09:取締役会
高層ビル最上階の会議室に集まった取締役たちが、それぞれ定められたアヒルのぬいぐるみを抱き始める瞬間、いつもながら身が引き締まる。最も大きな革張りの椅子に座る会長はマダムダックを、その右にはドナルド・シニアを持つ副会長、左にはベルダックを抱く専務、そしてクレアダックを担当する常務、末っ子のピーターダックは新任の私が拝命していた。「本日の第127回定例取締役会を始めさせていただきます」と会長が切り出すと、5体のアヒルのぬいぐるみが一斉にきしむような音を立てた。
「まず初めに、全ての出席者が自身の役割を正しく理解しているか確認いたします」会長の言葉に促され、マダムダック担当である会長自身が立ち上がる。「私から確認を」と会長は淡々と述べ、「副会長、あなたが抱えるドナルド・シニアは、今日も決算書類を無くしていませんね?専務、ベルダックの婚活は順調ですか?常務、クレアダックの新しい習い事は決まりましたか?そして新任取締役、ピーターダックの夜泣きの対策は?」と順に目を向けていく。
「マダム、いや、会長」と新任の私が声を上げると、「あなたはまだダック家の掟を理解していない。ここでは役職など関係ない。私たちはダック家の一員なのです。会社の序列とダック家の序列は必ずしも一致しないということを、肝に銘じてください」と会長が諭すように言う。会議室の窓から差し込む夕陽が、5体のアヒルのぬいぐるみを不気味なオレンジ色に染め上げ、その影が床に伸びていく。
「では第一号議案、来期の事業計画について審議いたします」会長の声が響き、私の抱えるピーターダックがまるで震えているように感じた。「ドナルド・シニア、この案件についてはあなたの意見が重要ですね」と副会長のアヒルに話しかける会長。「ベル、あなたの若い感性も必要です」と専務のアヒルへ。「クレア、遠慮することはありません」と常務のアヒルに。「ピーター、まだ子供だからと決して諦めないで」と私のアヒルに。
窓の外では、群れをなして飛ぶ鳥の影が、まるでアヒルの形に見えた気がした。それとも本当にアヒルだったのか。「賛成の方は、家族の絆を確認するため、隣のアヒルと目を合わせてください」。会議室に不協和音のようなきしみ音が響き、誰かが小さくため息をつく。私の隣で、常務のクレアダックがかすかに首を傾げた気がした。いや、それは常務自身かもしれない。もう区別がつかない。
「来月の取締役会では、担当するダック家メンバーを交代します」と会長が告げる。「しかし、マダムダックだけは例外です。なぜなら、私こそがマダムダックだからです」。その瞬間、私は理解した。この会社の真の権力は、マダムダックを担当する権利にあるのだと。会長の交代とは、すなわちマダムダックの交代なのだと。ピーターダックを抱く私の手が、少し汗ばんでいた。
問題空間 怪層 @invalid_prime
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