第二話 まさかの決闘
清らかな大広間には、先ほどとは打って変わって、辺りは人で埋め尽くされていた。
その群衆の前に立つ、二人の女性。
彼女たちの髪には、豊満な魔力の象徴であるアメジリスの華麗な髪飾りが、その花びらいっぱいに艶やかな紫を湛えていた。
「一つ。あなたたちは私利私欲のために魔法を使うのではなく、公衆の利益になるように魔法を使うことを誓いますか?」
すると二人は首を垂れながら同時に静かに答える。
「はい、誓います」
しばらくの厳かな沈黙ののち、その声は続ける。
「一つ。あなたたちは“外”ではむやみやたらと魔法の力に頼らないことを誓いますか?」
「はい。誓います」
「一つ。あなたたちは……」
彼女たちは皆の前で、卒業の誓を立てている最中であった。これはこの学園古くからの伝統だ。大勢の前での儀式は、彼女たちに色んな意味での疲労をためてきていた。
さすがにそれが限界に達したのか、フィオナがひそかに「ねえ、なんか結婚式みたいじゃない?」とクスクス笑いながら、横の女性に、密に耳打ちをした。
すると、すかさずユリアは「し、静かに。叱られてしまうわ」と答えたが、ユリアも理由の分からない可笑しさにさいなまれ、笑いをこらえるのに必死であった。
しばらく同じような問いかけが続いた末、その威厳を伴った声は言った。
「あなたたちの決意と誓は、確かに受け取りました。ここにユリア、フィオナ。二名の卒業を認めます」
その瞬間カーンと大きな鐘が大広場を震わせた。二人は顔を上げた。
そんな二人はやっと終わったという気持ちもあったが、終わってしまったという思いもあった。自分たちは晴れて卒業なのだ。そんな実感が彼女たちの中には湧いていた。ユリアとフィオナは立ち上がると一歩前に進んだ。この学園では卒業のしるしとして、杖が贈られるのだ。
それを受け取ろうとした時、フィオナは戸外からあわただしい足音が近づいてくるのが感じたのである。途端に、嫌な予感が彼女の脳裏をかすめた。
フィオナは横目にユリアをちらりと伺ったが、彼女はどうやら気が付いていないようだった。ユリアがその素晴らしい杖を受け取ろうとした時、ある声が大広間を震わせた。
「ちょっと、待ったああ」
しゃがれているが耳にスッと届いてくるような不思議な声と共に、後方の扉が勢いよく開けられた。そこには、深紫のローブに身を包み、息を切らした校長が立っていた。
皆の視線が一気に校長に集中していくのが見て取れる。
ジーナス教頭は、やれやれと困ったように額に手を当てていて、この時ソフィアは何とも言えない笑みを浮かべていた。
当のユリアの方は状況がうまくくみ取れずに固まっていた。
「ならん」校長が大きな声を張り上げた。「卒業はならんぞ!」
その瞬間、大広場はざわつき始めた。校長は乱れた呼吸を整えながら、姿勢を正した。
そして何かに急き立てられているかのように「いいか、最後にこのわしと勝負だ。勝ったら卒業を許そう。だが、負けた暁にはおぬしらの卒業は認めん。断じて認めん」と早口で言った。大広場のざわつきは最高到達点に達した。
「校長と勝負?」「勝てっこないっよぉ」「例の如く今年も……」「毎年ひどくなるわ」などの様々な声が大広間に響き始める。
ユリアは突然のことに、ただあっけにとられ、フィオナは苦笑いを浮かべていた。
するとそれを一刀両断するかの如く校長は声高々に言った。
「わしは同じことを二回といわぬ。さあ、お主らのどちらかがわしと勝負をするか、卒業を取り消しするまでだ。二つに一つだ。選びたまえ」
それがまるで決定事項のように頑固とした言い分だ。
するとジーナス教頭が困ったように合いの手を入れた。
「こ、校長。困ります。彼女たちは卒業に関して必要な単位はすべて取得済で、たった今、本校を卒業したところで……」
そんな擁護もむなしく、校長はますます上気した顔で言う。
「ええい、うるさい。二つに一つだ。さあ、選べ!」
しかし不思議とユリアはこの一見自分勝手な校長に嫌悪感を抱かなかった。
それはフィオナも同じだろうとユリアは感じていた。
日ごろから校長を目にしているユリアはその教育熱心なところや、その几帳面さを知っている。
だからユリアには、校長の行動、そして言葉の裏に、これは最終試験だ。最後にわしを倒していけ。その強さを示せ。という強いメッセージがこもっている気がしたのだ。
するとフィオナに手を触れられた。案の定彼女は目を輝かせている。
「ねえ、ユリア。こんなの最高の機会だと思わない?皆の前で校長に勝ったらそれはもう英雄よ! きっと今後十年にわたって名前が刻まれるわ!」
フィオナの口には、やってやる、という悪戯っぽい笑みを浮かんでいる。
ユリアはその言葉に首を縦に振った。
「ええ、間違いないわ」
するとフィオナが「じゃあ、ユリア。ちゃんと見ていてよね」と言って、杖を片手に歩き始めた。ユリアはその背中を後ろから引き留めた。
「ねえ、フィオナ。私にやらせてくれないかしら」
ユリアはフィオナの目をまっすぐに見つめるとそう言った。
その反応にフィオナは少し意外な様子であった。長年の経験上いつものユリアなら大抵このようなことは引き気味なはずだからだ。
「そう? なら、わかったわ」
しかし、フィオナは快く承諾した。卒業は友に華を持たせることに決めたのだ。それにフィオナは分かっていた。長年付き添った友は、きっと校長をも圧倒してしまうということを。
「その代わり」フィオナは釘をさすように口を開いた。「折角の晴れ舞台をあなたに譲るんだから。負けたらただじゃ置かないわよ」
フィオナはぱっちりウインクをしながら、上目遣いにユリアの顔を見た。
その言葉にユリアは顔を綻ばせながら「ええ、任せておきなさい」と微笑んだ。
その間にも広場のざわつきはいよいよ大きくなり、ついには教員が校長を取り囲んで押さえつけようとさえもしている。そんな中、ユリアは声を張り上げた。
「校長。お受けいたしましょう」
天空の巫女と魔法の記憶 @koyomi8484
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