妖萬
那智 風太郎
AYAKASHI YOROZU. 壹
篠突く夜雨。
俺は小豆をばら撒くような傘音と地面から沸き立つ生温い湿気に顔をしかめながら、住処である古い木造アパートへ続く曲がりくねった迷路のような狭い路地をたどっていた。
まったく、いったいどうなってやがる、俺の人生。
ため息混じりに街灯を見上げると雨の線がそこだけ白く切り取られて雑に消した黒板みたいに見えた。闇に潜んでいた水溜まりを踏んで靴下が濡れる午前零時。
ほんと、なにやってんだろうな、俺。
しとどな雨にすっかり寝静まった界隈。
ただ独り、音もなく雨中を歩く自分。
なんだか亡霊にでもなった気分。
ついさっき半年勤めた中華料理店のホールスタッフをクビになった。
酔っ払った客にしつこく注意されて頭に来たのだ。
愛想笑いで我慢していたはずなのに気がつくと俺はそいつの胸ぐらをつかんで殴り掛かっていた。そしてすんでのところで他のスタッフに引き剥がされ、事務室に呼ばれて店長に解雇を言い渡された。
またかよ。
この気性のせいで二十代前半にして俺はすっかり人生の落伍者と成り果ててしまった。
普段はどちらかといえば気弱で大人しい方だが、ムカつくことがあるとすぐにカッとなってしまい相手が誰であろうとつい手を出してしまう。
高校は教師を殴って退学。
親の伝手で土木関係の仕事に就いたが偉そうにパシリを押し付ける先輩と壮絶な殴り合いをして警察沙汰になりクビ。
それで親にも見放されて勘当同然に家を追い出された。
食いつなぐためのアルバイトは同じような理由でいつも長続きはせず、だからホールスタッフを続けていたこの半年という期間は俺にとっては記録的な長さだった。
しかしそれも今夜で途切れた。
明日からまた職探しをしなければならない。
雨に濡れた肩に憂鬱がどっしりと居座った。
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