第2話 俺は『勇者』ではないらしい


 魔物討伐の依頼。


 その最中、俺は後衛とも中衛ともつかない位置にいた。

 というより、はみ出すように突っ立っていた。


「ほらほら! そんなもんかい? クソ雑魚どもがさあ!」


 戦闘中のキースは、目に見えて気性が荒くなった。

 いや……戦闘中に限らないが、輪をかけてその節がある。


 暴力的な側面が呼び起こされたとう言うべきか。

 単に隠していただけなのか。


 リナとエレインは何も言わない。

 時に自分の役割を疎かにしてまで、キースを活躍させる。


 魔物を鮮やかに打倒する『勇者』の肩書の価値をより高めるために。


 忠告はした。

 けれど伝わらず、聞き取られることはなかった。

 むしろ、俺が孤立するのを加速させた。


「はあ……」


 キースを眺めながら、こちらも自分の務めを果たす。

 どれだけ邪険に扱われようとも、仕事に関して手は抜きたくはない。

 だから、別の形で貢献しようと決めた。


 それが補助魔法による、キースの援護。

 人には得意な、手に馴染む魔力の扱い方が存在する。


 火属性や水属性といった属性を付与すること。


 魔力を使って武器の性能を上げること。

 そして魔力を媒介にして、様々な身体的な能力を底上げすること。


 俺の得意とするところは、補助魔法に近いようで異なる。

 だが、応用すれば補助魔法のように仲間の援護をすることも出来る。


 最適解と比べれば格段に効力は落ちるが、無いよりはよほどマシだろう。

 今の俺にはこれくらいしか許されていない。

 そうこうしていると、キースの剣が魔物の核へと達し、火花が散る。


「『聖痕スティグマ』よ、力を貸してくれ!」


 キースの意思に答えるように、紋様は光り輝く。


「うおおおおおお……!」


 そして――振り抜く。

 魔物は姿を維持できなくなり、消え去った。


「やはりすごいな、この力は……!」


 恍惚とした表情で、『聖痕』を眺めるキース。

 リナとエレインもキースに追従する。


「すごいすごい!さっすがキース!」


「まさに『勇者』の力だね。こうして共に闘えて、私は嬉しいよ」


 ◆◆◆


 気づいたことがあった。

 負け惜しみでもなく、僻みに基づく妄想でもない。

 それは、『聖痕』がもたらす影響は何もないという事実。


 かつての俺は、それがもたらす効能というやつに頼るつもりはなかった。


 とはいえだ。まさかここまでとは想像していなかった。


 伝承によれば、選ばれた『勇者』は、その聖なる力を以て悪を打倒せんと。

 そう記されていた。


 何かしらの恩恵は存在すると思っていたのだが。

 持ち主の心を満たすように、感応し光り輝く。

 そこに意味は存在しない。


 あの日から、キースはすっかり変わってしまった。


 優しさの中に力強さを感じる。

 以前の彼に戻って欲しい。

 そう願うのも俺だけなのか。


 この状況を受け入れられない俺だけが、取り残された。孤立した。

 魔物を滅ぼし、世界を平和にするという俺達の使命にとって、なんら変わりはないと。


 誓ったはずなのに。 

 どうしようもない亀裂が、生まれてしまった。


「それほどでもないさ。みんなのおかげだよ」


 キースは微塵もそう思っていない。

 それを隠そうともしない。


 正直、あんな証を手に入れ空っぽな力に溺れるキースを見るのはもう耐えられなかった。

 だから言ってやる。


「違う。全員の力があったからこそ、俺達はこうして無事でいられるんだ。キース、最近のお前は見てられないぞ」


 前衛のリナがヘイトを集め、後衛のエレインが弱点を的確に狙い、生まれた隙を刈り取る。

 俺の助力は些細なものだが、全員が揃ってこのパーティーなのだ。

 キースは仲間への感謝を忘れてしまったのだろうか。


「ふ……あはははは!」


「笑い事じゃ――」


「もういいって! そんなことはさ!」


 俺の抗議は高らかな嘲笑に塗り潰される。


「君の御託はもういい。羨ましいんだろ? この『聖痕』、いや、『勇者』の力がさ!」

「何?」

「羨ましいからって、僕に八つ当たりするなよ」


 何を……言っているんだ、こいつは。

 そんなものに意味はないのに――


 リナとエレインもまた、冷ややかな視線を向けてくる。


「アルト、見苦しいよ~」


「君のやっかみは分かるけど、調律を乱すのは良くないことだ」


 見苦しい?やっかみ?

 何を言っているんだ。


「俺は……」


 言葉が出なかった。

 言い返せないのではなく。


 理解したくなかったのだ。

 長い付き合いだったからこそ、受け入れられない。


 一体どこで道が分かれてしまったのか。


 そもそも、同じ方向を向いてなどいなかったのか。


 四年という月日を共に過ごした仲間のことが、どうしようもなく他人に感じられた。


 ◆◆◆


 それから、一度二度と依頼をこなした。

 感情を無にしながら……こなした。


 キースもリナもエレインも、見知った彼らに戻ることはなかった。

 俺達の溝は、一層深まっていき、その時はやってきた。


「君はもうクビだ。出ていきたまえ」

「……」

「聞こえなかったか?君はクビだと言ったんだ」


 変わったのは、キースだけじゃなかった。


「いてもいなくても変わらないよね!」


「……そうだね。私も賛成だ。君の存在はこのパーティーに――キース・ヴァレンシアにとって相応しくない」


 ようやく理解できた。

 リナもエレインも、『勇者』を支えた英雄としての箔が欲しかったのだと。

 だからこそ俺に近づいたし、だからこそ俺を遠ざける。

 お前の役目はもう終わりだと。


 だが、俺はここで辞めるわけにはいかないはずだ。

 魔物の本土、大陸の中央に位置する魔層ダンジョン。


 挑むには、資格がいる。許可証がいる。


 この立場を失うことは、魔物を滅ぼすという俺の夢も破れることと同義だから。


「……俺に悪いところがあったならなんとかする。もう文句も言わない。だから……」


 頭を下げ、嘆願する。


「しつこいよ~」


「君は、プライドってものが無いのかい?」


 プライドなんてどうだっていい。

 俺は魔物を……家族の仇を取れればそれで、それで――!


「顔を上げろよ、アルト」


 キースは一通の封書を差し出す。

 それは勅令。

 国王からの、勅命を下達する文書だった。


『勇者キース率いるパーティーからの追放。及び今後王都への立ち入りを禁じる』


「……なん……だよ、これ……」


 信じたくなかった。

 嘘だと言ってくれ。

 たちの悪い冗談でもいいから、言ってくれ。


「嘘……だろ?」


「現実さ!! 分かったろ? 君はもう終わりなんだよ! あはははははは!」


――――


 こうして俺は、パーティーを辞めた。

 いや、追放されたのだ。


 『聖痕』が――『勇者』の証がもたらす影響はなにもなく。


 代わりに。

 俺の居場所と、夢を奪っていった。






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