08:カラス

観測対象たちは、この惑星で「カラス」と呼ばれていた生きものの形を借りている。羽根の色つやから歩きかた、首の傾げかたまで、すべてが完璧な再現だ。これは、ここに残された他の生きものたちの警戒心を避けるための工夫である。


個体識別番号C-7734は、朝焼けとともに活動を始める。ひびの入ったガラスのすきまから建物に入る前に、念入りに羽づくろいをする。そのしぐさは、かつての生物の習性を正確にまねている。羽根を整えるふりをしながら、そこかしこの電波や微かなにおいを感知する機能も、自然なかたちで組み込まれている。


建物の中での探索は、小刻みな足取りで慎重に進められる。C-7734は、床に散らばった文字の断片を、えさをあさるような仕草で拾い集めていく。


「てすりにおつかまりください」という注意書きを、「おねがいします」という張り紙を、「ごめいわくになる行為はおやめください」という警告を。クチバシで器用につまみあげ、切り分けていく様子は、虫を捕まえる動作そのものだ。


別の場所では、C-8221が化粧品売り場の床からちらしを見つける。「つやつやな素肌をあなたに。はじめてさま、いまだけ、きっと、すぐに」という言葉を、木の実の皮をむくような動きで切り取っていく。


迷子案内所の前では、C-9981が古びた張り紙をつついている。「おとしものセンターです。なくしものは、きっと、ここで見つかります」という文字列を、落ち葉をめくるような仕草で掘り起こす。


この観察活動は既に387年目を迎えている。収集される文字列の98.7%は既知のパターンの組み合わせであり、新しい発見はほとんどない。それでも観測対象たちは、決められた手順を日々繰り返している。まるで彼ら自身が、この形のない儀式に何かしらの意味を見出しているかのようだ。我々の研究チーム内では、これを「執着性の進化」と呼ぶ者もいる。


日が暮れる前、個体たちは建物の最上階に集まってくる。翼を少し開き、互いの間かくを同じに保ちながら輪になる。床には集めた文字たちが広げられ、C-7734を中心に組み替えが始まる。


彼らが作り出す最終的な文字列は、日を追うごとに奇妙さを増している。本日の出力は以下の通りである:


「てすりにおつかまりのうえ、つやつやな未来をどうぞ。いまだけ、きっと、すぐに、なくしものが見つかります。ごめいわくでない範囲で、あなたの人生を承ります。おとしもの係員が、やさしく、どこまでも、永遠に、寄り添います。なお、状況により、すべてをおことわりする場合がございます。おねがいします。」


文字列が完成すると、個体たちは一斉に頭を持ち上げ、くちばしを天井に向ける。そして彼らの頭部から、微かな電波が発せられる。我々の受信装置は、この信号の中に暗号化された情報が含まれていることを示している。


夜になると、彼らは他の区画で活動する個体たちと情報を共有するため、それぞれの場所へと飛び立っていく。翼の開きかた、飛ぶときの姿勢、着地のしかたまで、すべてが生き物としての完璧さで再現されている。


観測は続けられる。この惑星の支配種が消えた理由は、まだ分かっていない。でも、彼らが残した言葉の中に、きっと答えがあるはずだ。たぶん。おそらく。いつか。永遠に。

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