僕は彼と・・

ゾンビカワウソ

第1話 10月8日

出窓のサンタクロースが腕に抱えた星のステッキを黄色、緑、赤と点滅させている。

抱きしめた腕の向こうの景色は、彼との思い出で溢れていた。

彼は僕を引き離して両肩に手を添えて、「じゃあ、行ってくるね」と泣きたいのは彼の方なのに僕の目からは雪解けの水のように溶け出てきた。


そして唇を重ねた。


今年のクリスマスはサンタクロースに彼を奪われた。


2030年から各国合意の元、秘密裏に実施されていたというINC計画(Identification Number Chip)識別番号チップ計画がニュースでは毎日のように議論と国会へのデモ活動が特集されている。2055年、25年越しに公表されたINC計画は2030年に生まれた乳児から新ワクチンの接種と題して、個人識別番号やGPS機能などの搭載されたマイクロチップが体内に埋め込まれていたという事実が国会より発表された。また今年より満25歳の成人を対象に個人識別番号13桁の数字とアルファベットで、政府公認のAIにてランダム抽選により数字が算出され選ばれた当人は、その国の代表として徴兵の命が出されるということだった。

情報が開示されたばかりで、ネット上では憶測での議論に盛り上がりを見せている。


テレビのニュースを流しながら、トーストを焼いてハムと目玉焼きを乗せたお皿をテーブルに並べる。沸いたケトルで珈琲と紅茶を入れながらまだ布団に潜り込んでいる彼を呼び起こす。


「相棒、ご飯ができたよ。」


多様性を誰かが叫びだしてから、この国も同性婚が合法化して男女のそれと変わりのない物となっていた。僕と彼は結婚をしているわけではないが、3DKのアパートで同棲を始めて半年ほどになるも喧嘩もなく子供のころには想像もしなかった幸せを暮らしている。「おはよ。・・良い匂い」のそのそと眠い目をこすりながら、カモミールティーを啜りテレビのチャンネルを変えた。

「またこのニュースか・・」顔をしかめた彼は興味もないスポーツニュースで手を止めパンにかじりつく。しかめるのも無理はない、僕と彼は今年で満25歳の対象なのだ。

「どうなるかな・・」

「事実だとして、世間が許さないだろう。一体何のための徴兵なんだかも分からないし。」

不安な気持ちが隠せず彼に問うと、心配するなという顔をしてくれるも、この手のニュースは目に入れたくないらしい。


幼い時よりはるかに多様性が認知され、同性婚のできる世界に変化してきた。

それと相まって、世界的な人口の減少が騒がれているが原因は同性婚だけではないはずだ。物価高、男女の夫婦でも子供を持たない選択をする家庭がはるかに増えた。


多様性、多様性、と否定をすることが完全悪とされた世界の行く末が今なのかもしれない。動物、無機物、二次元のキャラクターとの婚姻、多夫多妻制の容認、マイノリティー側の人間が生きやすくなる一方、マジョリティー側だった人間がマイノリティーとなってきている。

いや、元々みんなと完全に同じ人間なんて存在しなかった。世界がいろんなことに容認をしていったが為に、心のうちに眠っていた、出さなくてもよかった思考が表立ちいろんな性のあり方とされてきたのだ。

恋愛だけじゃない。争うことも多様性だと、何かを制限することが悪とされている。INC計画にしても、それも多様性だという意見が多く存在しているらしい。



「来週の1年記念日だけど・・初めてのデートの場所とかどーだろ?」

そう言えばと、彼が照れ臭そうに聞いてきてくれたことに驚きつつもうれしさを隠せずにニヤケてしまう。

「覚えててくれたんだ。いいね初デートの地」


「あの時言ったホテルも・・」

僕の裾を掴みながら、モジモジと言ってくる顔に体温が上がるのがわかった。

「何を今さら恥ずかしそうに・・ 最高だねそれ」


初めて会った日にホテルに行って、僕の方から告白をした。出会い系アプリでこんな出会いがあるのかと思ったけれど、断る理由も無いからと承諾してくれた彼は記念日とか覚えるのは苦手と言っていた。一応毎月の10日にはおめでとうと僕から言っていたが彼から記念日の話をされたのは初めてだった。


「行ってくるね」高校の非常勤講師を今年から務めることになった彼にフレンチ・キスとハグで見送って食卓を片して、夜ご飯のお米を炊飯予約をした。洗い終わった洗濯物を干して、パソコンに向かい文章を紡いでいく。

決して裕福ではないが当分は死なないお金を18歳から働いて正社員でコツコツと貯めてきた。月の収支的にはまだマイナスの方向だけど20代のうちに自由な時間を作りたくて同棲を機に彼に相談をしてフリータを選んだ。文章を紡ぎたい。働きながらでもできるけれど、文字を繋いでいくのは想像以上に魂を削る作業で、お金になる、ならない関係なしに書きたくなったのだ。


手を緩めて、お昼のバラエティーを流していると速報ニュースが流れてきた。


【INC計画 抽選11月1日決行と発表】


目まぐるしい速さで自分の知らない場所で、自分に関する事が急速に進んでいる事に胸の中の何かが張り裂けそうな気持になる。


僕はただ、好きな人と穏やかに暮らしたいだけなのに。 

頭を整理するために目を瞑った




「ハルキ・・」 目を開くとコウキが心配そうな顔を向けていて、眠ってしまっていたことを理解して体を起こすと机に突っ伏して寝ていたので節々が痛んだ。


「あ、ごめん。寝ちゃってた。夜ご飯作ってないや」

言い終わる前にコウキの両腕がギュっと僕の体を蛇のように力強く締め付けてきた。


「俺、怖い・・」 

「僕も・・」 


僕たちは朝まで体を抱き寄せて心を補い合った。

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