AYAKASHI YOROZU. 貳
狭い四つ角を右に折れ、そろそろアパートにたどり着こうかというところ不意に視野の端がぼんやりとした明るみになった。ビニール傘の端を浮かせながら目を向けるとブロック塀に囲まれた袋小路のその奥に明かりが灯っている。
……店?
二間足らずの幅。
その両隣のコンクリート塀に押し潰されそうなほど狭い間口がどこか闇に迎合するほのかな暖色系の光に包まれている。
俺は首を傾げた。
アパートの周辺は古い民家ばかりの住宅街で店舗らしきものなど皆無だ。しかも寸詰まりのこの小路の奥壁にはずっと前から所有者不明の錆びた自転車が立て掛けられたままになっていたはずである。
じゃあ、最近できたとか?
けれどそれもまったく腑に落ちなかった。
こんな裏ぶれた袋小路ではどんな商売をしたところで採算など取れそうもない。降り続ける雨と闇にいまにも掻き消されてしまいそうなその明るみを俺は訝しげに見つめる。
それにしてもこんな夜中に開いているとはいったいなんの店だ。
居酒屋やスナックにはちょっと見えないが。
知らずその興味に引き寄せられるように足を運ぶと店先の立て板看板に黒々とした墨字ひげフォントで『妖萬』と記されていた。
また首を捻った。
ヨウマン……とでも読むのだろうか?
怪訝に釣られて中を覗き込むと人の姿はなく、まっすぐに伸びた狭い土間路が奥の暗がりに消えていた。そして両脇には大小様々、古風な
季節はもうすぐ夏だ。
カブトムシやクワガタ、鈴虫といった昆虫でも売っているのかもしれない。
俺は畳んだ傘を通柱に立てかけると、店先に置かれた箱ティッシュほどの大きさのそれに顔を近づけてみた。けれどいくら目を凝らしてもなにも見えず、諦めて目を移すとその隣も空で、それからざっと見渡してみたがやはりどの籠にも生き物の気配はない。
俺は肩をすくめた。
たぶんここは虫籠を保管する倉庫みたいなものなのだろう。
そして在庫整理か何かでたまたま入り口を開けているだけなのだ。
曖昧な結論に拍子抜けして踵を返そうとしたそのときだった。
「あいよ、あんた。なんぞ用かいな」
突然、嗄れた声が鼓膜に忍び込むように響いてきた。
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