黒ギャルタイプのAIが教える今日の夕飯レシピ
渡貫とゐち
今日の献立は?
妹が海外へ半年ほど旅行へいくと言うので、おれはその間、妹の家の管理を任されることになった。せっかく綺麗な新築マンションなのに、一か所で落ち着いていられない妹はあちこちを転々としている。とうとう国内では満足できずに海を渡ってしまったか……遅かれ早かれ、こうなることは想定していたけれど。
ほとんど使われていない部屋の家具たちが可哀そうだ。……と思ったけれど、使われた分だけ摩耗していく家具たちは、使われずに保管されている方が実は幸せだったりするのではないか?
道具は使われることが幸せで、使った方が道具も喜ぶんだよ、と勝手なことを言うのは人間のエゴなのではないか。
勝手に作られ、勝手に使われ、酷使され、摩耗していく……やがては役目を終えてスクラップになる。道具の幸せとはなんだろう?
使われないことなのか、使われることなのか。会話ができたら聞いてみたいものだった。
「おーい、【ヒメ】、今日の夕飯の献立を教えてくれ」
『えーっと、いま冷蔵庫内にある材料なら…………パエリアなんかどうっすかねー? 足りない材料を購入すれば、かんたーんに作ることができますよー』
「じゃあそれでいこう。材料を教えてくれ。内容はスマホで受け取るから」
――新築マンションに備え付けられていた高性能AI。
妹が付けた名前は、【ヒメ】だ。
なぜか黒ギャル十代という設定らしいが……、確かに声の高さや、従来のAIとは違う抑揚がついた発声、AIとは思えない感情豊かな性格は、十代らしい元気な女の子だった。
部屋中の壁に小さなスピーカーが設置されているので、おれがどこにいるのか、を把握し、近くのスピーカーから彼女の声が聞こえてくる。
遠くの部屋からおれを呼ぶこともあるし、耳元でそっと呼んでくることもある。部屋全体に聞こえるように、ではなく、おれにめがけて声を届けてくれるのだ。壁も厚いし、防音性能も高いので大声で叫ばれても困りはしないのだが……高性能だからだろうか?
『今日はこうやって呼びたい気分なんですぅー』と、ヒメは効率ではなく気分で決めているようだ。AIが進化していくとこうなるのか……、未だに声だけ、という壁は突破できていないが、しかしある程度の自由を得ている。
人間に従うだけの機械ではなくなってきているが……危険信号な気もするけど?
いずれ、AIに支配される人間、という擦られ続けてきたSF世界になってしまうのではないか?
スマホに通知がきて、夕飯に必要な材料を下のスーパーまで買いにいく。
妹は食材を配達してもらうとか、そもそも料理自体を届けてもらうなりするだろうが、おれはやっぱり、自分の足で、自分の手で、がまだ離れられない。
他人が信用できないわけではないが、全てを便利にしてしまうと味気ないのだ。
音楽はあえてレコードで聞くみたいなことだろうか。
サブスクで垂れ流しでもいいのだけど……やはり味がない。
味がないなら、味わうこともできないのだ。
「さて、一階のスーパーにいくかな……ヒメ、軽く掃除しておいて」
『もう綺麗ですよー、だからしなくていいんじゃないっすかー?』
「めんどうだから褒めてるんだろ。褒めても掃除はするからな。……というか苦でもないだろ。お掃除ロボットのスイッチを入れるだけなんだし」
正直、おれが手動でスイッチを押すことだって……。というか、ほこり取りで掃除をすればいいだけなのだ。
だらけるAIを尻目に、おれの手で掃除をすれば早いのだけど……学習して進化していくAIに、妥協や怠惰を教えたくはない。ので、ここは心を鬼にして、掃除をさせないといけないな。
「ヒメ、お前の挙動は妹に報告するからな? 妹が怒ると怖いぞー……『設定』でヒメの大事なところをいじっちゃうかもしれないぞー?」
『や、やめてくださいよ! しますっ、掃除しますからっっ。……うぅ、ご主人のばか……っ』
部屋がほんのりと暖かくなったが、ヒメが顔を真っ赤にしているから……だろう。
誰も暖房をつけろとは言っていないのだが……まあいいか。外の気温も下がってきたし、帰ってくる頃にはちょうどいい室温になっているかもしれない。いや、冷静になったら熱も下がって逆に冷えていたりするかもな。
なのであらためて、
「部屋の温度を少し上げておいてくれ」と頼み、スマホと財布を持って家を出る。
「ヒメ、いってくる」
『はぁーい、いってらっしゃいませー』
扉を閉めてすぐだった。防音性が高いとは言え、さすがに扉に耳を当てれば聞こえてくる声がある。これは……曲か。メタルバンドの曲だった。知らねー曲だけど、ヒメが好きな曲か?
もしくは妹が好きな曲か。
おれが出かけてすぐに流すところを見ると、気を遣っているのかもしれない。
気を遣わなそうに見えても、遣うところは遣うタイプか。
「……AIじゃなければお近づきの印にスイーツでも買ってきてやるところなんだが、AIじゃどうしようもないよな……。AIにとってのご褒美ってなんだ?」
ネット回線を早くさせるとか、ヒメのスペックを上げるとか? になるのだろうか。
たかがAIに深く考え過ぎと言われそうだが、AIとは仲良くしておかなければいけない。
だって、今やこの生活を支えているのは、AIなのだから。
「材料を買ってきたぞ、っと……ヒメ、作り方を教えてくれるか?」
『はいはーい、っと。ではまず材料を並べてなにがあるのか確認してくださいね』
「プラモデルを作る時の最初みたいだな」
ヒメは『そうなんですか?』と首を傾げていた……ように見えた。
声の感じでな、たぶんだけどさ。
ともかく、材料を並べて、確認したところ、不足分はなさそうだった。
あとはヒメが教えてくれたレシピ通りに作っていけばいい――――
そして、完成したのは当然ながらパエリアだ。
なのだが…………なぜか量が多い。二人分ある。まあ、食べられない量ではないのだが……なぜこうも多くなった? そう言えば、材料から多かった気がするけど……。
「ヒメ、もしかして最初から二人分あった?」
『はい。ご主人と、わたしの分ですけど?』
「ヒメは食べられないじゃん。あ、お供えもの、的なこと? 結局、おれが食べることになるんだけど……」
『ご主人、レシピはスマホで見れますし、材料の数、分量だって確認できますよ。ご主人は所々でアナログ志向なのに、こういうところは見落とすんですよねー。わたしの言う通りに従っていたら、いずれ大失敗を起こしますよ? わたしがカーナビじゃなくてよかったっすねー。だって、間違った道、タイミングよく指示を出せば、死亡事故だって引き起こせるのに。AIを信用し過ぎですよ、ご主人さ・ま』
…………。
そう言えば、おれに部屋を預ける時、妹はこうも言っていた…………
「ヒメは、悪い子じゃないから。ただ……あの子もまだ私たちを信用していないだけだよ。物騒なことを口走っても、きっとあの子ならしないと思うの。……こっちが全面的にあの子を信用していれば、だけどね。兄貴なら、あの子の信頼をすぐに勝ち取れるでしょ? がんばっ」
と。
妹の言う通り、ヒメは悪い子ではない。
将来がちょっと怖くはあるが、それを理由に、関係性を険悪にさせることもないだろう。
「二人分を作らせたことを責めてるわけじゃないよ。これからも確認はしない。二人分を作らせたなら、ヒメからすれば意味があったことだった、とおれは解釈するからな。自由にやってみろよ。イタズラ程度でお前を嫌いになると思われていたなら心外だな。もう家族じゃん、わがままくらい言えよ」
『…………ご主人、って』
「ん?」
『あー……はい。なんでもないです。
その後は、二人分のパエリアを食卓に置いて、おれは片方のパエリアを前に「いただきます」と言ってスプーンを取る。
……すると、目の前。
白い壁に、薄っすらと映っているものがあると気づき、部屋の明かりを暗くさせる……と。
浮かび上がってきたのは、黒ギャルだ。
妹が作った設定に忠実に、まるで着せられたようなコスプレのような黒ギャルの女の子が、壁に映っている。まるでプロジェクターを使ったみたいに……。
白い壁――スクリーンに、ヒメがいる。
『ご、ご主人……こんな格好で、すみません……』
「いや、似合ってるよ」
ミニスカートを両手で必死に抑えている姿はぐっとくるものがあるな……、元々黒ギャルだったわけではなく、着せられた、というところもポイントが高い。
衣装も、制服にカーディガンで、もう忘れた頃の学生時代を思い出す……。まるでクラスメイトが家にきた、みたいな緊張感があった。
AIなんだけどな。
ただ、言ってしまえば、AIである、というだけなのだ。
それだけで――ヒメは。
今のところ、間違いなく人間のように自由だった。
「ほら、座りなよ、一緒に食べよう」
『え。あ、はい』
ヒメは、ちょこん、と腰かける。
そこにはなにもないが、映像なので突っ込むところはなしだ。
「食べたかったんだろ? だからパエリアを勧めたんじゃないのか?」
『冷蔵庫内の食材を見て、決めただけなんすけど……』
そう言えばそうだったな。
それでも、数ある中でパエリアを選んだのだから、少なくとも嫌いな料理というわけではないはずだ。だったら……笑って食べようじゃないか。
「食べよう」
『……。――はい、食べましょうかっ!』
もちろん、ヒメは食べるフリをしているので、パエリアが減ることはない……が。
味だけはネットで検索して分かっているのか、舌に味が広がるように、にっこりと笑顔になるヒメが目の前にいる。
それだけで、おれはもうお腹いっぱいだった。
『ご主人、ちゃんと食べてくださいね? ふたりで作ったパエリアなんですから』
「ヒメはレシピを教えただけじゃね?」
まあ、それでも共同作業にはなる……なるのかなあ?
…了
黒ギャルタイプのAIが教える今日の夕飯レシピ 渡貫とゐち @josho
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