終の魔術師~『聖痕』が浮かび上がらなかった俺は、どうやら勇者ではないらしい~
ふく神漬
第1話 選定の儀
この世界には、『勇者』がいる。
自称ではない。
証として『
それが刻まれし者は、『勇者』と呼ばれる。
『聖痕』は数十年に一度、「選定の儀」にて『勇者』を選ぶ。
そして――
俺達のパーティーはこれまで幾度もの危険に臨み、それを乗り越えてきた。
選定の儀に呼ばれるということは、正式に『勇者』として認められたということ。
俺はパーティーのリーダーを任される身として、もちろんそれは意識していた。
しかし、本音を言うと俺はそんな証に意味なんて感じていない。
何かがあるから勇者なのではない。
勇者というのは心の在り方だ。
その自覚こそ、勇者たり得る資格なのだと。
それが正しさだと、信じてきた。
いや違うな。
俺達の正しさだと――
そう思っていたのは、ただ俺だけだったのに。
◆◆◆
「おらぁ!!!」
魔物を拳で吹き飛ばす彼女の名はリナ。
朱色の髪の獣人。
底抜けに明るい性格と、そんな気性を体現したように豪胆な戦い方が特徴的だ。
相対する魔物の群れをばったばったとなぎ倒していく。
「あ、そっちいったよ……!!」
だがそこをくぐり抜ける小型の魔物に、狙いを定め――
「はっ!」
正確な矢が射抜くのは、エルフの少女。
エレイン・フォン・アリーネ。
殿を務める、弓の名手だ。
「現れたね」
ひとつ目の、巨大な魔物が奥から姿を見せる。
こいつがこのダンジョンのボスで、間違いないだろう。
「硬いな。こちらの矢は通りそうにない」
「あたしもムリ!! あとは頼んだよ、二人とも……!!」
最後の仕上げ、そのために俺達は余力を残していた。
「いくぞアルト!」
「ああ!」
俺は呼ばれて、もう一人の男――
キース・ヴァレンシアと肩を並べて走る。
俺がその巨腕の一撃を避け、その腕を切り落とす。
「キース!!」
「わかってる!!」
キースが投擲した球は、巨体の胸部で爆発する。
魔物の心臓――核がむき出しになる。
「いけえ、アルト……!!!」
――ドッ!!
跳躍し、核に向けて剣を突き刺す。
その瞬間、魔物は静止し、灰のように消えていく。
――俺達の、勝利だ。
◆◆◆
「ひゅー! 今日も連携ばっちりだったね!」
「うん、みんな素晴らしい手際だったよ」
「ああ、僕達はただの一人も欠かせない。全員で一つのパーティーだ」
「そうだな。きっとそういう、天運ってやつなんだ」
「何だよアルト。らしくないこと言っちまってさ」
「ああ、まあ……。今日くらいは、いいじゃないか」
くさい言葉だが、今だから言える。
「ついに明日だものね」
エレインの言葉に頷く。
選定の儀――そこで、『聖痕』が授けられる。
俺達のパーティーは、「選定の儀」に選ばれた。
つまり、『勇者』として認められるということ。
地位も権力もない、捨て子だった俺が光栄にも勇者になれるのは、正直喜ばしいことだ。
しかし、これだけは言っておきたい。
「
水を差す発言だというのは分かっている。
だけど今だからこそ本音で言っておきたい。
「俺達は何ら変わらない。魔物を滅ぼして、平和をもたらす。それが俺達の果たすべき使命だ」
「……そうだな、アルト。その通りだよ」
キースが頷く。
そしてリナとエレインもキースに続く。
俺達の思いは、きっと通じ合っている。
◆◆◆
翌日、謁見の間にて選定の儀は始まった。
この国の大司教、ヘリムさん、いやヘリム様が直々に勇者を認定する。
まるで歳を取らない、不老不死ともいわれているお方だ。
ヘリム様によって、『聖痕』を授ける球体が作動する。
「この神具が、聖なる祝福をその者に与えるであろう」
そして、神具と呼ばれた球体はその場を埋め尽くす程の光を発して――
俺達の視界は、埋め尽くされた。
◆◆◆
目を擦る。
ぼやけた視界は段々と像を結ぶ。
伝承によると確か。
右手の甲……だったか。
しかし、いや……ない。
見知った手のひらは、見知ったそれそのままだ。
隅々に視神経を巡らせるも、ない。
見える場所にないとすれば。
額か、頬あたりだろうか――
「どうした、翳してみよ」
勅令が下る。
翳す?
見えて……ないのか?
額にも、頬にもないというのか。
怪訝な顔をする国王を前にして、動けない。
「なにをしておる」
悪寒が止まらない。
体の芯から冷えていくような感覚。
ない。ない。ない。
あるはずの証がない。
他の、勇者候補に渡ったのか?
そもそも、『聖痕』などただの噂だったとか?
なくてもいいと言った。
けれど、いざとなればやはりままならない。
目に見える証は、やはり使える道具だからだ。
「はやくしてよ!」
「何をしてるんだい!?」
リナとエレインの懐疑の視線が痛い。
言え。言ってやれ。
浮かび上がっていないって。
表れなかったって。
それが咄嗟に、口をついて出てこない。
代わりに、返答が聞こえた。
「――王よ」
他の勇者候補ではない。だってこの声はもっと身近なものだから。
彼は腕をかざし、示す。選ばれし者の証を。
「『聖痕』は――私を選んだようです」
幾何学的な文様が、燦然と輝いている。
「なぜ、そなたが」
ざわめきは伝播していく。
戸惑いが隠せないのは、俺も同じだ。
「なんで……」
絞り出すようにして呟く。
声は掠れ、体は震えていた。
キースは冷静に、淡々と語り始める。
「落ち着いてください。『勇者』に選ばれるのは、強く正しい者。故に私が選ばれたのでしょう」
「どういうことだ」
「アルト・コルネット。彼は強くはあったが、正しくはなかった。邪な考えがどこかにあった。……それは否定できません」
何を言ってるんだ、キースは……
俺へと目を向ける者は、既に誰もいない。
「彼は日頃から、『聖痕』について否定的でした。先日も、そんなもの意味ない。役に立たないと。なんとも利己的で不遜な考え方か……!」
違う。
違うだろキース。
俺はただ、聖痕に縋るのが嫌だっただけで、そんなつもりは……
「神への冒涜に他ならない不徳な信心。それを見透かされてしまっていたということなのでしょう……」
国王への答弁に、俺を引き合いにしてすらすらと答える姿は別人だと思いたかった。
俺がいかに勇者に適していないか、自分が勇者たりうる人材かをここぞとばかり主張し――
高らかに、こう宣言した。
「この私が――選ばれし『勇者』として、その務めを見事に果たしてご覧に入れましょう」
その瞬間から、俺の世界は一変したのだ。
◆◆◆
「見ろよ、落ちこぼれ勇者だぜ」
「ばか言え! あんな奴そもそも勇者じゃないだろ」
これから魔物の討伐に向かう、そんな道中。
城下町で投げかけられるのは打って変わって冷ややかな声だ。
俺は、たった一日で全てを失った。
「金と女にしか目がないんだってな」
「脅迫じみたことしてるとか」
「出自も不明瞭だし、気味が悪い奴だぜ」
怒りや蔑み、憎しみすら向けられる。
身を粉にして、命を懸けて行くというのに。
反対に、キースには黄色い声援が飛ぶ。
「勇者様~!頑張って!」
「頼んだぞ、本物の『勇者』!」
世間の目は、すっかり変わってしまったが、それだけに限らない。
俺のパーティー内での立場もまた、着々と終わりへと向かい始めていた。
――――
ご覧いただきありがとうございます。ブクマや今後評価して頂けるとモチベ上がりまくりますのでぜひよろしくお願いします!
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