子、オーラムだ。この者が、『勇者』に選ばれた。つまり、『
あの男が、どんなやつかは知らない。
もう、どうでもいいことだ。
ただ、新しい『勇者』を前に民衆は困惑し始める。
そんな時、高らかに異を唱える声が響いた。
「待ちなさい!」
灰色の髪を長く伸ばした一人の少女が、ガタイのいい騎士達に手足を固められながらも――叫ぶ。
「ラルカ・ルーヴェスト……」
誰かが呟く。
その名前はつい先に聞いた。
勇者候補だったか。
「この男が勇者なんて認められないわ! 聞いている皆も、騙されちゃ駄目よ! この男はまごうことなき、人間の屑なんだから!」
突然の乱入も合わさり、一層ざわめきが大きくなっていく。
それでも、ラルカと言う少女は吠え続ける。
「こいつは日々不当に得た金で、不当に人を貪り嘲る、屑。絶対に信用しないで!」
その場にいた衛兵に抑えられるも、そう吠える。
対して、オーラム・ジュペイン――『聖痕』の所有者は、またもカラカラと笑う。
「言われもない話だ、ラルカ・ルーヴェスト。お前が言っているのは全て、根拠がない妄言に過ぎないのさ」
「なんですって!? あんたが何を――んんっ!!」
口が塞がれ、完全にその場に抑えられる。
対して赤髪の男は、民衆に向かって語り掛ける。
「なあみんな! この女の言うことなんて聞く必要はねえぜ! オレこそが勇者になりうる器だからな。その証拠が……この『聖痕』だ!」
掲げられた手の甲には、白く光る紋様。
キースとはまた少し異なるが。
煌々と輝くその印に、人々は釘付けになる。
「見ろ! 目に焼き付けろ! これが『聖痕』だ! 神に選ばれし者への、神聖なる証! オレを否定することは、神への冒涜だと思え!」
大衆は、その刻印に目を奪われる。
疑心や信仰においての躊躇が次第に薄れ、認め始めるのだ。
新たな『勇者』の誕生を。
パチパチと――手を叩く音がこだましていく。
その熱は徐々に伝播し、広がる。
そしてその熱に当てられた人々は、考えることを放棄する。
「おおおおおお!」
「勇者様~~~!」
「勇者バンザイ!」
それは何度見ても異質で奇妙な――理解しがたい光景だった。
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