AYAKASHI YOROZU. 捌

 夢見心地に見たいくつかの場面が記憶に残っている。


 それは天井に見上げたあの透明な箱の中で素っ裸にされ、手術台らしきものに寝かせられた自分を俯瞰している映像。

 半透明の人間が数名、眠っている俺を囲み滅多やたらに医療器具を振るっていた。

 ある者は俺の頭蓋骨をメロンシャーベットの蓋のように外し、中で羽ばたく血のように赤い蝶を慎重に取り出していた。蝶は傍に用意していた竹籤籠に納められた。

 俺の腹を真一文字に切り開いた奴は反対に籠から取り出した何匹かの紫色の蜘蛛を腹の中に詰め込むのに四苦八苦しているようだった。

 また両脚は膝のところで切り取られ、抜き取った大腿骨の代わりにウネウネと蠢く巨大なムカデが押し込まれようとしていた。


 酷いことをするなあと頭の片隅で微かに思った。

 けれどそれ以上の感慨は何も訪れなかった。皮肉なことに怒りも恐怖もなく、俺は淡々と進められるそのスプラッターな光景をただ黙って眺めていた。そして眠っているはずなのに強い眠気が襲ってきて、切り刻まれる自分を見ていることさえ億劫に感じた。俺はその不可思議な夢の中でさらに深く眠った。



 目覚めると次の夢に移行していた。

 今度はずっしりと重いアタッシュケースを片手にエレベーターに乗っていて、俺はムズムズする腹や太腿をさすりながら上昇していく階数表示を睨んでいた。

 自分以外には誰も乗っていなかった。

 そこはどうやらホテルのようだった。

 三十七階で到着音が鳴り、そこで降りた俺は記憶に刻まれていた部屋番号を探して彷徨い、しばらくしてその客室を見つけた。

 俺は躊躇なくドアチャイムを押す。するとすぐに音もなくドアが開き、目つきの悪いスキンヘッドが顔を出した。そいつが中国語らしき言葉で鋭く何かを問うた。俺が短く何かを答えると男は乱暴な手つきで俺を部屋の中に引っ張り込む。


 スイートルームだった。

 広く瀟洒な部屋の窓際にモダンな感じのソファがあり、いかにもチャイニーズマフィアの頭目といった風貌の男が座っていた。

 その男が仏頂面で顎を俺に向けて突き出すと右手にぶら下げていたアタッシュケースが奪い取られた。また着ていたジャケットが弄られ、ポケットから小さな鍵が出てきた。次いで手下の男の一人がその鍵でソファの前のローテーブルに横たわったアタッシュケースを開ける。すると中身は目一杯に詰め込まれた新聞紙の束だった。

 

 数秒後、ソファの男が拳銃を取り出し、無表情のまま俺の頭や胸を数発撃った。俺は倒れたその自分を天井付近から俯瞰していた。


 なるほど、こういうことか。


 眼下に繰り広げられていく阿鼻叫喚に俺はようやく全てを悟った。


 俺の死体から這い出た何匹かの蟲がその場にいた人間たちに次々襲い掛かる。

 紫色の蜘蛛は男たちの口をこじ開けて体内に潜り込み、やがて腹を食い破って血飛沫とともに満足げに顔を出した。

 真っ黒な巨大ムカデは頭目の首や胴体に絡みつき、顔が赤黒くなるまで締め上げた後、容赦無くその体をいくつかに引き裂いた。

 あっという間にスイートルームの床は大量の血と臓物で溢れかえった。

 生き残った者は誰もいない。


 シンとした静寂に満たされたその部屋の天井で俺は長い長いため息を吐いた。

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