コーヒーゼリーに宇宙を感じて

加加阿 葵

コーヒーゼリーに宇宙を感じて

  


 コーヒーゼリーって宇宙なんだよ!




 テーブルの向かいに座っている幼馴染の舞が急にそんなことを言い出した。

 彼女は喫茶店「プラネット」の特性コーヒーゼリーを注文して、アイスののったそれをうっとりと眺めていた。


「急にどうした」


 俺はコーヒーを口に含む。

 舞に、先に食べていいよと告げ自分の注文したものが届くのを待った。

 

 舞の奇妙な発言には慣れてる。


 一緒にデパートへ買い物に行った時も。

「エスカレーターってさ、地球の回転を感じさせないための道具なんだよ。だって動いてるのに止まってるみたいじゃん」


 変。


 本屋に行った時も。

「本棚の奥ってさ、本の世界と繋がってるんだよ。だからあの隙間に手を入れてみ? 吸い込まれるよ?」


 変。


 信号待ちの時も。

「信号機の青になるタイミングってさ、歩く人の気持ちを読んで決めてると思ってるよ。急いでるときほど遅い、あれ絶対ワザとだよね」


 わかる。


 舞のおすすめの喫茶店「プラネット」に向かってる時も。

「靴ひもがほどけるのって、大事な時に限ってじゃない? 普通のときは絶対こんなにならないよね」


 わかる。


 コーヒーゼリーが運ばれてくるのを待ってる時も。

「パンの耳が好きって言うと、なんで『えっ?』って反応されるんだろ。好きで何が悪いんだろうね?」


 わかる。


 今日、舞が発した変な発言を思い返してみたが、思ったより奇妙では無いなと俺は店内を見渡した。

 店内の壁には星座のような模様が描かれ、店内にぶら下がってる照明も星を模している。月の描かれたエプロンをした店員が俺の頼んだチーズケーキを運んできた。


「見てよ拓哉。プルプルで可愛いでしょ? これが銀河の渦だよ」


 舞はゼリーをスプーンですくいあげ、黒い塊を光にかざした。

 そう言われて見てみると、ゼリーの表面が反射して、確かに宇宙を思わせるようなきらめきが見えた。


「まあ、そういう風に見えるかもな」


 適当に流してチーズケーキを食べようとした俺を舞は制した。


「違う。本当に宇宙が詰まってるの! だから一口交換しよ!」


 舞の言葉にはなぜか熱がこもっている。そんなにチーズケーキが食べたいんだなと俺は思った。


「ほら、一口どうぞ」


 舞に勧められ、俺はしぶしぶスプーンを手に取った。ゼリーを口に入れた瞬間、意識がふっと消える感覚に陥った。


 気が付くと俺は、真っ暗な空間の中に立っていた。いや、立っているという感覚もない。かといって浮かんでいる感覚も無かった。

 星々が無数に輝き、目の前には巨大な銀河の渦が起きている。


 声が出せない。

 そもそも呼吸をしても大丈夫なのか。いや、そもそも宇宙に生身でいていいのか。

 足元にはゼリーのような半透明の床が広がっていて、それがゆっくり波打っていた。


「ね? 宇宙だったでしょ?」


 突然舞の声が聞こえた。

 声のした方へ振り返ると舞もそこに立っていた。いや、浮かんでいた。ううん、立っていた。

 いつもの笑顔がどこか神秘的な雰囲気を感じさせた。


「冗談だろ? 宇宙って。息もできるし、声も聞こえるし」


「このゼリーは宇宙の欠片なんだよ。喫茶店「プラネット」の店主さんが特殊な素材を使って作ってるんだって」


 何の説明にもなってない気がするが、意味が分からないと言う気は起きなかった。


「じゃあ、そろそろ帰ろ」


 俺の視界はぼやけ、気が付けば元の喫茶店に戻っていた。

 器の中にはコーヒーゼリーはもう残っていない。舞は満足そうに俺のチーズケーキを頬張っていた。


「ご馳走様」


 俺は魂が抜けたように舞についていき、店を出た。


「無言で黙々と食べてたけど、美味しかったでしょ? 私の分無くなってた。かわりにチーズケーキ貰ったけど」

「……宇宙感じた」

「星々の輝きのような甘さの中にブラックホールのような苦みが最高! みたいな感じになったでしょ?」

「舞」

「ん?」

「コーヒーゼリーって宇宙なんだな」

「ふふっ、また来ようね」

 

 喫茶店を出ると、夕焼けの向こうの空に星が瞬き始めていた。

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コーヒーゼリーに宇宙を感じて 加加阿 葵 @cacao_KK

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