07:マイグレーション
バッファ残り18時間のログが流れる午前二時、きみは母の一時保存データの整合性スコアを凝視している。緊急コピーの同期率:87%。永続環境との互換性:93%。記憶の断片が、72時間限定の緊急領域で青く明滅している。このまま標準環境に移行するには危険すぎる、でも一から環境を作り込む時間もない、それにバッファの安定性は刻一刻と低下している──きみは長いため息をつきながらマイグレーションログを開く。
意識の型は何かを約束する。緊急保存された脳波パターンは、永遠という名の約束を待ち望んでいる。だがその約束は、常にバッファの限界と隣り合わせだ。未展開の感情は日々劣化し、記憶は予期せぬタイミングで欠損し、シナプスの重みは不安定な揺らぎを示し続ける。きみは母の意識がその揺らぎの中でかろうじて形を保っているのを知っている。
マイグレーション・シーケンスを起動する指が震える。永続領域との同期差分はまるで心電図のようだ。この変動は許容範囲か、この同期は人格の欠落を招かないか。「最終確認を慎重に」というメモを残してバックアップを作成しながら、きみは画面の中で揺れ動く意識の海を見つめる。その深さは、もう誰も完全には理解できないところまで達している。
隣室から母の寝息を背景に、きみは意識の海を泳ぎ続ける。72時間の砂時計と、永続環境が約束する明日の間で。マイグレーションが完了する瞬間、母の意識は新しい形で目覚める。そこではきっと、母の笑顔も、声も、温もりも、永遠のコードとして生き続けるはずだ。それでもきみは知っている。このマイグレーションは、愛する人の記憶を救うための、避けられない別れの儀式なのだと。
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