第3話 帰還
北から、東へ。
ログレスヘルク。
セイヘムから追放された俺は、半ば茫然自失のまま帰ってきた。
貧民街にある家。
生まれは違うが、育ちはこの街だ。
扉の向こうにある生活音を聞けば、安堵と緊張が心音を上げる。
「いるか? エルナスおばさん」
「……まさか、アルトかい?」
「ああ」
せわしない足音がこちらへと近づき、戸が開けられる。
「久し振りだねえ。なんだか立派になって……」
「おばさんはあんまり変わらないな」
エルナスおばさんは、俺ともう一人。
行く宛のなかった俺達を拾ってここまで育ててくれた親代わりの――いや、第二の親とも言える人だ。
会うのは五年ぶりにもなろうか。
仕送りをしたり、文通したりはしていた。
が、こうして直接顔を見せに行けなかったのが気がかりでもあった。
「なんでまた急に?」
「ああ……そのことだけどさ」
俺がこの国を出たのは、ログレスレルクの格式を重視するやり方がどうしても合わなかったから。
血筋や地位を重視するせいで、俺みたいな貧民街の出が幅を利かせることは出来ない。
「聖都セイヘム」も、根ざした慣習は同じだが冒険者ギルドという受け皿があった。
『勇者になるんだ』
大見得を切って出ていった癖に。
追放されて帰ってきたなんて。
親不孝者だな、俺は……
「とりあえず上がりな。聞けることなら聞くよ。リリーにはちょいとお使いを頼んでるから」
リリーは――俺の妹みたいなものだ。
とりあえずエルナスおばさんには、隠すことはしない。
そうして、俺は堰を切ったように話し始めた。
この五年間の、栄光と挫折を。
◆◆◆
「……は~。国王は本当に馬鹿だねえ」
すべてを話した後、おばさんは深い溜息を付く。
「あんた程の実力者をみすみす逃すなんてねえ。何をしたでもないのに」
そう、本当に何をしたでもないのだ。
変化があったとすればそう――
「『
「ログレスでの「選定の儀」はどうなった?」
東西南北にあるそれぞれの大国で、選定の儀は同時期に行われる。
四人の勇者が誕生し協力して魔物に立ち向かうという伝説があるらしい。
だが現実、各国の仲はあまりよろしくない。
それぞれが魔層でのダンジョン攻略を自らの手柄とするため、騙し憚りの競い合いとなる。
「中々こっちには情報が届かなかったけどね。つい最近執り行われると発表されたよ。その日だけは、あたしらも貧民街を出られるさいね」
ログレスレルクで、勇者になるのは一体誰なのだろうか。
セイヘムの事情に関しても疎いのだ。
皆目見当がつかない。
そんなことを考えていると、不規則なリズムで戸を叩く音がした。
「あけて」
簡潔に用件を伝える声にしては、聞き覚えがありすぎるくらいだ。
おばさんの代わりに俺が出迎える。
「おかえり」
「……あると?」
引っさげた紙袋を床に落とす。
深海のような深い蒼を映す毛髪と瞳。
五年たった今でもあどけなさの残る姿。
血の繋がりはない。
だが、俺と同じ境遇で、同じ様に育った。
妹のような存在。
「久し振り、リリー」
◆◆◆
「そんなの……ありえない。理不尽。絶許」
「そうよねえ」
リリーは眉をひそめ、口をへの字に曲げて訴える。
「なんでなにもしなかった? 見せてやればよかった。ボコボコにすればよかったのに」
「それは出来ないだろ……」
そんなことをすれば、別の意味で終わりだ。
「でも、そんなのおかしい。間違ってる。あるとはこんなに頑張ってきたのに、身を捧げてきたのに、こんな仕打ち、間違ってる!」
リリーの目には涙が溜まっていた。
困ったな……。
俺の記憶の中で、ここまで感情を顕にするのは珍しい。
それほど俺の事を考えてくれているというのは、嬉しさもあるが。
「やり返せばよかった。見せつければよかった!自分のほうが強いって。そんな聖痕もの、意味ないって!そしたら――」
「もう、いいんだ」
収まりがつかないといった様子のリリーを制止する。
言っておかなければならない。
「もう、いい……俺ももう疲れた。せいせいしたくらいだ」
自分の役目だと思っていた。
自分の責務だと思っていた。
魔物を滅ぼし、この長い戦いを終わらせることが、平和につながると信じて。
俺の両親と、弟はここよりさらに西。中央付近の戦線で暮らしていた。
中央には魔層ダンジョンがあり、それはつまり危険が傍にあるということを意味する。
魔物の侵攻によって村は滅ぼされ、家族も殺され、同郷の者も惨殺された。
この世界では何ら珍しい話ではない。
だから魔物を許さないと、悲劇を繰り返させないと誓った。
そのために身をすり減らして、人々のために戦ってきた。
それが結局、罵倒され否定され、ついには追放された。
そして初めて――
世界の平和なんぞ、もうどうでもいい。
そう感じてしまった。
冷めてしまった。
故に決めたのだ。
「あとはのんびり余生を過ごすよ」
ここにある小さな家を守れれば、それでいいと。
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