AYAKASHI YOROZU. 伍
「なにをしよる。早よう来なはれ」
見上げるとさっきの老婆がそこにいた。
俺は咽びながら震える手で老婆に縋りついた。
まるで迷子になった幼児が迎えにきた母親に抱きつくように。
「まあ、しゃあないわな。おまさん蟲ら見たん初めてやろし」
老婆は俺の頭を撫でながら、また呵呵と笑った。
「そやけど安心おしや。この蟲らあは
しばらくそのまま泣き縋ったあと、俺はようやく少しばかりの正気を取り戻して震える声で訊いた。
「こ、ここはいったい……」
「なんや、あんた、そんなことも知らんと入って来たんかいな」
つかんでいた着物から手を離し、見上げると老婆がその皺深い顔に呆れたような笑みを浮かべていた。
「ここは
けれどそう教えられたところでその意味がよく解せず、俺は説明を求めるように中腰のまま恐るおそるあたりに目を向けてみる。するとやはり竹籠の中にはそれぞれに奇妙で悍ましい化け物の姿があった。
たださっきまであれほど騒がしく耳に響いていたそれらの声はすっかり消え失せ、その代わり彼らが俺たちに向ける視線には総じて刺し込んでくるような強烈な疎ましさが感じられた。ふたたび込み上げてくる恐怖に思わず視線を戻すとその意図を拾ったように老婆は云う。
「怖がらんでもええ。ここにおる蟲も、もとは人やでなあ」
「……ひと?」
「せや、傀儡にされてもうたんや。哀れやろ」
そういうと老婆はその小さな肩を軽くゆすってまたキシシと笑声を立てた。
「あの、それってどういう……」
「ま、このままやったらあんたもじきに蟲になるかもしれへんなあ」
「え、俺が?」
おもわず聞き返すと老婆はくるりと反転して俺に背を向けた。
「そやから商売、商売。次はちゃんと着いて来るんやで」
そう言い捨てるや否や、その姿はまるで氷上を滑るような不思議な歩様で暗がりへと向かっていく。俺はなんとか立ち上がり、フラフラと覚束ない足取りで必死に彼女に着いて歩いた。途端に蟲の声が悍ましく湧き上がり背後から迫り来る。
怖気に駆られた俺は両耳をきつく押さえながら、老婆の背を見失わないよう視線を集中させて歩き続けた。
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