『君の影のカタチ』

「アマリリスの花言葉ってなんだっけ?」


 いつものように赤い花を入れ替えながら、彼女はそんなことを問う。


「朝比奈さんは花言葉も知らずに花を買うんだね」


「質問の答えになってないよ。カゲは『好きな食べ物は?』って訊かれて、ありがとうの舞を踊るの?」


「そう考えるとサラダは最初に食べるべきだね」


「話が通じないっ!?」


 クスクスと枯れた声で笑うと、彼女はそれをかき消すようにむすーっと眉を顰める。僕は彼女が来るまでの間に一度、暇を持て余して花言葉を調べたことがあった。


「確か、『おしゃべり』とか『輝くばかりの美しさ』だったかな」


「私にぴったりだねー」


「自分で言うんだ。僕が言おうと思ったのに」


 いや、僕が言うより彼女が言った方が価値は高そう。口にしなくてよかった。


「カゲは私のことおしゃべりだと思うの?」


「否定はしないよ」


 そう言うと、えぇーっと唸って席につく。この画角が一番落ち着くのは何故だろう。この生活も1ヶ月が経って、朝比奈さんの到着が待ち遠しい日々。


「逆にカゲは大人っぽいよねー」


「なんの逆か分からないけど子供だよ」


「ほら、そういうとこ」


 そういうとこ、なんて言われても分からない。僕は子供。子供のまま大人にはなれない哀れな子。


「私は子供っぽいでしょ?」


「否定した方がいい?」


「イジワル」


「えぇー……」


 今度は僕が唸る。彼女は頬を膨らませて、わざとらしくムスッとする。乙女心は難解だ。学校では、使い道のない数学の方程式より、乙女心の解き方を教えた方が幾分役に立つと思う。どっちにしろ僕は受けられないんだけど。


「私さ黒い自分が嫌いなんだー」


「黒い自分?」


 いつもの如くぼやいたように見えるけど、どこか少し感じが違って映る。


 肌を焼くのが嫌いなんだろうか。だから明るく振る舞って紫外線を打ち消しあってるみたいな。なんて馬鹿らしい答え以外出てこない。やっぱり義務教育なんて無意味だ。


「今日ね、クラスの子と喧嘩しちゃったの。すっごい悪口言っちゃった。ウザいとかキモいとか。そんなことを言っちゃう子供っぽいところが大っ嫌い」


 彼女はあからさまに肩を落とす。


 朝比奈さんは太陽じゃないのか。


 もともとクラスメイトだった朝比奈さん。クラス委員長を務める彼女は、僕が入院する前からよく話しかけてくれていた。体調が悪くなった時、保健室に連れて行ってくれたこともあった気がする。


 そんな彼女が喧嘩なんて想像もできなかったし、悪口を言うだなんて思ってもみなかった。


「そっか……でも、中学生とかそんなもんだよ」


 そうは言ったけど、僕は傷ついていた。太陽のように、いつも僕を照らしてくれる彼女が人を傷つけるなんて、してほしくなかった。


「はぐらかさないで。カゲもこんな私、嫌いだよね」


 はぐらかさないでって言うから。もともと、僕は彼女に嘘がつけない。


「嫌いだよ」


 やっぱり、僕は影だ。輝かない君は好きじゃない。輝けない君を許せない。彼女の嫌う黒い影こそ、僕だから。僕が嫌われてるみたいに感じてしまう。


 彼女が嫌いなんじゃなくて、僕が嫌いなんだ。あぁ……気持ち悪い。自分の理想を押し付けて、型からはみ出た部分を許すこともできない人間のクズ。でもまぁ、嬉しいことにそいつの命はあと数日。


「否定……してよ……」


「しないよ」


 ダメだ、今の僕は怒っている。他人事のようにそう思った。いましがた、自分を人間のクズだと自傷を図ったばかりなのに、また愚かなことを繰り返そうとしている。


「私、本気で悩んでるんだよ!? ちょっとぐらい……慰めてくれてもいいじゃん」


 乞い願うような彼女の視線。太陽じゃない君を許せないし、そんなことすら許せない自分も許せない。から回った怒りが今まで目を逸らし続けていた真実を引っ張り出す。


「どうして君が僕に悩みを打ち明けるか教えてあげる。僕がもうそろそろ死ぬからだよ」


 彼女が僕と一緒にいる意味。君の黒い部分を知ったから、直感してしまった。


「どういうこと?」


「見せたくない部分を見せても、僕なら後腐れが残らないでしょ。もうそろそろ死ぬ人間なんて、真実を吐き出すいい穴じゃないか。慰めてくれるのなら尚よし」


「違う……そんなんじゃ––––」


「いや、そうだよ」


 言い切る前に、覆い隠す。君の黒い部分は僕だから、分かってしまう。


「どうしてそんなこと言うの?」


 朝比奈さんの質問に、僕は答えを用意できなかった。だって、だって、そんなの持っていない。理由なんてない。あるとしたら、馴れ合いの関係を続けられない僕だから。


「カゲは、私のことをそんな人間だと思ってたの?」


「違う」


「言ってることが変わってるじゃん!」


 彼女は力無く僕を睨む。僕もまた、いつもみたいに無気力で返す。


「変わってないよ。君の黒い部分は朝比奈さんじゃない」


「意味分かんないよ……」


 朝比奈さんには分かるわけないだろ。太陽に影の気持ちなんて分からない。


 裏表が白色のオセロのコマに、ひっくり返される苦しさが分かるわけない。


「朝比奈さんに黒い部分なんてないんだよ」


 自分で言っていて、さらに気づく。僕は……彼女に太陽でいてほしいのだと。変わらずに僕を照らす光でいてほしかったのだ。


「それは……慰めてるの?」


「慰めてないよ」


 淡々と言葉を吐くだけの僕を、彼女は困惑の眼差しで見つめる。本当に分かりやすい。自分の気持ちにすら気づけない僕とは大違い。


「ふふっ、はははっ! やっぱりカゲはおかしいよ。だってそれ、慰めてるもん」


「怒ってないの?」


 ただ自分のエゴを押し付けていただけの僕に、彼女は1番の笑顔を見せる。急に彼女が分からなくなった。


 いや…………そうか。分かるわけない。だって、僕も両面とも黒いコマじゃないか。僕が勝手に分かったつもりになっていただけ。


「ちょっとムカついたけどねー。はぐらかさないでって言ったの私だし。カゲに嫌われてるのはちょっと傷ついたけど」


「え? 嫌いじゃないよ?」


「はあぁー?」


 怒っている風で、少し嬉しそうな彼女。見ているだけで頬が緩む。そうだ、彼女はもとから、どこまでもどこまでも太陽だったのだ。


「だって、僕は朝比奈さんのこと好きだよ」


「なっ!? えっ? バッ、バーカ!」


 僕は心を隠さない。隠すほどのものでもないし、隠したとて意味もない。それに、もともとが影なのだ。隠したりなんてしたら僕でも見えなくなってしまう。


 テンパる彼女を見て失笑する。朝比奈さんは学生鞄をぶん取って、力強く肩にかけた。


「もう帰るっ!」


「そっか。明日は生きてるよ」


「ベーっ、だ」


 下を出して可愛らしく抵抗する朝比奈さん。病室から出てドアを閉め切る直前、「またね」と小さく聞こえてきて。


 返事もできずにベッドに寝転がる。僕は、朝比奈さんが好きだ。太陽だから。僕を照らしてくれた、たった1人の女の子だから。


 おそらく、僕は新年を迎えられない。僕だけこの年に置いてけぼり。寂しいようで、やっとこさって感じもある。


 あと何度、朝比奈さんに会えるのだろう。

 あと何度、朝比奈さんと話せるのだろう。

 あと何度、彼女に照らされるのだろう。

 あと何度、彼女の名を呼べるのだろう。

 あと何度、アマリリスは枯れるのだろう。

 あと何度、恋の熱は高ぶるのだろう。


 あと何度––––––––––––、あと何度。

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2024年12月13日 07:15
2024年12月14日 09:00

僕は君の影になりたい 赤目 @akame55194

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