メランコリーパーX

合石テル

第1話

とある昼下がり、私は少し遠くの大学病院から呼び出しがあった。その病院とは大切な友人が数ヶ月前から入院している所である。私が室内へ入るなり、彼女は口を開いた。


「もって半年だって、余命」

「よめ、い……はんとし」


状況を咀嚼することができない私は、彼女のことばをそのまま倣った。気が狂いそうなくらいに殺風景な病室に心が落ち着く訳もなく、ただ反芻するは「余命」と「半年」の2語である。


「そう。タイムリミットは半年。だから、だいたい182日くらい?」


私は反応をすることができなくなった。私が口を紡いでいる間も、秒針は止まらないというのに。早くのみこめ、一旦理解しろよ。今まで何気なく消費してきた1日どころか、1分1秒すら惜しくて堪らない。混乱や憔悴に嘆く隙も泣く隙も私にはないようなものであった。


「んー、まあ……いきなり言われてもって話だよなあ。初めて聞いた時は、自分もびっくりした」


そう言って頭を搔く彼女は、存外いつも通りで。存外とは言っても、まあ納得であった。確かに、いつでも今を目いっぱい楽しんでいるこの人に〝悔い〟なんて言葉は似合わないとは思う。しかし、それにしてもだ。今のその仕草も表情も、この状況には不相応で混乱した。まるで点滴が芝居の小道具の一環としか思えないくらいに感じる日常、日常日常。しかし、その手が微かに震えていることに気づいたそのとき、やっと私の耳に蝉の声が聞こえてきた。


「そもそも、実を言うと今もあんまそういう実感が無いんだな!これが!ま、この通り、別に悲しいとかはないんだ。時間も限られてる訳だしいろいろ話がしたくて。どう?」


私は静かに頷いた。ああ、寿命を半分渡せるなら渡したい。しかしそんなこと現実では不可能で、彼女の話を聞くことくらいしか、今の私にはできないのだから。


「なんでも聞く」

「え?なんでも?」

「うん」

「本当?」

「……え?」

「本当に、何でも聞いてくれる?」


彼女がそう言った瞬間、張り詰めた雰囲気が空間を支配した気がした。いつもそうだった。彼女のこの声色を聞いた誰もがそう感じたことだろう。彼女の存在感とは底知れず、濃すぎるその色を誰も上書きすることなどできない。プラスもマイナスもすべて彼女のさじ加減。しかしそれに動揺していては何も始まらないということは分かっている。私なりの覚悟で、ドッと早くなる心臓を宥めるように深呼吸をした。


「──本当だ」

「……きっと、白羽のことを傷つけるよ。いや、それどころじゃない私の言いたいことは、確実に、根本から、君の貫いてきた信念を抉るようなことだ」

「良いって言ってるだろ!勿体ぶんなよ……早く…………言えよ」


思いもよらず声が張ってしまった。他人を窺うような彼女はなんだかいつもの彼女らしくなくて私を不安にさせたのだ。これからされる話の重さを理解できたと同時に、彼女は口を開いた。


「ごめんごめん。じゃさ、いきなりなんだけどさ、ユースの街って知ってる?」

「え?えっと……」


あまりにも突然だった。私は記憶の引き出しを開けてみる。ユースの街__そこは10代から20代を中心とした暴力・窃盗など犯罪が社会問題となっている街の2つ名だ。本来の名は知らないし、別に興味が無い。ただ、私の通っていた学校ではよく噂になっていたのだ。小、中、高、大学生の今となってもよく聞く名である。かつては極ありふれた一般的な街であったそうだが、今から10年くらい前だったと思う、とある愚連隊が結成されたのを区切りに、治安は最底辺まで悪化。今の今まで改善に向かっていない。それどころか、底へ底へとめり込み続けている。そこに住む大人たちは皆、今や自分たちにはどうしようもない、とその街の改善や救済を諦めているらしい__といった内容の噂を聞いたことがあり、そんなニュースを目にしたこともある。要は……


「若者がやりたい放題で、治安が悪い街」

「酷い物言いだね。まあ、その通りなんだけどさ」


若者がやりたい放題とは言っても社会性を養う教育機関、学校は現在もあるそうだ。あんな街でも日本である。教育の義務があり、多くの生徒が学校へ通っている、らしい。しかし、その学校のどれもがその役割を果たせてはいないという。警察ですら、街の人々を守ることに手一杯で、根本的な解決のための対応が困難。そんな街の馬鹿で邪悪な若者が私は大嫌いだった。話を聞く度、そいつらへの嫌悪感が渦まくのだ。私はそいつらと同じ時代を生きる若者であることを心から恥じた。それは今も、変わらず。


「──私、ここに引っ越す前、そこに住んでたんだ。ユースの街」


彼女は俯いたまま独り言のようにそう呟いた。


「え?」


突然の告白に驚いて顔を上げれば、彼女は再び「私はユースの街の不良だった」と言った。そしておもむろに目線を下へ落とした。それでも私は彼女の言葉を疑ったが、深刻そうな表情が真実を確信づけていた。


「君、が……?」

「ずっと、言えなくてごめん。恐かったんだ。私がこのことを君に話したとて、君にどんな深刻な軽蔑の目を向けられ、どんな言葉を浴びせられるか__それは想像に容易かった。私は、それを恐れたんだ。私は、君の嫌う根本からの弱虫だった」


 そういえば。大学1年生の春、彼女と出会った時、その身体は傷だらけであったことを思い出した。私は驚いて彼女を気にかけたのだ、「何があった」と執拗に聞き、彼女は「転びやすいんだ」と苦笑しながら困ったように頭を掻いたことを覚えている。私はそれを何も疑わず、むしろそんな純粋でドジに見えた彼女に惹かれて、望んで行動を共にしていた。

 しかし、彼女の噂は間もなくして校内に広まったのだ。その多くは「ユースの街の奴なんじゃないか」なんていうものであった。良心のつもりか「離れた方がいい」と言ってきた者はすべて突っ撥ねた。私は噂を頑なに信じなかったのだ。心からだ。そこにいる人間はみな例外なく低俗で外道な奴であると思っていたから、信じたくなかったのである。


「幻滅したよね、ごめん。騙して本当にごめん。私は君に、いや全善人に軽蔑されるべき人間だ。何人もの人を傷つけ、そして傷つけられてきた。それを悪だと知りながら、非行を繰り返してきた。大学生になって、今更気がついて、ここに来たんだ」


つまり、彼女はすべてを隠して私に明るく振舞っていた訳だ。ずっと、喉まで出かかっていた言葉を、ずっと。あの日出会ったときから、ずっとずっと。


「白羽が真っ先に私の傷を心配してくれたとき、君は正義感が人一倍強い人なんだなって思った。だから、君に失望されたくなくて隠した」


彼女はあの日から私を理解していたのに、私の方は、ただ彼女を理解しているつもりなだけであった。私は咄嗟にどうして言ってくれなかったのかと訊こうとしたが、言葉は喉を引っかかった。あの時点で彼女を知ったとして、このようにして彼女といた自信が無い。私は、己が知識が浅く偏見に塗れた人間だと知っていたのだ。


「か、改心して、ここに来てくれてありがとう」


これは間違えなく本心だ。


「これからも、一緒にいる。だからそんな不安そうな顔しないでよ。今の私は、昔の私とはちがうでしょ。話してくれてありがとう、最期までずっと一緒」


彼女はふっと笑ってありがとうと呟いた。ああ、嘘をついた。私はずっと変われていない癖に。私はユースの街の愚連隊が全員嫌い。どんな理由でとか、どんな境遇でとか知らない。非行は非行、犯罪は犯罪。それ以上でもそれ以下でもないのに、それ以下を求める若者たち。大嫌いだ。今も、ずっと。でも、彼女のことは____


「白羽……もっと、私のこと、話していい?」

「うん」


すべて話して楽になってほしい。そして、意に反して偏見に溺れてしまわないように私をしっかりと掬いあげて。


「私さ……ずっと逃げたくて、変わりたくて、償いたかった。これが私の夢。逃げられた、君と過ごして変われた。でも、あと1つ叶ってないことがあって」

「償うこと?」

「うん。私はまだ、その街に何もできていない。何も関係がないのに被害者になってしまった人がたくさんいるんだ。だから……」


彼女のことだから、その先は何を言うのか分かった。答えることも頭に浮かんでいた。しかし、その後のことは彼女自身の口から聞きたかった。


「その街を、そんな人たちを、救いたい」


そう言う彼女は太陽よりも輝いて見えた。偏見に塗れた私の心を、新しい色で埋め尽くすような、そんな輝きだ。そんな輝きに心をうたれたのだ。


「やろう」

「え?」

「一緒に、一から街を救おう」


私は心底驚いたようすの彼女を無視して畳み掛けた。


「大丈夫、できることからやればいい」


彼女の目が光った。出会ったその日から、希望に満ちたその目が好きだった。そうと決まれば今すぐに向かおう____そのままそう言おうとしたのに、その手枷は彼女を離さなかった。点滴がガシャリと音を立てて、私たちは病室にいたことを思い出した。


「「あ」」


現実だ。


「やば、まじでもっと早く、言えばよかった……なんて。ああ、なんだこれ、私、みっともなっ……はは」


命の手枷が、2人で行動するには遅すぎたことを知らしめていた。しかし、仮に彼女がそのことを、私と出会った当時に言ってくれたとして、今よりずっと偏見に塗れていた私は、今のように彼女の手を取れないだろう。


「やっぱり、無理だ。手遅れだ。死にたく、ないなあ……」


死にたくない、やっぱりそうなんじゃん。もっとずっと一緒にいたい。しかし無責任にそう言うこともできず、私は口を結んで彼女を抱きしめていた。他人を知ろうとしなかった故に、全てが遅すぎる今、私は仇となる夢を見たのだ。


「私さ、なんで私を産んだの、って何回考えても何回嘆いても難しくてわからなくて……人を羨んでは死を望んで、それなのに、私は……今や。たくさんの未来を奪っておいて、全ての悪事を隠して正義の象徴と時を過ごしておいて、こんなに呑気に生きて……生きたいと、思ってしまって…………」


私が、正義?違うだろ。私はきっと君よりもずっと汚い、偏見に塗れた人間だ。それを分かっていて、それでも自分を曲げられない。


「私は狡猾だ。でも、やっぱり死にたくない。ああ、来世はきっと、もっとこう……違う感じで?会えたらいいな、ね」


そう言わせてしまうことが憎かった。それに頷くことしかできないことも、どうやったって前を向けないことも、すべて。すべて悔やんだって、もう遅いのに。


「白羽は、前世とか来世とか、信じてる?」

「……それは。あるのは、この瞬間だけだ」

「あはは、白羽らしいや」


この感じだと彼女はそういうものを信じているのかもしれないが、私は信じていないため首を横に振った。彼女はあまり反論をしない。かといって流されているという風でもない。他人は他人、自分は自分__そういう感じの人間だ。


「あーあ、なんか目ぇぼんやりすんなあ。ねえ。今一緒に寝よう、ここで」

「今かよ!?」

「うん今がいい!」

「……本気で言ってんの?」

「本気。よく一緒に昼寝するじゃん。学校のホールとかで」

「するなあ……はぁ、仕方ないかあ」


そう言う私は満更でもなかった。私はそのまま椅子の上で、目をつぶって彼女と談笑を繰り広げていたのだ。視界が真っ暗であるから、彼女はいつもの様であるから、普段と何ら変わりない日常に戻ったような気分であった。そしていつの間にか、私は強い眠気に溺れていたのだ。



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目が覚めたら、今までいた病室の椅子の上ではなかった__だなんて、よくあるフィクション。こんなたわごとが本当になるだなんて、誰が想像できるものか。


「なんだここ……」


先程までへばりついていた彼女もいなくて、夜の線路の上でたった1人。ポケットにあったスマホを見れば〝202x年04月〟。それは正に、それは私が高校に入学して丁度1年が経った頃であった。風にのった梅の花が、私の目の前を舞った。


(線路の上は危ないか)


私はヨレヨレと線路を跨いだ。まだ意識が浅かったが、しばらく歩いてみる。ここは誰もいない閑静な田舎のようであった。そしてしばらくすると、なんだか廃村のように暗い雰囲気の街が見えてきたのだ。出入口付近で目の前の看板を見て、私は目を見開いた。掠れた黒い文字の上を描き殴られたのは、赤すぎる文字。


「ユースの街……?」


悪い夢であってほしかった。そうだと確信した。しかし何度頬を抓ったって、目を擦ったって、私はここにいた。彼女の言ったことが確かならば、今この街のどこかに不良をしている彼女がいる。私がもしも彼女を説得できたのなら?彼女は苦しい思いをしないで、懺悔をして、すべてを打ち明けてから私と日々を過ごせる?一緒に彼女の夢を、叶えられる?──私は決めた。私は彼女に会う。会って、上書きをして、絶対。絶対に


〝私の手で、私の元へ引き戻してみせる〟


そう決心して看板の先を進んでいけば、左右には荒廃した家や店が建ち並んでいた。この目で見たのは初めてだが、想像通りの惨状であった。夜中なこともあり他人は見当たらないため余計に非現実的であった。そのまま荒んだ場所をほっつき歩いていたら、蓮花高校と彫られた石看板が目に入った。


「おお。ここ、学校だ」


私は立ち止まった後、偶然見つけたその学校の門をくぐり抜けた。当然のごとく周りには誰もいない。昇降口を見渡してみる。何年も放置されたような上履きが埃まみれな下駄箱にあった。おそらく夜だからというより、ここはもう廃校で使われてはいない。


「へえ。それなりに綺麗な紋章だなあ」


その奥、マネキンの着ていた制服の校章には、蓮が描かれていた。制服自体も中々洒落ていた。これが使われていないとしたら、勿体ないな__なんて感じたのは、こんな状況は他人事であることを強調していた。


「おい、テメェ誰だよ」

「!?」


突然した背後の気配に心臓が止まるかと思った。大袈裟に後ろを振り返れば、薄暗いそこには2人の少女。その容姿はもう〝いかにも〟であった。


「こっ、この学校で悪いことをするのは許しません!」

「……え?」


私が?何を言っている。悪いことをする側の人間は君たちだろう。


「いや、ただ立ち寄ってみただけなんだけど」

「……そうですか。でも、これ以上進むのはオススメしませんよ。早く、自分の街に帰ってください」

「いやいやなんでだよw進むも進まないも私の勝手だろ?それともここ、君らの陣地なの?」

「陣地といいますか……わたしたち、ここに通っていたんです」

「あ、え?」

「受験を無事に終え、蓮花高校に入学したんです。本来なら、あなたの眺めていたあの制服を着ていて、高校1年生だったんですよ」

「は、はあ……」

「私、夢見てたんです。部活に入部して、「疲れたね」ってみんなでお弁当食べて、体育祭とか文化祭とかして、みんなでわいわいして__っそれで、それで……」


そんなことを言われたって、どう反応していいか分からない。こいつらなんてどうでもいいし。


「なのにっ、いきなり廃校になっちゃって……だから、また通えるようになるまで、この学校は守りぬくんです。何ヶ月後でも、何年後でも……!!」


勝手に躍起になって、勝手にボロボロと涙を零して、縋るように制服の飾られたショーケースに手を置く姿は身勝手で馬鹿馬鹿しかった。しかし何故だろうか、心は締め付けられるのだ。


「……そのバットは、何に使ったんだ?」

「うっ、えと……」

「言ってみな、それとも……何か言えない事情があんのかなあ」


大袈裟に動揺しているそいつを見て、ずっと黙っていた方が口を開いた。


「あたしが持たせてただけだ。こいつは関係ねえ」

「そんなのどうでもいいんだよ、何に使った?」

「窓を……割った」

「窓を割った?どこの」

「…………他校の」

「あはは、私が今ここの学校の窓割ったらキレるだろうに、君らも他所ではやってんのかよ。そりゃ何されても自業自得だろ」

「……自業自得なのは分かってます!でも、でも……そうするしかないんです、生きるためには、自分を守るためには……!」

「そりゃ苦しい言い訳だ。その結果、君たちと同じように将来を潰された奴らだっているんでしょう」


あー、やっぱり無理だ。嫌いだ。非行した挙句に被害者ヅラときたか。言い訳して目を逸ら続け、負のループを断ち切ろうと努めることすらできない。願望は1丁前にあるくせに受け身受け身受け身……これだから、この街の若者は。


「それは……」


まぁ、どれも今の私には関係ない話だ。


「とりあえず、迷っただけだし何もしないから。それじゃ」


そう言って歩踵を返した。無駄なことはせず邪魔してくる奴だけなぎ倒していけばいい。彼女と、そしてこの街のこういった厄災に巻き込まれている被害者さえ救えれば、こんな学校の何がどうなろうといいのだ。こんな自分ばかりの奴らはいずれまとめて諫止すればいい。そう思ったのに。


「待って。おねがい、待ってください……」


その言葉に、足を止めてしまった。


「たすけて」


ああ、私って本当に単純だ。今となってもたかがその四文字の呪いに囚われている。昔から、ずっとそうだ。


「誰が助けるか、君らなんて」

「……見捨てるなら、お前もあたしらと同類だ。良いのか、それで」

「一緒だなんて心外だな。それに、おねがいする相手に敬語も遣えないんだ、君は」

「はっ、初対面の奴にケイゴ遣えないお前もたかが知れてるからな」

「あー。まあ、それもそうだなあ」


事情を聞くくらいならいいかとふと思った。そして私はずかずかと2人の目の前へと戻り、その場で胡座をかいた。


「ほら、君らも座りな。なんでここは廃校になったんだ?」

「あっ、はい、失礼します。えっと……おそらくご存知のとおり、この街は10年ほど前から治安が急激に悪化しました。その始まりに〝X〟という謎の愚連隊の団体の結成があります。その〝X〟は瞬く間に勢力を広げました。隊員のすべては学生をはじめとした若者でしたので、色々な学校が狙われて、そして例外なくこの学校でもギャングが増えていき、この様です」

「でも、そのとき先生はどうしてた?」

「わたしたちの先生は、何とかして学校を保とうとしてくれていました。でも、手も足も出なくて、間もなくしてうちの学年の男と女が2人ずつ行方不明になって、それから休校になり、とうとうここは使われなくなりました」

「そっか。じゃあ君らの学年の人は今どうしてるの?ほらほら君も話してみなよ」

「……あ?あー、たぶん半分くらいが他の学校に編入した。あとははたらきにでたやつも、夜逃げしたやつも、Xに入った奴も、他の団体に入った奴も、拐われた奴も、まあ色々いる」


ああ、彼女はこんな荒んだ環境で生きていたんだ。彼女は、たぶん被害者だけでなくてこいつらみたいのも救いたいんだよな。第一の目的とは離れてしまうが……少しくらい、手を貸してやってもいいか。効率は悪いが、そうすることで彼女の夢に少しでも近づくだろうし。


「──はぁ。よし、この学校を修復するために手を貸そう!少しだけだぞ!」


断じて憐れんでいる訳ではない。ただ、こいつらもこいつらで色々あると踏んだ。こういう奴らは大嫌いだけど、彼女の夢を汲むとなると手を貸さない訳にはいかない。


「ほ、本当ですか!?ありがとうございます!わたし、制服作ってきますね!!」

「は、はぁ?せ、制服?」

「あなたはここの学生です!」

「勝手すぎるだろ!」

「こういうのは形から入らなきゃダメなんです!裁縫、すこしだけ得意なんで、任せてください。布は家庭科室にたくさんあります。制服を見ると悲しくなるから着なかったんですけど……やっぱり着たいし!」

「ふっ。ま、それもそうだなぁ」

「あと、校歌の録音しましょうよ!!ここの校歌、マトモに聴いたことなくて、今は歌詞しかデータが残っていないんですけど、彼女……長谷さんがピアノ得意なんです!!創ってもらいましょう!」

「ピアノ?嘘でしょ、そのナリで?」

「楽器にナリなんて関係ねえ、黙れよ白髪」

「おっとー。人の容姿を穢すようなことを言ってはならないんだぞぉ?」

「数秒前お前も同じことしてただろ」

「仲間割れ早すぎます!えと、彼女の名前は〝長谷 翠菜〟です。お姉さん、お名前は?」

「夏凪。|夏凪 白羽」

「夏凪さん、よろしくお願いします。わたしは〝三川 黄月〟っていいます!」

「長谷、三川。よろしく!」

「よ、よろしく」

「あはは!愛想悪いなぁ、君」

「長谷さん照れ屋で……でもすごく優しくてカッコイイんですよ!初対面のとき、通りすがっただけで無視すればいいものを、ゴチャゴチャ言いながらも私のこと助けてくれて……」

「もうその話はいいだろイキリ金髪!」

「うふふ。それで……わたしたち、高校1年生なんですけど、夏凪さんは?」

「高校2年生」

「一個上ですね!それじゃあ……わたしは制服を作って、長谷さんは校歌の作曲をしてくださいね。追追、この街の案内はしますから!」

「ありがとう、頼んだ」

「いやなんでウチが作曲なんか……」

「この前のカノン、聴き惚れちゃいましたよ」

「ふん」


心を動かされたところで、私の目的は彼女を救うことだけだ。制服も校歌も、それにはいらないが……たかが学校ごっこぐらい、付き合うことにした。





▶新登場人物

◎蓮花高校

 夏凪 白羽 なつなぎ しらは 2年

 長谷 翠菜 はせ すいな 1年

 三川 黄月 みかわ きづき 1年

◎その他

 夏凪白羽の友人 (白羽と同年齢)

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メランコリーパーX 合石テル @aishiteru114114

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