眠り姫の夢森さん。寝ぼけた顔で僕のことを旦那様と呼んでくる

凪奈多

隣の席の夢森さん

 僕のクラスには一人、異彩を放つ女生徒がいる。

 名前は夢森睡華ゆめもりすいかさん。

 眠り姫の異名でも知られる彼女は、学校にいる時間のほとんどを寝て過ごしている。


 もちろんずっと眠っているわけではない。

 昼食の時やトイレの時はふらっと目を覚ますし、移動教室のときは移動してから眠っているし、体育のときもうとうとしながら参加している。


 そんなずっと眠っている夢森さん。

 彼女を先生が注意しないのは、ひとえに授業を聞いていなくても成績が良いからだ。

 入試の成績は首席。それ以降の定期テストも今のところずっと一位。

 それでも初めの頃は先生も注意をしていた。

 しかしいくら注意したところで夢森さんは眠ることをやめないし、眠っていても成績はトップ。

 きっと注意することもバカらしくなったのだろう。いつの頃からか先生たちは注意することをやめた。


 そんな夢森さんが異彩を放つもう一つの理由。

 それは百人に聞けば百人が可愛いと答えるであろう、その容姿にあった。

 高校生にしては小さめな身長に、控えめに膨らんだ胸。腰の辺りまで伸ばされた茶髪に、大きな瞳。

 どこか浮世離れしたその容姿は、なにかのおとぎ話のお姫様のようだった。


 そんな夢森さんと僕は、先日席替えをして隣同士の席になった。

 十二月になって寒くなっているからか、夢森さんはマフラーに手袋、毛布を被って完全防備で今日も眠っていた。

 そんな夢森さんの様子を僕は授業を聞き流しながら他の人にバレないように横目で見つめていた。

 夢森さんの回りだけ、世界観が違うような、そんな不思議な感覚。

 夢森さんを見ていると自分もその世界の一員になれたような感覚がして、授業の退屈な時間も忘れられて……なんというか居心地がよかった。


 不意に夢森さんと目があう。

 まだ寝ぼけているのだろう、どこか焦点のあっていない大きな瞳は、それでも僕のことを捉えていた。

 僕のことを見つめる夢森さんは、徐々に頬を緩ませていき、未だ呂律の回っていない言葉を僕に向けて放つ。


「……んぅ、おはよぉ旦那様……。今日のあさごはんはね、旦那様の大好物のしゃけを焼くからね……」


 ……旦那様……? 

 夢森さんは僕の方を見てその言葉を言ったが、断じて僕のことではない。

 当たり前だけど僕は夢森さんの旦那ではないし、そもそも席が隣同士である以上の関係がない。

 会話もろくにしたことないし。


 きっと夢と現実を混同したのだろう。

 寝ぼけている様子だったし。

 それにしても、夢森さんの声があまり大きくなかったのは助かった。今の言葉を誰かに聞かれていたら、変な誤解を生みそうだし。


「んぅ……あれ……? 旦那様ちっちゃくなった?」


 眠そうな目を擦りながら、夢森さんは僕に向けて尋ねる。

 何て答えたものか悩んでいると、徐々に目が覚めてきたのだろう、夢森さんは周囲を見渡し、そして顔を赤く染めていく。


「ちっ、違うの!! だ……じゃなかった、りーくん! これは決して夢ではりーくんが私の旦那様って訳じゃなくて──」

「ちょ、夢森さん! それは分かってるから、ボリューム! 声のボリューム抑えて!」


 僕の言葉に、夢森さんは周囲を見回した。

 気づいたことだろう。先生を含めた、教室中の視線が僕たち二人に注がれていることに。

 僕からしたらとんだもらい事故な訳だけど。


 そんなクラス中からの視線に気づいた夢森さんは、顔をさらに真っ赤に染め、身に付けていたマフラーで顔を覆い、机に突っ伏す。


「~~~~っ!! おやすみ、寝ます!」

「え、あぁ、えぇ……」


 視線に耐えかね、再び眠りについてしまった夢森さん。必然と言うべきか、教室中の視線は僕が独り占めすることになってしまった。


「えーっと、まゆずみ? これはどういう状況だ?」

「……僕にも分かりかねます……」


 今の授業を担任している先生が僕に尋ねてくるが、僕は首を横に振る。

 だって本当に分かんないし。

 一番困惑してるの僕だし。


「そうか。まあ、いい。ついでだ。黛、この問題の答えは分かるか?」

「え? えーっと……──」


 問いに答えると、先生は授業を再開した。

 それにしても今日は厄日かなにかなのだろうか……。

 未だに教室の至るところからチラチラと視線を感じながら、僕は机に広げたノートに視線をおとした。


 ……そういえば、さっき夢森さん僕のことをりーくんと呼んでたような……。

 りーくんというのは僕、黛りんの小学生時代のあだ名だ。

 この高校には僕の小学校時代の同級生はいない。当然、僕の通っていた小学校に夢森睡華という生徒はいなかったはずだ。

 ずいぶん懐かしいあだ名が夢森さんの口から放たれたことについて考えていると、いつの間にか授業は終わりを向かえていた。


◆◇◆


 あれから数日たった。

 夢森さんは相変わらず寝てばかりで、たまに起きては寝ぼけた顔で僕のことを旦那様と呼んでくる。

 そして、目が覚める度に顔を真っ赤に染め上げ再び眠りにつく。そんな毎日を過ごしていた。


 それから、夢森さんはたまに寝言を呟いていることもあった。


『おかぇりぃ、だんなさま。ん……。だんなさまとのちゅう好きぃ……。きゃっ……。ふふ……くるしいよ、だんなさま。ベッドいく……? えへへ、わたし子供は三人ほしいかなぁ──』


 このように。

 彼女は授業中であるというのにも関わらず、なかなか過激な寝言を呟いていた。

 彼女がどんな夢を見ていたのか、想像に難くない。

 幸いなのは、寝言なのもあって声が小さいこと。

 なにかボソボソと言っているのは聞こえているかもしれないが、何て言っているのかは聞き取れないほどの声の大きさだ。

 隣の席で、かつなんだかんだ夢森さんに注意が向いてしまう、僕だから気づけたことだ。


 そんな夢森さんに関して。いや、まだ夢森さんと確信がついたわけではないんだけど。

 僕のことをりーくんと呼んだ夢森さん。

 僕のことをそのあだ名で呼んでいた人について、一人思い出した。

 小学校のときに通っていた塾で仲良くしていた女の子。

 彼女とは通っていた小学校は違ったけど、たまに二人で遊んだり、一緒に勉強をしたりなど、交流は彼女が塾に来なくなるまで続いた。


 そんな女の子。名前は思い出せないけど、僕が呼んでいたあだ名なら思い出せる。

 ちゃん。

 僕は彼女のことをそう呼んでいた。

 僕が、小学校時代仲良くしていたすいちゃんと、僕のことをりーくんと呼ぶ夢森華。

 これは偶然だろうか……?


◇◆◇


 十二月二十三日。終業式を終えた放課後。

 僕は、グラウンドから届く運動部の声や、吹奏楽部の楽器の音がこだまする廊下を歩き、教室へと向かっていた。

 一度は家に帰ったのだが、冬休みの課題用のノートを教室に忘れてきたため、取りに戻って来たのだ。


 教室に入ると、僕の視線はある一点に向かった。


「夢森さん……?」


 もう放課後だというのに、夢森さんは机に突っ伏して眠っていた。……それも僕の机で。

 ノートは机の中にあるため、ノートを持ち帰るには夢森さんを起こす必要がある。

 しかし、なんというか……こんな幸せそうな寝顔を見せられると、起こすのに罪悪感が沸き上がる。


 とはいえ、ノートを取るためには起こさなければならないし、夢森さんには聞きたいことがいくつかある。

 すいちゃんのこととか。……どうして僕の机で寝ているのかとか。


 だから僕は夢森さんの耳元に顔を寄せ、呼び掛けることにした。

 本当は肩を揺すったりしようかとも思ったが、女の子の身体に勝手に触るのもどうかと思い、悩んだ結果まずは声だけで起こすことにした。

 それでも起きなかったら、揺することにしよう。


「も、もしもーし、夢森さん」


 声をかけるも反応はない。


「おーい、起きてくださーい」


 やはり反応はなく、僕は意を決して夢森さんの肩に触れ、優しく揺する。

 もちろん、声をかけるのもやめない。


「……んぅ」


 しばらくそうしていると、夢森さんの口から吐息が漏れた。

 そして、ゆっくりと目蓋が上がっていき、眠そうな瞳で僕のことを捉える。


「……おはよ、旦那様……。わたし、寝坊しちゃった……?」

「おはよう、夢森さん」

「あれぇ……、今日はちっちゃいほうの旦那様だぁ……、ふふ、かぁわいい」


 夢森さんの手が僕の頬を優しく愛でるように触れる。

 僕は、そんな予想していなかった夢森さんの行動に何が起こったのか理解できずに硬直してしまった。

 分かったのは、夢森さんの手が小さくて柔らかいこと……キモいな僕。


「ゆ、夢森さん……!」


 なんとか絞り出すように発した僕の言葉に、夢森さんは肩を震わせ……、そして、はっきりと目を覚ました。


「りーくん……どうしてここに……あっ、ごめ……!」


 僕に触れていることに気づき、伸ばしていた手を急いで引っ込めた夢森さん。

 慌てすぎてなにも考えられなくなっているのか、僕の方をじっと見つめて、夢森さんはただ硬直していた。


「起こしちゃってごめんね。冬休みの課題を持って帰るのを忘れちゃって」

「そ、そういう……」

「うん。それで少しだけ退いていてもらっていいかな? 夢森さんがそこにいると取れなくて」

「え……、あ……! 私、りーくんの机で寝ちゃって……⁉」


 夢森さんは飛び退くように椅子から立ち上がり、顔を覆いながら後ずさる。

 夢森さんのこんな俊敏な動き初めて見たな。


「……気持ち、悪いよね……?」


 覆った手の隙間から、僕の顔色をうかがう夢森さん。その表情はひどく怯えた様子で。


「そんなことないよ……すいちゃん、であってるよね?」

「! 覚えてくれてたの……⁉」

「思い出した、かな? 夢森さんが僕のことをりーくんと呼んだから」


 僕がそう言うと、夢森さんは覆っていた手を顔から離し、僕の顔をじっと見つめながら、僕との距離を縮めてくる。

 そして僕の目の前に来て、上目遣いで。


「夢森さん、やだ。また、すいちゃんって呼んで?」


 吸い込まれるような美しい瞳。長い睫毛。毛穴一つ見えない卵のような肌。かなり手入れをされているのだろう、腰の辺りまで伸ばされた黒髪は彼女が動く度、波のように揺れている。


「す、すいちゃん……」

「うん、んふふ。りーくん久しぶり」

「ちょっ──⁉」


 胸の辺りに軽い衝撃。見下ろすとすいちゃんが僕に抱きついている。

 僕は慌てて後ずさろうとするも、すいちゃんは逃がさないと言わんばかりに抱き締める力を強める。


「……りーくんの匂いだぁ。懐かしくて……落ち着くぅ……すやぁ」

「え……ちょ、ちょっと待って! すいちゃん寝ないで! 動けないから寝ないでー!!」


◆◇◆


「んぅ……、旦那様ぁ……?」

「やっと起きた……」


 僕に抱きついたまま眠りに落ちたすいちゃん。数分間、あれこれと試して、そんなすいちゃんをなんとか起こすことに成功した。

 しばらくすると、はっきりと目を覚まし、抱きついていることを思い出したのか、頬を赤く染め、そろりと僕から離れる。


「その……ご、ごめんね……。舞い上がっちゃって、つい……」

「それは、いいんだけど……、えっと、ずっと気になってたんだけど、旦那様ってなに?」


 僕は、自分の席に座り、机の中のノートを取り出した後、自らの席に座り直したすいちゃんの方へと視線を向け、尋ねた。


「あ……そっか、りーくんは聞いちゃってるんだもんね……。えっとね、旦那様っていうのは……」


 すいちゃんは口にするのが恥ずかしいのか、小さく息を吸い、頬を赤く染めながら僕の質問の答えを口にする。


「私の夢の中ではね、私とりーくんは結婚してるの。それでね、私はりーくんのことを旦那様って呼んでるの。旦那様は前みたいにりーくんって呼んでほしいみたいなんだけど──」

「ちょ、ちょっと待って⁉ 結婚⁉ 僕とすいちゃんが⁉」

「うん、りーくんがすごいロマンチックなプロポーズしてくれたの。あの時の言葉は今でも一言一句完璧に思い出せるよ。『一生君のことを──」

「ちょいちょいちょいちょい! そういうことじゃなくてっ! なんで僕なの⁉」

「なんでって……りーくんのことが好き、だから?」


 好き? 好きって言ったのか、すいちゃんは。僕のことを? 何年も会ってなかったのに?


「すすすす、好きって……何年も会ってなかったのに……ど、どうして……?」


 動揺しすぎてきもい反応をしてしまった。

 だって好きだなんて生まれてこのかた言われたことないし……。

 しかし、今の反応はもし本当にすいちゃんが僕のことを好きなのだとしても蛙化してしまうのではなかろうか。


「あのときからずっと好きだったんだよ? りーくんは気づいてくれなかったけど」

「あのときから……」


 あのとき。僕とすいちゃんが一緒に過ごした小学四年生の頃だろう。

 それから一年ほどの間、僕とすいちゃんは塾で一緒に勉強したり、帰り道に少ないおこづかいで寄り道したり、休日に一緒に遊んだりしていた。

 そして、僕になにも言わずにいなくなった。

 あの頃から僕のことを好きだったと言うなら、だと言うならなんで……。


「……なら、なんで、僕になにも言わずにいなくなったの……?」


 思い出すのはすいちゃんがいなくなった日。

 その日は本当に唐突に訪れた。

 前日はいつものように遊んでいたのに。

 翌日、塾にはすいちゃんの姿はなくて。風邪でもひいたのかなと思っていたけど、その日以降すいちゃんが塾に顔を出すことはなくて。

 後から人伝にすいちゃんが塾をやめたことを知った。

 すいちゃんにとっては僕はその程度の関係だったんだと悲しくなって、せめて話を聞きたくてすいちゃんとよく一緒に遊んだ公園などを探してみたけど、あの日以降僕たちは会うことはなかった。

 すいちゃんがいなくなる前日に交わした『また明日』という言葉を最後に。


「……そうだよね、私もりーくんに言えなかったことだけ後悔してる。でも、言い訳をさせてほしいの」

「言い訳?」


 それから、すいちゃんはゆっくりと言葉を並べる。

 両親がすいちゃんの教育方針でもめていてずっと不仲だったこと。

 どうやら、すいちゃんの母はすいちゃんにいい大学に行ってほしかったらしく、対してすいちゃんの父はすいちゃんのやりたいことをやらせたかったらしい。


 当時は家に帰るといつも両親が喧嘩をしていて家には帰りたくないし、学校でも勉強ばかりであまり友達がいなくて、僕といる時間が救いだったこと。


 そんな中、すいちゃんがいなくなる前日、僕と別れてから家に帰ると、両親の離婚が決まっていたという。

 その日のうちに母親の実家に連れられることとなり、僕に伝えることは叶わなかったと。


 言葉を失う。当時の僕はまだ子供だったとはいえ、すいちゃんがこんなにも色々なことを抱えていたなんて気づけなかったから。


「だからね、私にとっても急なことで、りーくんに伝える間もなく引っ越すことになっちゃって……。だからきっとりーくんに心配かけちゃったんじゃないかって……」

「そりゃあ、心配はしたけど……」


 でも、それ以上に。


「……僕はすいちゃんがそんな大変だったことを、いつも一緒にいたのに気づけなかったことが悔しい」

「それは違うよ! さっきも言ったけど私にとってりーくんと過ごす時間が癒しで救いだったの」


 分かっている。すいちゃんの家の問題だ。僕になにかできたわけではない。

 でも、気づきたかった。彼女の助けになりたかった。友達として。

 こんなのただの自己満足だって、分かっている。


「……今はどうしてるの? 引っ越したって話だったけど」

「今? 今は一人暮らしだよ。ママはまだ向こうにいるから一人で戻ってきたの」

「そうなんだ」

「うん」


 しばし沈黙。すいちゃんは僕の顔を見続けるのみで、口を開くことはない。

 ていうか、そんなにみられると普通に緊張する。

 すいちゃんの容姿があまりによすぎるから。

 思い返してみたら、昔のすいちゃんも可愛らしかったけど、今はその比ではない。

 僕はすっと、すいちゃんから目をそらし、椅子から立ち上がり、目的のノートを鞄の中に閉まった。


「……じゃあ、ぼくはそろそろ……」

「え……?」

「まだなにかあった?」

「ま、まだりーくんからの返事が聞けてないんだけど……」

「返事?」

「告白のっ! 私、りーくんのこと好きって言ったよねっ⁉」


 確かに言われたけども……。あれ、返事した方がいいやつだったんだ。

 告白ってよりも、勢いで好きと言われただけのような気がしたから、忘れた方がいいのかなぁ、なんてことも考えていたのに。

 まあ、どちらにせよ、すいちゃんが返事を望んでいるのだから、そうするべきなのだろう。


 とはいえ、返事。告白の返事……。

 僕はすいちゃんのことを好きなのだろうか。

 あの頃の僕はすいちゃんのことを友達として見ていた。友達として好きだった。

 しかし、恋愛感情は全くといっていいほど抱いていなかった。


 では、今はどうだろう。僕とすいちゃんは謂わば幼なじみ。

 そんな誰もが振り返るほどの美少女となった幼なじみが、僕に好きだと告げてくれている。

 嬉しいことは間違いない。でも……、いまいちすいちゃんと付き合うということに現実感がわかない。

 なにより、僕は今のすいちゃんについてほとんどなにも知らない。


「……やっぱり、気持ち悪いよね……」

「…………え?」

「りーくんに会えなくなる寂しさから、りーくんのことをずっと妄想し続けてたら夢にまで出てくるようになって、夢でならりーくんに会えるからって四六時中寝るようになって結婚までするような女気持ち悪いよね知ってた!!」

「……? なんで急にそんなことを……?」

「だってりーくんなにも言わないし。どうやって私のことを振るのか考えてたんでしょ……?」

「そういう訳じゃないんだけど……」


 いや、当たらずとも遠からず、か。

 考えていたのはどうやって振るのかではないけれど、でも……。


「ごめん、すいちゃんとは付き合えない」


 人間は数年あれば変わる。僕も昔に比べれば少し落ち着いた静かな性格になっているし、すいちゃんも昔はあんなに寝てばかりの子ではなかった。

 今のすいちゃんを僕はあまり知らないし、すいちゃんも今の僕をよく知らないだろう。

 だからまだ付き合えない。

 もっとお互いのことを知って、その時お互いが好きあっていたら。


「やっぱりぃ……。私のことが気持ち悪いんだぁ…………」

「違う違う!! そういうことじゃなくて、久しぶりの再会で、僕もすいちゃんもあの頃とは変わってると思うからさ。だから、もっとお互いのことを知って、ずっとすいちゃんと一緒にいたいって、そう思ったときは……その時は僕から告白するよ。もちろん、その時にすいちゃんが僕への気持ちにさめていたら振ってもらってもいいから」

「……つまり、私はこれからりーくんに好きになってもらえるように頑張ればいいってこと……?」

「そういうことに……なるのか……?」


 そう言われると、すごい上から目線みたいで嫌だな……。でも、実際すいちゃんの立場ならそういうことになる。

 そして僕も頑張ることになる。


 すいちゃんのような美少女からの告白なんて、断る男などほとんどいないだろう。どう考えても、僕とすいちゃんは釣り合っていない。

 すいちゃんは、かつての僕から想像した理想の僕、『旦那様』に恋をしている。

 旦那様と僕は、名前が一緒なだけで、きっと顔も性格も口調も何もかもが僕とは違う。

 すいちゃんが今の僕を知ることで、僕に幻滅してしまうかもしれない。

 だから、僕も頑張る。すいちゃんに、今の僕を好きになってもらうために。


「僕も頑張るよ。『旦那様』に負けないように」

「? 旦那様はりーくんのことだよ?」

「うん。それでも」


 これは僕の問題だ。

 彼女の夢見た理想の『僕』に負けない僕になる。その決意を口にだしておきたかっただけだから。


 それから僕はすいちゃんと連絡先を交換し、今度こそ帰るために教室の扉の前に立った。


「そうだ、すいちゃん。明日は暇?」

「え、うん」


 振り返り尋ねた僕に、すいちゃんが呆けた顔で頷く。

 そんな美少女の顔をみて、僕は言葉につまる。次に言おうとしていた言葉が口から出ようとしない。

 ……うん、なかなか覚悟がいるものだ。

 昔みたいにはいかない。

 でも、彼女にふさわしい、『旦那様』に負けない僕になるために。


「あ、明日は暇? 久しぶりにあ、遊びに行きませ──」

「行くっ!!」

「あ、え──」

「りーくんとデートだあ!!」

「え、で、デート……?」

「だってクリスマスイブに男女でお出掛けってそれもうデート! りーくんとデート!!」

「デート……だね、うん、デートだ。すいちゃん、僕とデートしてくれますか?」

「しますっ! ふふ、やったぁ」


 それから予定は連絡するといって僕は教室を後にした。

 それにしてもあの嬉しそうなすいちゃんの笑顔。あの顔を裏切らないようにしないと。

 こんなプレッシャーの中、旦那様は彼女を喜ばせ続けたのだ。僕も負けてはいられない。

 とりあえずプランに服、後、集合場所に時間も。色々決めて……。


 夢森さんと隣の席になって、夢森さんがすいちゃんだと分かって、こんな関係になって……、全く想像していなかったことだけど、それでもすいちゃんの期待に応えたいというこの気持ちは本物で。


「──どん!」

「うおっ⁉ って、すいちゃん?」

「うん。りーくんって昔とお家の場所変わってないよね? 方向一緒だし、一緒に帰りたいなぁって」

「……うん、もちろん」


 まだこの気持ちが恋愛感情かは分からないけど、でも、彼女のこの笑顔を守りたいと、心からそう思う。

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眠り姫の夢森さん。寝ぼけた顔で僕のことを旦那様と呼んでくる 凪奈多 @ggganma

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