第10話 ー行間ー

 一枚の紙切れに目を落とす。

「…………」

 そこにはある青年の住所、生年月日、犯罪歴、交友関係などありとあらゆる情報が記載されている。

 目の前に座る男に、調査の命令を下してから今日までの四日間で調べた割には、よくできた調査書だろう。

「………………」

 だが私が欲しい情報が一つも載っていない。

 探偵に匹敵するストーキング技術と豪語するその腕をかって雇ったが、とんだ大外れだったようだ。

 私が欲しいのは、この資料の奴の人間性。何に興味を示し何を好み、どういった信念が奴の心に掲げられているのか。

 私の勘がこいつには才能があると言っている。ウチが手に入れるだけの価値がある。

 だから私は数日前、目の前の野郎に「こいつを籠絡するための情報を持ってこい」と命令した。

「…………はぁ」

「ひっ」

 両腕両足を縛られ畳の上で正座している役立たずが、私が顔を上げるなり小さく悲鳴を上げた。

――失礼極まりない。

 こんな愚図にはあの刑がいい。

「お前、喉焼きの刑な。焔、あれ出せ」

「うっす」

 焔が懐から、黒い液体で満たされた一本のビンを取り出した。

 粘性の高いその中身は数種類の漢方と薬品を混ぜ混ぜした、ウチ特製の劇物“ジュース”だ。

 人体に触れればそれだけで肌が爛れ、一週間は灼けるような痛みに苦しむことになるだろう。

「おい。口、開けろ」

「い、いやだ――」

「そうか。焔、抑えとけ」

「わかりました」

「が、――あぐぁ……――」

 焔が男の上顎と下顎を抑え、無理矢理に開かせる。

「ひひ」

 私は焔から受けとったジュースの蓋を開いて、ビン一本分の液体をゆっくりゆっくり時間をかけて男の喉へと流し込んだ。

「ああああああがガッッガガあああがぁぁぁぁぁぁぁ――――――……っっっ――……」

 叫び足掻いていたのは最初だけ。半分も飲む頃には声が掠れ、全て飲みおえる頃には白目を剥き、ただ力なく劇物を受け入れるだけになっていた。

 何も言えなくなった男がパタリとその場で倒れる。

「こいつどうしますか」

「置いときなそんなやつ。それよりもだ」

 私はそこらに放り出しておいた、さっきの紙切れを拾い上げる。ある青年の調査レポート。

「焔。こいつを、『水橋オウマ』を連れてこい。もう待つのは止める」

 下準備なんて慣れないことはするべきではなかったかもしれない。欲しいものがあるなら、命じて、用意させて、奪って。そうしてきたのだ。

「あ、姐さんがそう言うなら行ってきますが、姐さんはどうしますか」

 焔が紙と私を交互に見やる。もうガキじゃないんだ。勝手に一人で行ってこい。

「腹減った」

 だから私は『水橋オウマ』の件を焔に任せて、一人食堂へ向かった。

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キズナの架け橋 星印 夢 @hosizirusi_yume

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