「夏合宿」10

13 夏合宿3




「ようはさ、勝手に受験してしまえばいいのよ。死者に遠慮なんかしてないで」

さらりとあきれながらくちにする真琴に、藤沢紀志が肯く。

「その通りですね。ご両親とはいえ、本人の意志にそぐわない妥協をする必要はない。了解を得たいなどと、毎回成績表を仏壇に供えるなど」

「だよねー。私には両親がみえないからいいけど。気持ちはわからないでもないけど、もうこどもの頃に死んだ両親よ?いくら幽霊で出てくるからといって、その意志になんて沿っていられないわ。そもそも、死んだ当時とは時間が経って色々かわってしまってるんだし」

執着なく、あっさり言い切る真琴に。

「そういう篠原だからこそ、死者を供養するのに色々と情緒にこだわって、無駄に関係を長く持つんでしょう。昨夜の、月に人の住む世界から来た幽霊に対するように」

縁側に座りながらの会話に、真琴が思わず、昨夜みた光景が浮かんでいた辺りの空間をみつめてしまう。

「…――あれ、幽霊っていっていいスケールなのかしら?」

「さあ」

関心のない藤沢の様子にあきらめて真琴が天を仰ぐ。

「まあねえ、…。でも、いきなり消えちゃったのよね?あれで成仏したの?誰か知らない人が空中に浮いてるわ、しかも、なんだか、まるで月面みたいな沙漠がこちらに砂まで零れてきそうなくらいリアルにみえて、―――。普段、私は何にも見えないんだけど、あれって、もしかして、お寺の外からも見えたのかしら?」

真琴が首を傾げるが藤沢から返事は無い。

藤沢さんは、クールだから仕方ないかーと、真琴が納得しかけたころ。

手にしたスマホを見ていた藤沢が、淡々といっていた。

「…どうやら、見えていたようですよ?」

「え?」

見せられた画面に、真琴がぎょっとする。

 画面にあるのは、巨大な月。

 巨大な月が、あらゆる建物の上に落ちそうなほどに輝いている。

「各地で目撃されているようですね。巨大な月で、人の姿をみたというものはないようですが」

「…つ、月?月なの?ああでも、…―――どうして?」

「SNS上で、巨大な月と、落ちてきそうなくらいに近い月が現れて突然消えてしまったと騒がれているようですね」

「…どういうことなの?これって?」

昨夜の人と、別?それとも?と目を丸くしている真琴に。

検索して現れた画面を、冷静に確認している藤沢紀志がいる。





14 夏合宿4




「うーみーはひろいーなーおおきいなー」

歌いながら洗い物をしているのは篠原守。

篠原家の台所を守という名分のもと、篠原家では食事を作るのも洗い物をするのも客人にはさせず家のものがすることになっている。

 というわけで、料理を作り、さらにいま片付けて洗い物をしている篠原守である。

ここに、家事分担の概念はない。

「えーっと、あれ?」

洗い物をしながら、台所の棚に置いたタブレットをみて篠原守がかたまる。

「えっと、…あの?」

篠原守の目の前には、WEBニュースとして、SNSで巨大な月が目撃されて消えた騒ぎが取り上げられていた。

「これ、一体どうすれば、…」

御山は頼りにならないし、と。

しみじみして洗い物の手をとめてしまった篠原守だが。

 そこに、さらなる追い打ちがかかることになる。

「な、どーしてっ、…!」

叫ぶ篠原が見守る光景は、いまタブレットの中だけでなく、全国、いや全世界で同時に見られるものだった。



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