1LDKの吸血鬼

@yanagiminamo

第1話 紅い瞳の男

今日もバイトが終わった。毎日毎日同じことの繰り返し。何か面白いことが起きないものか、いつになったら異世界へと召喚されるのか、世界最強のチート能力は一体いつになったら与えられるのか、俺の青春は一体どこに行ってしまったんだぁーーーーーー!!!!!!!!!!


待雪煌斗(マツユキアキト)は、重い足を気怠そうに動かし家路をたどりながら、ざっとこんなことを考えていた。どこにでもいる普通の大学生である。特に夢や目標を持つことなく、退屈なキャンパスライフを謳歌していた。

「アニメとか漫画みたいなファンタジー起きないかなぁー…退屈だぁ…。」


スマホをいじりながら信号を待っていると、ふと、反対側から歩いてくる男の姿を捉えた。10度も行かないような極寒の中で、ボロボロの布切れ一枚という何とも現代社会らしくない格好だ。しかし、そんな格好も、血まみれの姿をみればまったくもって目につかない。青みがかった黒く長い髪と、心配になるほどの青白い肌に流れる真っ赤なコントラストが驚くほどよく映える。これ、◯イッターに投稿したらめちゃくちゃバズるんじゃないか?スマホを構えかけて、慌ててポケットにしまい込む。

「…って、こんなことしてる場合じゃない!

おーい、そこの人、大丈夫ですか!?」

こちらの声は全く届いていないらしく、吸い込まれるような深紅の瞳に松雪の姿は映らない。声も届いていないようだ。

「それ、怪我してますよね!?救急車呼びます!警察も呼んだほうがいいですか!?」

男はこちらに目をやることもなく、赤信号のままの道路へと足を踏み出していた。蹌踉めきながら、何かブツブツと呟いている。男は、道路の真ん中でピタリと歩くのを止めた。

「俺は、もう、誰も傷つけたくないんだ。」


その時、けたたましいクラクションの音が松雪の耳を劈く。ものすごい勢いでトラックがこちらへと走ってくるのが見えた。このままだと、目の前の男は間違いなくひかれるだろう。だが、男を助ければこちらも無事では済まない。しかし、松雪は動いた。彼を突き動かしたのは、正義感や慈愛の精神だけではなかった。


「これで、ほんの少しなら、君にしてしまったことの罪滅ぼしになるかな。」


勢いよく男の体を押す。思った以上に軽く、すんなりと向こうに飛んでくれた。酷く驚いた顔でこちらに何かを言っていたが、鈍いブレーキ音で何も聞こえない。せめて、最後に名前くらい知りたかった。来世は異世界チートライフがいいなぁ…。


金属がぶつかる鈍い音が、辺りに響く。が、その後にくるべき痛みがやってこない。あれ、こんなにすんなり死ぬもんなの?なんか、あの、もっと段階ってもんはないのか?あぁ…僕こんなとこで死ぬのか…みたいな下りやりたかったんだけど…

恐る恐る目を開けると、先程助けたはずの男が、目の前に立っている。


───両手で、トラックを押さえながら。



…ん?幻覚かな?やっぱりもう死んでるのかな、僕。さっきのボロボロの人が、素手でトラック押さえてるように見えるんだけど。いやいやいやいや、あり得ないだろ、そんなこと。人間がトラック様に勝てるわけないじゃん。よし!もう一回目を瞑ってみよう!きっとこれは幻だ。まだ異世界には転生していないはずなんだ(汗)。

そんなはずもなく、松雪が見ているものはまごうことなき真実であった。全く状況を理解できていない松雪に、男が話しかけた。


「君、どうして…、どうして俺なんかを、助けようとしてくれたんだ…。わからない。俺には理解ができない…。俺はもう死にたいんだ…!もう、優しさなんか…信じたくないのに…。」


トラックは、絶対に出しちゃいけないところから黒煙を吐き出し続けている。男の力はどんどんと強くなっていき、トラックはミシミシと無残に形が変形していく。トラックの運転手は怯えた様子で慌てて逃げていった。男を見ると、髪が重力に逆らってゆらゆらとうごめいて、深紅の瞳は煌々と輝き、よく見ると牙が生えているように見える。その姿は、まるで人間には見えなかった。ようやく男はトラックを離した。が、もはやそれはトラックと呼べるかどうか怪しいくらい大破していた。男がこちらに振り返ると、松雪はビクッと身体を震わせる。あんなものを見たあとなので、怯えるのは当然のことである。

「あ、あの…ゆ、許してください…。勘弁してください…。」

男はその様子を見て、今にも泣きそうな表情を浮かべた。この人をこのまま一人にしておくのはマズいと、松雪は直感的に感じ取った。今この人を見捨てれば、この人は多分…


男の身体がぐらりと傾く。さっきの傷は癒えていなかったようで、頭から血が滴っている。倒れかけた身体を慌てて受け止めると、やはり身長に対しての体重の軽さが目立つ。なんか、骨って感じ。あばら骨の前に肉がなくてメッチャびっくりした。


「やめてくれ…もう、痛い、のは、嫌だ…。」


気を失った男は、うなされているのか、苦しそうに喘いでいる。


「大丈夫ですか!?と、とりあえず病院…いやでも、なんかヤバい人?化物?っぽいし、人体実験とかされちゃったらどうしよう…それはマズイな。一旦家につれていくか!の前に、救急セット買わないと!ヤバイヤバイヤバイヤバイ…退屈だとは言ったけど、こんなトラブル望んでないよ神様〜!!」


流石に誤解を生みそうな格好だったので、自分が着ていたコートを着せ、フードで顔を隠す。男を背負い、夜の街へと慌てて駆けていく。夜の街へと溶けていく二人の姿を、満月は見守るように、試すかのように、嘲るかのように照らし続けていた。






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